東北大学 大学院理学研究科・理学部

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感染症対策で経済も両立させるための基本原理を解明
理論研究が導く普遍的な対策指針

発表のポイント

● 理論物理学の方法論で費用便益分析(注1)と理論疫学(注2)を用いた解析を行いました。

● 感染拡大初期から適切な強度の対策を継続的・計画的に行えば、生命と経済、双方の損害を共に小さくできるという結果を得ました。

● 夏や冬の感染拡大時、経済と両立させる感染対策の具体的指針となることが期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

新型コロナウイルス感染症などの感染症対策では感染者や死者を抑えるために、ロックダウン、あるいはそれに準ずる対策が必要となる場合があります。しかし、このような感染対策のみでは経済や財政が疲弊し、貧困などから死に至る国民も増加します。感染症対策の要諦は、経済や財政との両立にあります。

これまでの感染症対策と経済に関する研究では、生命と経済、双方への損害を少なくする方法がほとんど見つかっていなかったため、生命と経済のどちらかを重視するバランスの問題として捉えられ、二者択一的なものも少なくありませんでした。

東北大学大学院理学研究科の本堂毅准教授は、理論物理学の方法論で費用便益分析(注1)と理論疫学(注2)を用いた解析を行い、感染拡大初期から適切な強度の対策を継続的・計画的に行えば、生命と経済、双方の損害を共に小さくできるという結果を得ました。

この方策は、政府の新型コロナ対策「基本的対処方針」とは対照的なものです。現在の対処方針では、感染拡大初期では対策を留保し、感染が爆発的に拡大した段階で緊急事態宣言等による強い対策を取ることが予定されています。本研究を踏まえれば、この対処方針は、生命と経済、双方の損害をむしろ大きくすると考えられます。

本研究成果は3月29日、 Journal of the Physical Society of Japan に掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

新型コロナウイルス感染症はウイルスを含むエアロゾルによる空気感染(注3)が主体であるため、換気が難しくなってエアロゾル濃度が上昇する夏や冬に感染が拡大します。夏は6月頃から感染が拡大しますが、経済的な損害への懸念から、医療崩壊が起こり始めるまで感染対策を保留する政策が繰り返されてきました。その結果、日本では先進7カ国(G7)で唯一、感染による死者が年々増えており、2022年の死者数は2020年の11倍にまで達しています(WHO Coronavirus Dashboard, 2023)。

経済と感染症政策は、日本では両立できないのでしょうか。日本の感染症政策に改善の余地はないのでしょうか。本研究グループはこの疑問に答えるため、2021年に公表した結果(J. Phys. Soc. Jpn. 90, 114007)を土台に、ケンブリッジ大学で先駆的研究を行った経済学者R. Rowthorn(ローソン)教授らとの議論で得た知見も踏まえ、理論物理学の方法論に、経済学の費用便益分析と理論疫学を融合させた研究を行いました。


今回の取り組み

新型コロナウイルス感染症のような空気感染を主とする感染症では夏冬に感染拡大し、春や秋になって換気状況が改善すれば感染が自然減少を始めます。そのため感染拡大ピーク時の感染者数を一定レベル以下に抑える対策が重要です。しかし2021年に発表した研究結果は、この状況にうまく適用できない問題がありました。

本研究では、医療崩壊防止などの必要から、感染ピーク時の感染者数を一定レベルに留める条件の下、どのような強度の対策をどのタイミングで行えば、経済と生命への損害を小さくできるかを解析しました。

この理論で用いる仮定は、
1)感染者数が実効再生産数(注4)Rtによって指数関数的(ねずみ算的)に変化すること
2)感染対策では、費用対効果の優れた対策から順に採用し、その対策の強度と実効再生産数が一定の関係を持つこと
3)感染対策による社会的介入(intervention)で定まる経済影響コスト(Intervention cost)と、感染者数の増加によって増える医療的コスト(Medical cost)の和を社会的コストとすること
の3つです。医療的コストには、狭義の医療だけでなく感染者自身に生ずる健康影響や死による損害を含みます。

1)は新型コロナウイルス感染症のパンデミックで一般的に成り立つ性質であり、2)と3)は経済学の費用便益分析での標準的な仮定となっています。本理論解析では、1)〜3)の中で、特別な数値(パラメータ)を一切仮定しないため、1)〜3)の一般的仮定が成り立つ限り、新型コロナウイルス感染症に限られず、次のパンデミックも含めて普遍的に成り立つ結論が得られます。ただし、感染者数が極度に増え、一時的集団免疫(注5)により感染者数が減少を始める局面では2)が成り立たないため、本理論の適用限界を超えます。

上記の一般性のある仮定の下、早期かつ適度な対策の継続と、危機直前での厳しい対策(図1)、それぞれのコストを比較することで、早期から適度な対策を計画的かつ継続的に行うほうが、経済への損害と生命への損害の双方を常に縮小できることが分かりました。図1の経路Aのように、途中で急ブレーキを掛ける対策より、経路Bのように最初から計画的に弱めの対策を継続した方が、経済的影響と健康影響、双方の被害が少なくなります。この結果を一般的に示したものが図2です。

この結果は、経済的影響への懸念から感染拡大初期の適切な対策を留保し、爆発的感染拡大に至って緊急事態宣言などで強い対策を取るような「対処方針」が国民の生命・健康への損失ばかりでなく、経済や財政へも悪影響を生むことを示しています。具体例を図3に示します。対策の遅れが、感染者数だけでなく、経済影響コストの上昇も招く事が分かります。図1のような場合だけではなく、途中で対策が連続的に変化する図2の曲線のような一般的状況でも同じ結果が成り立ちます。本研究は、特定条件を仮定せず、一般的な仮定から普遍性のある結論を導く、感染症対策と経済に関する世界初の理論研究です。

この理論は、夏や冬の感染拡大時、経済と両立させるための感染対策の具体的指針も与えます。感染拡大が始まり2週間程度を経過すると、その「第○波」の実効再生産数が計算できます。夏の場合、秋が近づけば感染者数は(換気が良好になることで)自然減少に転ずることを予見できるため、ピーク時の感染者数を概算できます。そこで、例えばピーク時の感染者数が医療キャパシティに収まるような実効再生産数を逆算し、この実効再生産数を実現する緩やかな対策を継続すれば、医療崩壊を免れると同時に、医療崩壊寸前での厳しい対策で経済に悪影響を与えることも回避できます。

このように、パンデミック下では、先を見越した「緩やかな対策を持続」することが、国民の健康と経済への悪影響を共に小さくすることが分かりました。現実のパンデミックでは、理論で仮定として採用した以外の条件も加わってきますが、ここで用いた条件は、一時的集団免疫状況などの特殊な場合を除けば、現実状況でも常に基本となるものです。


今後の展開

この理論には一時的集団免疫が成り立つような極度の感染悪化例は考察の対象に含まれていません。ただし、そのような場合の生命と経済への損害自体は重要な論点であり、本理論を含む形でさらに一般的な理論を構築する必要があります。

急を要する直近の課題は、脱マスク政策で少なからぬ人々が屋内でマスクを外した場合、どのような感染状況が発生し、経済影響を伴うかを明らかにすることです。屋内でのマスク着用は、米国CDC(疾病予防管理センター)が2022年に発表した最新研究等により、着用者の感染抑止に高い効果が示されています。またマスクは着用者から他者への感染も大きく抑止するため、社会全体の感染抑制効果は相乗的にさらに大きくなります(ユニバーサルマスク効果)。



参考図

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図1:感染増加初期に対策を保留し、後に対策を強化する経路Aと、感染初期から適度な対策を行う経路Bのコストの比較。経路Aの経済影響コストと感染者総数(医療的コスト)は、経路Bのそれよりも高いことが理論的に証明されました。


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図2:破線で表される経路(感染初期から適度な対策を継続的に行うもの)に近づくにつれ、経済影響コストも感染者総数も、共に減少することが証明されました。


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図3:対策の遅延が、感染者総数、経済影響コストの双方をより大きくする(一例)。横軸の「感染対策の遅れ」は、図1の経路A1の時間(T1)を、全体の時間Tで割り、パーセント表示したもの。縦軸は、感染拡大の途中で対策を強化する場合の感染者総数や経済影響コストを、最初から一定の対策を継続する場合で割った比率。適切な対策を初期段階から採らないと、生命と経済、双方への損害が増えることが分かります。



謝辞

本研究はJSPS科研費 JP20H00002 の支援を受けて実施されました。



用語説明

注1. 費用便益分析:対策の実施に要する費用に対して、その対策の実施によって社会的に得られる便益の大きさを見積もる経済学の解析方法。新型コロナの場合は、感染対策の実施によって生ずる経済の停滞を含むコストに対して、感染対策の実施によって得られる人的損害と医療コストの縮小量を見積り、両者を比較すること。

注2. 理論疫学:感染症での感染者の増減を微分方程式などの数理モデルを用いて記述・予測する研究。

注3. 空気感染:感染症の感染経路の一つであり、空気中に滞留するエアロゾルによって起こる感染を指す。新型コロナウイルスでは、WHOも米国CDCも、空気感染が新型コロナウイルスで最も重要な感染経路としている。

注4. 実効再生産数:感染者1人あたり平均何人に感染させるかを記述する数。この数が1を上回れば感染が拡大する。

注5. 集団免疫:一度感染すれば二度と感染が起こらない場合、既感染者が増えることで、感染が自然終息する現象を指す。新型コロナウイルスの場合、一時的に集団免疫的な状況が成り立っても、永続的な集団免疫状態にはならないと考えられている。



論文情報

タイトル:Timely Pandemic Countermeasures Reduce both Health Damage and Economic Loss: Generality of the Exact Solution
著者:本堂 毅*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科准教授 本堂 毅
掲載誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)
DOI10.7566/JPSJ.92.043801



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科[web
准教授 本堂 毅(ほんどう つよし)
TEL: 022-795-5823
E-mail: hondou[at]mail.sci.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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