東北大学 大学院理学研究科・理学部

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クラゲとハエで食欲の起源に迫る
6億年前の共通祖先から続く満腹感の分子メカニズム

発表のポイント

● 脳を持たないクラゲで満腹時に採餌行動のブレーキとなる満腹シグナル分子を発見しました。

● ショウジョウバエとクラゲの満腹シグナル分子に互換性があることがわかりました。

● 生物が脳を獲得する以前から共通の食欲調節の分子メカニズムが存在したことを示唆する成果です。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

必要な分を、必要なだけ食べる。食欲による食事量の調節は、健康的な生活に必須なだけでなく、フードロスなどの社会問題にも深く関連します。この行動はヒトを含む多くの動物に見られますが、動物進化において「食欲の起源」はいつのことだったのでしょうか? この謎に挑むために、東北大学大学院生命科学研究科のThoma Vladimiros助教、谷本拓教授らを中心とした研究グループはクラゲに注目しました。クラゲは脳を持たない動物で、約6億年前に昆虫や哺乳類との共通祖先から分かれて進化したと考えられています。 研究グループは、エサをたくさん食べて食欲が満たされると、エサを口に運ぶクラゲの触手の運動が低下することを見出しました。さらにクラゲの神経細胞から分泌される小さなタンパク質でできた神経ペプチドGLWアミド(注1)が満腹時のブレーキであることを発見しました。しかも興味深いことに、神経ペプチドGLWアミドは、クラゲだけでなくショウジョウバエの採餌行動も低下させることが明らかになりました。

今回の発見で、食欲調節の分子メカニズムは、地球上に脳を持つ動物が誕生する以前から脈々と受け継がれてきた可能性が示唆されました。この研究成果は、4月3日付で米国科学アカデミー紀要に掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

必要な分を、必要なだけ食べる。食べる量の調節は健康な生活に必須で、食欲をコントロールできなくなると、肥満などの生活習慣病や拒食といった摂食障害につながりかねません。また個体レベルに留まらず、フードロスなど社会問題にも深い関連があります。食欲による摂食量の調節機構はヒトだけに備わったものではなく、マウス、ショウジョウバエなどのモデル動物にも広く見られ、ホルモンや神経ペプチドによって制御されることが知られています。このような仕組みが動物種を超えて存在するということは、食欲を制御するメカニズムの原型が進化的に保存されてきたことを示しています。それならば、動物進化における「食欲の起源」とは一体どのようなものだったのでしょうか? 食欲によって摂食量を調節する機構を、動物は進化のどの段階で獲得したのでしょうか?

この謎に挑むために、研究グループが注目したのがクラゲです。クラゲはサンゴやイソギンチャクの仲間で、毒針を持つ刺胞動物門に属します。刺胞動物は、約6億年前に昆虫や哺乳類との共通祖先から分岐し、進化の最も早い段階で神経系を獲得した動物の一種であると考えられています。現存のクラゲも脳のような神経細胞でできた器官を持たず、個別の神経細胞がまばらに存在する散在神経系を持つため、原始的な神経系のモデルとして最近注目されています。本研究で用いたエダアシクラゲは傘の大きさが1cmにも満たない小さなクラゲで、ブラインシュリンプをエサに研究室環境で飼育・継代を行うことができるという利点があります。


今回の取り組み

研究グループはクラゲが空腹状態で活発にエサを食べるだけでなく、満腹に近づくにつれ、エサを口に運ぶ触手の運動が低下することを観察によって見出しました。次に空腹時と満腹時の遺伝子発現パターンを比較することにより、満腹状態になると発現が変化する神経ペプチドを複数同定しました。これらのうち、摂食を抑制する機能を持つのがGLWアミドです。GLWアミドはクラゲの触手の根元にある神経細胞に見られ、エサの摂取に伴いその量が増加することが分かりました。このことから、神経ペプチドGLWアミドは満腹状態のセンサーとして触手の筋肉の動きに作用することで、エサを口に運ぶ動きを低下させていると考えられます。

GLWアミドの機能が進化的に保存されていることを確かめるために用いたのが、進化の系統樹においてクラゲより後に出現した動物種である昆虫です。ショウジョウバエでは、満腹時に働く神経ペプチドがこれまでに複数報告されています。そのうち、筋抑制効果が報告されているペプチドMIP(注2)の遺伝子が欠損した変異体では満腹シグナルが働かないため、満腹状態であっても砂糖などの味刺激に強く応答してしまいます。今回の研究では、ショウジョウバエのMIPを合成し、海水中に添加するとクラゲの摂食も低下することを発見しました。さらに研究グループは、クラゲのGLWアミドをゲノムに組み込んだショウジョウバエを作成し、クラゲのGLWアミドがハエの生体内で機能的に「交換」できるか調べました。興味深いことに、MIP遺伝子の変異で失われた摂食抑制が、GLWアミドを組み込んだことで復活することを見出したのです。

これらの実験結果から、クラゲのGLWアミドとハエのMIPは機能的に完全な互換性を持つことが明らかになりました。クラゲとハエは約6億年前に共通祖先から分かれて進化したと考えられています。今回の研究成果は、動物が脳を獲得する以前から、食欲調節の分子メカニズムが共通していたことを示唆しています。


今後の展開

本研究は「原始的な」神経系を持つクラゲにおける満腹の分子・細胞機構を明らかにした最初の例であるとともに、様々な動物種で見られる満腹シグナルの進化的起源に先鞭をつけました。さらに今回の研究では、神経細胞すら持たない海綿動物や単細胞の原生生物にもGLWアミドに似た分子があることを発見しました。「食欲の起源」は、もしかしたら神経のない動物にまで遡ることができるのかもしれません。クラゲや海綿動物などの動物と、より後期に誕生した昆虫や哺乳類の遺伝子の機能比較とその発展は、数億年をかけて進化した動物生理の歴史を現代に再現することにつながっていくでしょう。



参考図

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図1:研究で用いたクラゲ(エダアシクラゲ)と摂食行動の過程。



謝辞

本研究は文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金MEXT/JSPS KAKENHI(JP20K15838、JP17K14927)、特別研究員奨励費(JP17F17092)、新領域創成のための挑戦研究デュオ Frontier Research in Duo(FRiD)の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. GLW アミド:7アミノ酸から成る短鎖のペプチド。

注2. Myoinhibitory peptide (筋抑制ペプチド、MIP):十数のアミノ酸で構成され、無脊椎動物の神経細胞から分泌される。筋弛緩を促すだけでなく、ショウジョウバエの摂食を抑制する活性を持つことが知られている。



論文情報

タイトル:On the origin of appetite: GLW amide in jellyfish represents an ancestral satiety neuropeptide
著者:Vladimiros Thoma*, Shuhei Sakai, Koki Nagata, Yuu Ishii, Shinichiro Maruyama, Ayako Abe, Shu Kondo, Masakado Kawata, Shun Hamada, Ryusaku Deguchi, Hiromu Tanimoto*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 助教 Thoma Vladimiros(トーマ・ブラディミロス)、教授 谷本拓
掲載誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
DOI10.1073/pnas.2221493120



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科
教授 谷本 拓
TEL: 022-217-6223
E-mail: hiromut[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科
広報室 高橋 さやか
TEL: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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