東北大学 大学院理学研究科・理学部

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鉄触媒と酸素でペプチドを自在につなぐ反応の開発
ペプチドの二量化を基盤とした創薬開発への貢献に期待

発表のポイント

● アミノ酸の一つであるトリプトファン同士を結合させる二量化反応注1の開発に成功しました。

● 酸素の中で、低毒性で天然に豊富に存在する鉄を中心に有する触媒を用いた環境にやさしい反応です。

● アミノ酸側鎖を保護注2 することなく、ペプチドを直接利用可能な常識を破る反応です。

● 様々なトリプトファン含有ペプチド二量体の合成により医薬品の創出に期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

アミノ酸の一種であるトリプトファンは、自然界で二量化という化学反応を起こすことが知られています。カビなどの微生物は、医薬品として有用な活性を示す化合物をこの反応を利用して産出しています。ヒトの体内においても、この化学反応を契機としてタンパク質凝集体が形成され、様々な疾病の発現に関与していると考えられています。これまで多くの有機化学者がトリプトファンやトリプトファンを含有するペプチドの二量化のフラスコ内での再現を目指す研究を行ってきました。しかしトリペプチド以上の複雑なペプチドのトリプトファン部位で結合する二量化反応は、未開発でした。

東北大学大学院薬学研究科 徳山英利教授と植田浩史講師らの研究グループは、トリプトファン部位で結合するペプチドの画期的な二量化法の開発に成功しました。研究グループは生体酵素をヒントにした鉄触媒を用いることで、単純なトリプトファンから生理活性オリゴペプチドまで、幅広い化合物を無保護のまま用いて二量化できる、従来にはない画期的反応を実現しました。本手法は酸素を酸化剤とし、低毒性かつ天然に豊富な鉄を有する触媒を用いた環境調和性に優れた手法です。従来の常識では考えられなかった無保護のペプチドの二量化の実現は、今後の創薬研究の発展や病理学的メカニズムの解明に繋がることが期待されます。

本研究の成果は、2023年3月24日付でドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Editionにオンライン掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

アミノ酸の一種であるトリプトファンの二量化は、自然界で起こる化学反応の一つです。カビなどの微生物は、この化学現象を利用し、二次代謝産物注3である天然アルカロイド注4を産出しています。このように産出された天然アルカロイドには、医薬品や香料、農薬などへの利用が期待される活性を示すものが多く含まれています。またヒトの体内においてもトリプトファンの二量化反応由来のタンパク質凝集体の形成が確認されています。この難溶性凝集体による細胞毒性が、パーキンソン病などの様々な疾病における原因の一つの可能性として挙げられており、その病理学的メカニズムの解明が望まれています。

このように医学や薬学における重要性から、多くの有機化学者がトリプトファンの二量化をフラスコ内で再現することを目指し、この半世紀もの間、新規反応の開発に取り組んできました。しかし一般に、ペプチドやタンパク質は、アミノ酸由来の多数の官能基注5をもつため、試薬に対して色々な反応が起こり、複雑な分解物を与えます。そのため、複数のアミノ酸から構成されるペプチドのトリプトファン部位のみで反応が起こる二量化は困難でした。なお、単純なトリプトファン誘導体とそのジペプチドの二量化法は例があるものの、トリペプチド以上のペプチドのトリプトファンを直接二量化する手法は未開発でした。


今回の取り組み

今回、徳山英利教授及び植田浩史講師らの研究グループは、あらゆる生物の生体内代謝酵素がトリプトファンの酸化を介した二量化を行なっている点に着目し、シトクロムP450注6に含まれるヘム鉄をヒントにしたフタロシアニン鉄触媒注7を利用した反応開発を発案しました。フタロシアニン触媒については、フタロシアニンの研究で世界的第一人者である東北大学大学院理学研究科名誉教授の小林長夫教授と共同で研究を行い、抗菌マスクや消臭剤などに用いられるカルボキシ鉄フタロシアニンが、酸素雰囲気下、水中でトリプトファンを選択的に二量化することを見出しました。

今回開発した手法は、生体を構成する18種類のアミノ酸が無保護なままペプチドに含まれていても、それらが毀損されることなくトリプトファンのみで反応する画期的なものです。他の酸化反応にはないこの特徴により、単純なトリプトファン誘導体をはじめとして従来法では実現できなかった生理活性オリゴペプチドの二量化を実現し、5つの二量体型天然アルカロイドを含む幅広いトリプトファン含有ペプチドの二量化を実現しました。また、二量体のX線結晶構造解析注8により、2つのペプチド鎖のターン構造がつながったユニークな3次元的構造を有していることがわかりました。

以上の成果は、様々なトリプトファン含有ペプチド二量体の化合物ライブラリー合成を通じて、近年注目を集めている中分子創薬への応用や、トリプトファンの二量化に関連するタンパク質凝集を一因とする病態メカニズムの解明に繋がることが期待されます。さらに、低毒性で天然に豊富に存在する鉄触媒と酸素を用いており、副生成物として水のみを排出する環境にやさしい化学的新手法として、幅広い分子変換反応開発への応用も期待されます。



謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)(JP21am0101100j0005)、文部科学省研究費補助金(JP21H02601, JP20K06936, JP18H04379, JP18H04231, JP20H04800)、日本学術振興会特別研究員(22J10441)、公益財団法人アステラス病態代謝研究会、上原記念生命科学財団による支援を受けて実施されました。



発表論文

掲載誌Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Iron-Catalyzed Biomimetic Dimerization of Tryptophan-Containing Peptides
著者:Hirofumi Ueda*, Soichiro Sato, Kenta Noda, Hiroyuki Hakamata, Eusang Kwon, Nagao Kobayashi, Hidetoshi Tokuyama
*筆頭著者:東北大学大学院薬学研究科 講師 植田浩史
DOI10.1002/anie.202302404



参考図

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図1:本研究の概要:ヘムタンパクを模倣した鉄触媒によって酸素中でペプチドのトリプトファン同士が結合する画期的な二量化反応


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図2:多様なトリプトファン含有ペプチドへの適用。


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図3:開発した手法をもとに合成した天然アルカロイドや生理活性ペプチドの二量体。


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図4:X線結晶構造解析による二量化したペプチドの三次元構造。



用語説明

注1. 二量化反応:2つの同一または類似の分子が新たな結合を形成して連結する反応。

注2. 保護:反応性の高い部位を他の構造に変換することで、試薬に対して反応しなくすること。通常、その後の脱保護操作によって元の形に戻す。保護、脱保護の2段階を行うと、合成の段階数が増えて効率性が低下する。

注3. 二次代謝産物:生物の体内でつくられる化学物質において、生物体を構成・維持する上で重要な物質を一次代謝産物、生育に必ずしも必須ではない物質を二次代謝産物と呼ぶ。二次代謝産物は、人類にとって医薬品や染料、香料などに利用される。

注4. アルカロイド:窒素原子を含む天然有機化合物の総称。アルカロイドという名称は、大部分の化合物が塩基性を示すことから、アルカリ(塩基性)に由来する。その多くが多様な生物活性を示し、医薬品に用いられる医薬資源として知られる。またアルカロイドは、医薬品だけでなく、コーヒーに含まれるカフェインやタバコの葉に含まれるニコチンなど、嗜好品にも含まれている。

注5. 官能基:官能基とは、特徴的な化学的かつ物理的性質をもった原子または原子団である。

注6. シトクロムP450:シトクロムP450は、約500ものアミノ酸から構成され、活性部位にヘムをもつヘムタンパク質であり、微生物から哺乳動物までのほとんどの生物に存在する。様々な基質を酸化し、生物の活動において多くの役割を果たしている。その一例が、薬物代謝酵素としての機能であり、取り込んだ薬物を酸化反応により分解し、体外に排出しやすい形にする。

注7. フタロシアニン:4つのフタル酸イミドが窒素原子で架橋され、分子全体にπ電子共役系が広がった環状化合物である。熱や光への高い安定性や可視光領域の強い吸光特性より、顔料や塗料、有機EL、太陽電池、レーザープリンターなど多様な分野で活用される機能性分子である。一方で、有機溶媒への低い溶解性のため、化学反応での用途は限られている。

注8. X線結晶構造解析:結晶にX線を照射し、散乱されたX線を観測することで、分子の3次元構造を決定する手法。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院薬学研究科:
教授 徳山英利
電話: 022-795-6887
E-mail: hidetoshi.tokuyama.d4[at]tohoku.ac.jp

講師 植田浩史
電話: 022-795-6878
E-mail: hirofumi.ueda.d8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院薬学研究科・薬学部 総務係
電話: 022-795-6801
E-mail: ph-som[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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