東北大学 大学院理学研究科・理学部

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生命誕生前の沿岸域でタンパク質生成
模擬実験でホウ酸を触媒として最長のペプチド生成

発表のポイント

● 「初期の地球でどのようにアミノ酸がつながってタンパク質が生成したのか?」は生命の起源解明に向けて明らかにすべき大きな謎の一つです。

● アミノ酸がほとんどつながらないと考えられていた中性の蒸発環境で、ホウ酸を触媒とすることにより、これまでの研究で最も長い39分子のアミノ酸が結合したポリペプチド注1の生成に成功しました。

● 生命の起源にとってタンパク質と同様に重要な遺伝分子であるリボ核酸は、中性で安定でありホウ酸が合成を促進することから、この研究結果は、生命誕生前の地球の沿岸域(中性の蒸発環境)でタンパク質とRNAが生成し、相互作用して、生命へと化学的に進化していった可能性を示しています。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

タンパク質は生体反応を触媒する酵素として働き、生命に不可欠な高分子です。その一方で、生命にはDNAとリボ核酸(以下、RNA)と呼ばれる遺伝の役割を担う核酸も不可欠であり、それらの機能を持つ高分子が生命誕生前の地球でどのように生成したかは、生命の起源における大きな謎となっています。従来の研究では、核酸が不安定となるアルカリ性の蒸発環境ではアミノ酸が繋がりやすく、模擬実験において最長で20分子のアミノ酸が繋がったペプチドが生成することが報告されていました。一方で、核酸が安定となる中性環境ではアミノ酸がほとんどつながらないことが知られていました。

東北大学大学院理学研究科の古川善博准教授の研究グループは、RNA材料分子の生成を促進することが知られるホウ酸に着目し、ホウ酸がアミノ酸の重合反応注2にどのような影響を与えるのかを研究しました。その結果、中性と酸性の蒸発環境でホウ酸がアミノ酸の重合反応を触媒し、中性では最も単純なアミノ酸であるグリシンが39分子結合したポリペプチドが生成することを明らかにしました。

この研究結果は、生命誕生前の地球の沿岸域でタンパク質が生成し(図1)、同じ場所で生成した可能性のある核酸と相互作用して、生命へと化学的に進化していった可能性を示しています。

この研究成果は、5月8日に化学分野の学術誌Communications Chemistryで発表されました。



詳細な説明

研究の背景

タンパク質は、核酸(DNAとRNA)の生成反応をはじめ多くの生体反応を触媒する酵素として働く、生命に不可欠な高分子です。一方で核酸もタンパク質の設計図を含む遺伝情報の保持と伝達の役割を担う生命に不可欠な高分子です。生命の根幹を成す核酸とタンパク質は、お互いに依存関係にあり、生命誕生前の地球でどのように生成したのかということは、生命の起源における大きな謎となっています。

これまで長年にわたり、初期の地球を想定してタンパク質と核酸の生成を試みる実験が行われてきました。しかしタンパク質やRNAを生成できる地球環境は見つかっていません。一方でこれらの分子が比較的生成しやすい環境は推定されています。タンパク質はアミノ酸が繋がってできていますが、アミノ酸はアルカリ性の蒸発環境で繋がりやすく、中性環境ではほとんど繋がらないことも知られています。逆にRNAはアルカリ性の水溶液の中で分解してしまい極めて不安定であることが知られており、中性環境では比較的安定に存在します。このようにRNAとタンパク質が形成する可能性のある環境は別々と考えられてきました。

またRNAはリボヌクレオチドという有機物が繋がって形成されますが、リボヌクレオチドの生成反応の様々な段階でホウ酸が貢献することが知られていました。しかし、ホウ酸がアミノ酸を繋げる反応にどのような影響を与えるかは明らかになっていませんでした。


今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科の住栄侑氏(研究当時:大学院生)、佐藤圭一郎氏(研究当時:大学院生)、掛川武教授、古川善博准教授の研究グループでは、RNAの材料分子であるリボヌクレオチドの生成を促進することが知られていたホウ酸に着目し、ホウ酸がアミノ酸の重合反応にどのような影響を与えるのかを研究しました。この結果、中性と酸性の蒸発環境でホウ酸がアミノ酸の重合反応を触媒し、中性では39分子のアミノ酸が結合したポリペプチドが生成することを明らかにしました。これまでの生命誕生前の反応を模擬した研究では、イギリスの研究グループが2015年に発表した20分子のアミノ酸が結合したペプチドが最長の生成物であったため、今回の実験で生成したポリペプチドはこれまでの模擬実験で生成した最長のペプチドとなりました。

ホウ酸は地球の表層で38億年前に形成された岩石からも見つかる元素であり、生命誕生前の地球の特に沿岸域に存在していたと考えられます。また、蒸発環境も陸と海の境界領域に存在したと考えられています。RNAの安定性が高い中性の環境で、RNAの生成に貢献するホウ酸がタンパク質の生成にも貢献することを示したこの研究結果は、生命誕生前の地球の沿岸域でタンパク質が生成したことを示唆し、同じ場所で核酸が生成すれば、それらが相互作用して生命へと化学的に進化していった可能性を示唆しています。非生物的に生成したペプチドが関与したRNAを基本とする生命は、最初の生命の候補として分子生物学の観点から提案されていました。今回の研究結果は、そのような初期生命の材料分子が初期の地球の沿岸域で生成し得るということを地球化学的に示唆する結果となりました。

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図1:生命誕生前の沿岸蒸発環境でホウ酸の触媒作用によってアミノ酸からペプチドが形成するモデル図(©Yoshihiro Furukawa)



今後の展開

今回の実験では、アミノ酸のうち最も単純なグリシンと次に単純なアラニンを用いて実験をしましたが、タンパク質は20種類のアミノ酸で構成されています。今後の実験では複数のアミノ酸を含むポリペプチドの形成が可能かどうか、どのようなアミノ酸がペプチドに組み込まれるかを明らかにし、生命誕生前の地球でRNAの働きに影響を与えるペプチドが生成し得るのかを明らかにしていく予定です。

謝辞

本研究は文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(JSPS KAKENHI Grant Number JP18H0372, JP22H00165)の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. ポリペプチド:アミノ酸がペプチド結合で繋がった分子をペプチドと呼び、一般に短いものをペプチドまたはオリゴペプチド、長いものをポリペプチドと呼ぶ。タンパク質は一般に50分子以上のアミノ酸がペプチド結合で繋がった分子。

注2. 重合反応:似た分子がつながり合って長い分子ができる反応で、タンパク質はアミノ酸が重合してできる分子。



論文情報

タイトル:Boron-assisted abiotic polypeptide synthesis
著者:Yuki Sumie, Keiichiro Sato, Takeshi Kakegawa, Yoshihiro Furukawa*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 古川 善博
掲載誌:Communications Chemistry
DOI:10.1038/s42004-023-00885-7



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学大学院理学研究科地学専攻[web]
准教授 古川 善博 (ふるかわ よしひろ)
TEL: 022-795-3453
E-mail: furukawa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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