東北大学 大学院理学研究科・理学部

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クライマーと生態学者が連携し全国90地点の環境DNA調査を実施
―「山の人×科学者」で山岳域の健康状態 を見守るプロジェクトの始動―

発表のポイント

● 全国の山岳愛好家の協力で山岳域の渓流・湖から環境DNA(注1)を採取。山岳域に生息する生物(魚類・哺乳類・鳥類等)の種類や分布状況を明らかにするプロジェクトを始動します(調査期間2023年5〜6月)。

● これまで海や低地の川が中心だった環境DNA調査を山岳域で初実施、対象生物も魚類から陸上の生物に拡大、哺乳類や鳥類、昆虫類等の検出にも挑戦します。

● 獲得データはオープンデータベース「ANEMONE DB(アネモネ ディービー)」を通じて公開、誰もが山岳の自然の変化に気づける仕組みづくりを推進します。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

20230501_10.jpg環境DNAを利用した生物多様性観測ネットワーク「ANEMONE(アネモネ)(注2)」を主催する、東北大学大学院生命科学研究科の近藤倫生教授と宮城県山岳連盟、特定非営利活動法人ファーストアッセントジャパン.の3者は、2023年5月1日より環境DNAを利用した山岳域での生物多様性調査を実施し調査結果を公開します。山岳域の環境DNA調査ビッグデータの構築、およびオープンデータとしての一般公開は世界初(注3)の試みです。

図1A:本調査に先立って行われた宮城県加美町の渓流での環境DNA予備調査の様子。

20230501_20.jpg図1B:過酷な環境でも調査できることを確認するため、氷渡(しがわたり)探検洞(岩手県下閉伊郡)の地底湖にて予備調査を実施。(写真はむらかみみちこ氏による採水の様子)







詳細な説明

「山の人×科学者」環境DNA山岳域モニタリングプロジェクトの実施背景

気候変動や人間活動による生物多様性の喪失が進み、自然環境を回復基調に乗せようとするネイチャーポジティブ(注4)の国際的な潮流が広がっています。しかしながら、自然の現状を把握するために行われてきた従来の生物調査は捕獲や目視調査に頼ったものであるため、膨大な労力や費用がかかり実施規模と精度に限界がありました。

そんななかで生まれた新しい生物調査技術が環境DNAです。環境DNAは「バケツ一杯の水」からそこに生息する生物の種類や分布が分かる革新的な生物調査です。日本では、その核心的手法(注5)が開発されたほか、2019年には大学や国立研究所、企業や自治体、地域住民など誰もが貢献できる環境DNA調査網(ANEMONE)を世界に先駆けて設立、調査データは2022年6月に日本で確立された環境DNA調査のデータベース「ANEMONE DB」で一般公開されるなど、世界をリードしています。これまでの調査で、調査地点は延べ1,000地点以上、調査回数は5,000回を超え、生物多様性を「見える化」する技術として幅広い業界での利活用が期待されています。

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図2:環境DNA調査のデータベース「ANEMONE DB」閲覧画面。DNAが検出された魚種(学名)を表示。検出量に応じた大きさで表示される仕様。


これまで、ANEMONEでの環境DNA観測は海や川の生態系を対象に、調査対象生物も魚類が中心で、山地での観測データや魚以外の生物のデータは未だ不足している状態です。山がちな我が国において、山岳地域はそこにしか生息しない生物が数多く存在する貴重な生態系です。他方、山岳生態系は、温暖化などの気候変動の影響を受けやすく、効果的な保全のためには調査体制の早急の確立が求められています。しかし山岳域はアクセスが容易ではなく、環境DNA調査もこれまであまりなされてきませんでした。



今回の取り組み

本プロジェクトは、クライマーやハイカー、トレイルランナーなど山に慣れ親しんだ山岳愛好家と、山岳研究や環境DNA観測を推進してきた科学者が協力することで、山岳での環境DNA調査をこれまでにない規模で実施できるようにすることを目的としています。宮城県山岳連盟、山形県山岳連盟、秋田県山岳・スポーツクライミング連盟、岩手県山岳・スポーツクライミング協会メンバーのほか、大雪山国立公園パークボランティア連絡会、弘前大学山岳部、山岳写真家の三宅岳氏らが呼びかけに応じ、これまで容易ではなかった山岳地域での生物多様性調査を実現しようとしています。



今後の展開

調査は2023年5〜6月に全国90地点において実施されますが、これらの調査地点は参加者が自ら「気になる山」や「好きな山」を選び決定します。参加者は現地に赴き、提供された環境DNA調査キットで渓流や湖の水を採取・ろ過します。各地で採取した環境DNAはかずさDNA研究所に送付、分析され、DNA塩基配列を獲得します。DNA塩基配列データは東北大学に送られ、生物の種類を明らかにするデータ解析を実施、生物多様性データは2023年9月頃にデータベースANEMONE DBにおいて公開される予定です。



プロジェクトの概要

名称・調査日 「山の人×科学者」環境DNAモニタリングプロジェクト
2023年5月1日(月)〜 6月30日(金)
観測・調査者 現地での採水・ろ過:全国のクライマーや登山愛好家
DNA分析:かずさDNA研究所
データ解析・データベース:東北大学(ANEMONE DBにデータ登録・公開)
(東北大学 近藤教授の主導のもと、筑波大学や東邦大学、京都大学とも連携)
観測地点と
調査対象
調査実施地点:全国の山地より90地点(渓流や湖など)、参加者が自ら選択
ANEMONEがこれまで対象としてきた魚類のほか、陸上の哺乳類や鳥類の検出にも挑戦
期待される
観測成果
・温暖化影響による生物が分布する標高の変化(より高い標高への移動)
・シカやイノシシといった獣害をもたらす生物の高山帯への進出
・渡り鳥がどのように高山を利用しているかの解明
・河川の利用や自然再生が生物の豊かさに及ぼす影響の把握
・生物多様性の回復に向けた自然保護区選定の基盤データ
・自然のバランスの科学的解明に利用される基礎データ


用語説明

注1. :環境DNAとは水中や土壌中など環境中に存在する生物由来のDNA(デオキシリボ核酸)を指す。生物はフンや粘液などと一緒に自らのDNAの痕跡を環境中に残す。野外で採取した水や土壌などから生物由来DNAを抽出、分析することでそこに住む生物の種類を知る技術(環境DNA技術)が近年になって大きく発展した。捕獲や直接観察に頼る従来の生物調査法に比べて、調査現場での作業が圧倒的に少ないことから、従来の調査法では容易ではなかった多地点、高頻度での生物調査を実現する画期的な方法として注目されている。

注2. ANEMONE(All Nippon eDNA Monitoring Network)は環境DNAを利用した生物多様性観測のネットワーク。環境DNAの主要技術を生んだ大型プロジェクト研究「環境DNA分析に基づく魚類群集の定量モニタリングと生態系評価手法の開発(近藤倫生 代表;JST CREST制度による)」において2017年より実施された全国沿岸での環境DNA調査を前身とし、2019年からは東北大学・筑波大学・かずさDNA研究所が中心となって、全国の大学や国立研究所、行政機関、市民ボランティアの協力のもと日本全国の沿岸や河川、湖沼等をカバーする環境DNA調査を実施している。77の観測ステーションでの定期観測に加えて、2020年からは市民ボランティアや民間企業による調査も実施されている。

注3. 近藤教授およびANEMONE関係者の調査による。

注4. 過剰な人間活動等により自然生態系の損失が続いているが、これを食い止めて、2030年までに回復基調に逆転させようとする国際的な目標。

注5. 環境DNA調査で用いられるMiFish法(魚類を対象とした網羅的解析法)は日本で開発された。



本プロジェクトに関わる各社・団体 代表者のコメント

生物多様性の劣化が進行し、2030年までに自然を回復基調に乗せる「ネイチャーポジティブ」が世界共通の目標となりました。山地や丘陵地は国土の約70%を占めており、山岳域は日本を特徴づける重要な景観です。山岳はそこにしか生息しない貴重な生物を育む貴重な生態系ですが、同時に、温暖化などの環境変化に敏感に反応する脆弱な自然でもあります。環境DNA技術を支える科学者と、山岳域を知り尽くした山岳愛好家がタッグを組み、同じ自然を愛するもの同士、協力しながら山を見守る役割を果たしていければと思います。

ANEMONE 代表
東北大学大学院生命科学研究科 教授:近藤 倫生

気候変動等の急速な影響や山の人の高齢化などによる人材不足など、山岳域保全のボランテリー経済の限界とその先にあるソーシャルビジネス化への転換期を迎えています。山の人の経験×科学の技術による新たな智慧が必要とされております。我々、"山の人"がフィールドとしている場所が、我々にどれだけのものを与えてくれたでしょうか。そしてその場所が何かを訴えかけてきているのです。その幽かな声を聴き逃したくないと思っております。環境DNAという技術で何が見えてくるか楽しみにしつつ、持続的な山岳域の利用と保全、ネイチャーポジティブの実現などに資する活動に繋げていければと思います。

特定非営利活動法人ファーストアッセントジャパン. 代表理事
宮城県山岳連盟 会長:むらかみ みちこ



プロジェクト実施者のプロフィール

20230501_40.jpg東北大学大学院生命科学研究科 教授
ANEMONE 代表:
近藤 倫生(こんどう みちお)

2001年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。龍谷大学講師・准教授・教授を経て、2018年より現職。環境DNA学会理事(初代会長)、日本生態学会理事、個体群生態学会理事。日本生態学会宮地賞(2004年)、Akira Okubo Prize(2011, 日本数理生物学会・Society for Mathematical Biology)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2013)等受賞。

20230501_50.jpg宮城県山岳連盟 会長
特定非営利活動法人ファーストアッセントジャパン. 代表:
むらかみ みちこ

特定非営利活動法人 FIRST ASCENT JAPAN. 理事長。ボルダリングパークやくらい WALL 統括責任者。東日本大震災をきっかけに2013年NPOを設立。宮城県石巻市にて金華山震災復興支援「宝島プロジェクト」を立上げる。日本山岳遺産認定(2013)、日本自然保護大賞入選(2014)、グリーンレジリエンス大賞優良賞(2016)。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科 兼担 理学部生物学科
教授 近藤倫生
電話:022-795-6696
E-mail: michio.kondo.b8[at]tohoku.ac.jp

特定非営利活動法人ファーストアッセントジャパン. 代表理事
宮城県山岳連盟 会長:むらかみみちこ
電話:0229-25-4544
E-mail: go.up.miyagi[at]gmail.com

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科 広報企画・評価分析室
特任准教授 高橋さやか
電話: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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