東北大学 大学院理学研究科・理学部

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短周期渦が世界一高温になるインドネシア多島海の性質を左右することを発見
太平洋とインド洋をつなぐ海流の実態に迫る

発表のポイント

● 太平洋とインド洋をつなぐインドネシア通過流の滞留時間と経路に、1日単位で変動する短周期の渦(注1)が与える影響を、高解像度海洋大循環モデル(注2)によって調査しました。

● 短周期の渦は、インドネシア通過流がインドネシア多島海内に滞留する時間を増加させ、冷たい中層水が表層へ湧昇するのを促進することを発見しました。

● エルニーニョ現象(注3)や海洋熱波(注4)などの気候変動現象や生物多様性の保全に重要な、インドネシア多島海の海水温変動メカニズムの理解に貢献しました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

海域全体で平均した月平均値が30℃を超えることもある世界で最も海面水温が高いインドネシア多島海は、世界の海を巡る流れの重要な経路にあたっています。この多島海を太平洋からインド洋に流れる海流であるインドネシア通過流の滞留時間と経路は、エルニーニョなどの気候変動現象に影響を与える海面水温を決める要因となっています。

東北大学、海洋研究開発機構、九州大学、ハワイ大学マノア校、インドネシア国立研究革新庁の共同研究チームは、高解像度海洋大循環モデルを用いて、短期間で変動する渦の存在が、インドネシア通過流の経路と通過時間の決定に果たす役割を調べました。その結果、特定の海域で海水が長く滞留し、中層から表層までの湧昇を促進することを明らかにしました。

海洋熱波を含む気候変動現象や生物多様性の保全にとって重要な、この海域の海水温の変動メカニズム解明に貢献する成果といえます。

本研究成果は、5月14日に地球物理学分野の学術誌Journal of Geophysical Research - Oceansで発表されました。



詳細な説明

研究の背景

北大西洋北部での深層水形成に端を発する世界の海をめぐる海洋大循環の一環として、太平洋に達した深層水が中層・表層に湧き上がり、太平洋からインドネシア多島海を経由してインド洋に流れます(図1)。太平洋とインド洋をつなぐこの海流はインドネシア通過流と呼ばれます。インドネシア通過流は、定常的なものでも一本道でもなく、様々な海域、海峡、水路を通過する際に(図2)、揺らぎや乱れを経験します。インドネシア多島海は、真上に熱帯域の大気大循環の心臓部分となる深い対流が発達する海域で、その温暖な海面水温は、深い対流活動の発達に不可欠な要素になっています(図1)。インドネシア通過流の振る舞いは、エルニーニョ現象などの気候変動現象にとって重要な、この海域の海面水温を決める要因であると考えられています。

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図1:世界の海を巡る循環とインドネシア通過流の模式図。インドネシア多島海は世界で最も海面水温が高く、大気の深い対流活動の場となっている。

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図2:太平洋からインドネシア多島海を経てインド洋に至るインドネシア通過流の経路。


今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科のMochamad Riza Iskandar大学院生(研究当時、現在:インドネシア国立研究革新庁海洋学研究センター研究員)と須賀利雄教授は、ハワイ大学マノア校、海洋研究開発機構、九州大学と共同で、1日単位で変動する渦を再現する高解像度海洋大循環モデルを用いて、渦がインドネシア通過流の経路と主要な海域の通過時間の決定に果たす役割を調査しました。具体的には、渦流を含む日平均の流動場と渦流が平滑化された月平均の流動場のそれぞれで模擬粒子の輸送を計算し、その模擬粒子が輸送した流量を見積もりました。その結果、スラウェシ海では流れの変動が大きく(図3)、海水がより広い範囲を長く循環し(図4)、中層から表層付近まで上昇するため、乱流混合(注5)によってインドネシア通過流の水質が大きく変化する可能性があることを発見しました。一方、バンダ海では流れの変動は小さく(図3)、渦流のインドネシア通過流のへの影響はほとんどないこと(図4)も示しましました。インドネシア多島海の各海域の海面水温変動メカニズムを理解し、その変動を予測するためには、インドネシア通過流の経路と滞留時間、および、海水の混合過程を、海洋大循環モデルで適切に再現する必要があることを示す成果といえます。

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図3:日平均の運動エネルギーと月平均の運動エネルギーの差の分布で、渦の変動の大きさの指標。渦流の変動はスラウェシ海で大きく、バンダ海では小さい。

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図4. 模擬粒子によって輸送された流量(Sv = 106 m3/s)。左図(a, c)は渦流を含む日平均の流れ、右図(b, d)は渦流のない月平均の流れを用いた輸送流量。スラウェシ海を通過する西側の流路(a, b)では、日平均と月平均の流れを用いた場合に、模擬粒子の輸送流量に大きさ差が生じるが、バンダ海を通過する東側の流路(c, d)では、その差は小さい。


今後の展開

地球温暖化の進行にともなって、インドネシア通過流も変化すると予想されています。その変化は、インドネシア多島海やインド洋の水温を変え、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象(注6)の変調や、海洋生態系や局地気象に影響する海洋熱波の発生頻度や規模の変化をもたらす可能性があります。今後研究グループは、今回明らかにしたインドネシア通過流の経路と滞留時間への渦の効果が、これらの海域の水温決定にいかに定量的に結び付いているかを明らかにして、将来予測の精度向上に貢献したいと考えています。



謝辞

本研究を遂行するにあたり以下の研究費支援を受けました。記して謝意を表します。
東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム
科学研究費補助金 JSPS KAKENHI Grant JP18H03731
JST戦略的国際共同研究プログラム JSTSICORP Grant JPMJSC21E7



用語説明

注1. 短周期の渦:流れが蛇行したり、地形にぶつかったり、風の影響を受けたりすることことで生じる短い周期の渦のことです。

注2. 高解像度海洋大循環モデル:水温、塩分、海流の変化を物理方程式で表現し、海洋に配置した3次元の格子点上でコンピュータにより計算することで、それらの時間変化を求める一連のプログラムが海洋大循環モデルです。特に、直径数十キロメートル以下のスケールの渦を再現できるものを高解像度海洋大循環モデルと呼んでいます。

注3. エルニーニョ現象:太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象です。数年おきに発生し、日本を含め世界中の異常な天候の要因となり得ると考えられています。

注4. 海洋熱波:海洋熱波とは、数日から数年にわたり急激に海水温が上昇する現象です。その発生頻度は過去100年間で大幅に増加しており、海洋生態系に与える影響が危惧されています。

注5. 乱流混合:流体内の流速の空間変化が大きいときや加熱・冷却を受けたときに生ずる、不規則に乱れた流れである乱流にともなって、流体が混合する過程のことです。

注6. インド洋ダイポールモード現象:インド洋熱帯域の海面水温が南東部で平常より低く、西部で平常より高くなる場合を正のインド洋ダイポールモード現象、逆の場合を負のインド洋ダイポールモード現象と呼びます。



論文情報

論文タイトル:Effects of high-frequency flow variability on the pathways of the Indonesian Throughflow
著者: Mochamad Riza Iskandar*, Yanli Jia, Hideharu Sasaki, Ryo Furue, Shinichiro Kida, Toshio Suga, Kelvin J. Richards
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 大学院生(研究当時) Mochamad Riza Iskandar(モハマド・リザ・イスカンダル)
掲載誌Journal of Geophysical Research - Oceans
DOI: 10.1029/2022JC019610



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻
教授 須賀 利雄(すが としお)
TEL: 022-795-6527
E-mail: suga[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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