東北大学 大学院理学研究科・理学部

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6G通信に向けた光源の新原理を提案
周波数変換を可能にする時間変調磁性メタマテリアルの実現に期待

発表のポイント

● 第6世代移動通信システム(6G通信)(注1)に不可欠な、高周波のミリ波やテラヘルツ光を生み出す光源の新原理を提案しました。

● 新たな光源には磁石を用いた人工構造物質(磁性メタマテリアル(注2))を用います。

● 本研究は時間変調磁性メタマテリアルの開発、さらには6G通信用の新光源の実現につながると期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

現在の第5世代を超える超高速・大容量のデータ通信を実現する6G通信には、高周波のミリ波やテラヘルツ光を生み出す新しい光源が必要です。新たな光源から放たれるミリ波やテラヘルツ光は、大容量のデータを乗せて高速に運ぶ役割を担います。超低消費電力化と低コスト化のためには、このような光源を小型化して室温動作させることが極めて重要です。

東北大学 高度教養教育・学生支援機構の児玉俊之特任助教、多元物質科学研究所の菊池伸明准教授、岡本聡教授、大学院理学研究科の大野誠吾助教、高度教養教育・学生支援機構の冨田知志准教授(大学院理学研究科兼務)は、スピン注入と呼ばれるスピントロニクス(注3)の手法を組み合わせることで、マイクロ波に対する磁性メタマテリアルの応答を大きく変化させることに成功し、磁石を組み込んだメタマテリアルによる新光源の原理を提案しました。

この手法を発展させると、マイクロ波に対するメタマテリアルの応答を時間的に変化させる時間変調磁性メタマテリアルが実現できると考えられます。時間変調磁性メタマテリアルを用いれば、マイクロ波をミリ波に、ミリ波をテラヘルツ光に周波数変換することが可能になります。これは室温で動作する6G通信用の新たな周波数可変の小型光源の実現につながります。

本成果は、4月26日、米国物理学会の専門誌Physical Review Appliedに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

第6世代(6G)通信には、高周波の電磁波であるミリ波やテラヘルツ光を生み出す新しい光源が必要です。新たな光源から放たれるミリ波やテラヘルツ光は、大容量のデータを乗せて高速に運ぶ役割を担います。超低消費電力化と低コスト化のためには、この光源の周波数を可変にし、小型化して室温動作させる必要があります。しかしながら、このような光源の有効な候補はいまのところありません。そこで本研究グループは時間的に屈折率が変化する時間変調メタマテリアルによる非線形光学効果(注4)を用いて、6Gに向けた新たな光源を開発することに取り組んできました。

メタマテリアルとは、天然物質では困難な光の操作方法を実現する人工構造物質です。光を操るためには、スネルの屈折の法則で有名な屈折率を、精密に制御する必要があります。これまでのメタマテリアルは屈折率を空間的に制御した「空間変調メタマテリアル」でした。それらを用いて天然物質ではありえない方向に光を曲げる負屈折率や、物体を不可視化する透明マントなどが実現されてきました。

これに対して近年、屈折率を時間的に変化させる「時間変調メタマテリアル」が注目されています。時間変調メタマテリアルを用いると、非線形光学効果により電磁波の周波数変換が可能です。本研究グループはこの時間変調メタマテリアルによる周波数変換を用いて、小型で室温動作する6G向けの新光源を実現することを目指しています。

電磁気学的には、屈折率は物質の電気応答を記述する誘電率と磁気応答を記述する透磁率、それぞれの平方根の積で表されます。これまで開発された時間変調メタマテリアルは、誘電率を時間的に変調することで屈折率を時間的に変調するものです。

一方で、透磁率を時間変調する方法はこれまでほとんど報告されていません。しかしながら、磁気物理や磁気工学の分野では、透磁率は鉄やニッケルなど強磁性体の磁気モーメントの歳差運動の共鳴(強磁性共鳴)(注5)付近で大きく変化することが知られていました。



今回の取り組み

そこで本研究グループは、磁気物理や磁気工学の知見をメタマテリアルに融合し、透磁率を時間変調する時間変調磁性メタマテリアルの原理検証実験に取り組みました。

本研究では磁石(ニッケルと鉄の合金であるパーマロイ)と、重金属(プラチナ)の二層膜を作製しました。二層膜に交流電流を流すと、プラチナでの大きなスピン軌道相互作用によるスピンホール効果(注6)がスピン流を生み出します。このスピン流がパーマロイに注入されること(スピン注入)により、パーマロイの磁化にスピントルク(注7)を及ぼして強磁性共鳴が誘起されます(スピントルク強磁性共鳴)(図1)。これに加えて直流電流を同時に流すことで、直流のスピン流も注入しました。

ここで注目すべきは、基板にシリコンを用いることで熱伝導性が良くなり、二層膜に大電流を流すことが可能となったことです。このことは強いスピン注入を可能とします。その結果パーマロイに大きなトルクを働かせ、共鳴条件を大きく変化させることができました。

これらの実験結果を用いた理論計算から、共鳴条件が変わることで透磁率が大きく変化していることが明らかになりました(図2)。今後、この直流電流を別の交流電流に置き換えることで、時間変調磁性メタマテリアルが実現できます。



今後の展開

時間変調磁性メタマテリアルを応用すれば、室温で動作する周波数可変で小型の6G通信用の光源が実現可能です。さらに透磁率のみならず誘電率も同時に時間変調できる媒質を組み合わせれば、フレネルドラッグと呼ばれる、移動媒質を模倣する現象も可能になり、基礎物理の観点からも広く展開できることが期待されます。



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図1:今回実現した磁性メタマテリアル。磁性金属であるパーマロイと重金属であるプラチナの二層膜で形成される。

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図2:実験結果から計算される磁性メタマテリアルの透磁率変化。縦軸は周波数、横軸は流した直流電流の大きさを示す。赤色は大きな透磁率を示す。



謝辞

本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」領域(河田 聡 研究総括)の「時間変調メタマテリアル非線形フォトニクスの基盤構築」(研究代表者:東北大学 大学院工学研究科 金森 義明 教授、課題ID JPMJCR2102)で行われました。また試料の作製と測定での装置利用は、物質・デバイス領域共同研究拠点展開共同研究「ナノスケール磁性体のスピンダイナミクスに関する研究」(課題番号 JP20224043)の枠組みを活用しました。



用語説明

注1. 第6 世代移動通信システム(6G通信):現行の携帯電話で使われている5Gに続く無線通信システム。2030年代の商用化が見込まれている。通信速度は5Gの10倍以上の毎秒100ギガビット級(ギガは10億)が想定されている。ドローンやロボットの無遅延リアルタイム遠隔操作、サイバー・フィジカル融合の高度化が可能になる。5Gが周波数3〜30ギガヘルツのマイクロ波を使うのに対し、6Gは数十~数百ギガヘルツのミリ波や数百ギガ~数テラヘルツ(テラは1兆)のテラヘルツ光を用いる。

注2. メタマテリアル:天然物質では実現できない性質を有する人工構造物質。

注3. スピントロニクス:電子の電荷を基本とした従来の半導体デバイスにかわり、電子の磁気的性質(スピン)も利用する新たなエレクトロニクス技術。低消費電力かつ高密度な磁気記録素子などの幅広い応用が期待される。

注4. 非線形光学効果:物質に入れた光とは異なる周波数の光が取り出せる効果。

注5. 強磁性共鳴:外部からの振動磁場に共鳴し、パーマロイのような強磁性体の磁化が同位相で一斉歳差運動を続ける状態。

注6. スピンホール効果:プラチナのようにスピン軌道相互作用が大きな物質中を電子が運動するとき、電子のスピンの向きによって散乱される方向が異なる現象。

注7. スピントルク:スピンが磁性体に注入された際に、スピン角運動量の受け渡しにより磁性体の磁気モーメントを回転させようとする力(トルク)。



論文情報

タイトル:Spin-Current-Driven Permeability Variation for Time-Varying Magnetic Metamaterials
著者:Toshiyuki Kodama*, Nobuaki Kikuchi, Satoshi Okamoto, Seigo Ohno, Satoshi Tomita*
*責任著者:
東北大学 高度教養教育・学生支援機構 特任助教 児玉俊之
東北大学 高度教養教育・学生支援機構(兼:大学院理学研究科 物理学専攻) 准教授 冨田知志
掲載誌Physical Review Applied
DOI10.1103/PhysRevApplied.19.044080



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学 高度教養教育・学生支援機構 兼務 大学院理学研究科 物理学専攻
准教授 冨田 知志
TEL: 022-795-7667
E-mail: tomita[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学 教育・学生支援部 学務課 学務企画係
小田嶋 恵子
TEL: 022-795-3819
E-mail: gaku-kikaku[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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