京都大学防災研究所西村卓也教授、金沢大学理工研究域地球社会基盤学系平松良浩教授、東北大学大学院理学研究科太田雄策准教授の研究グループは、GNSS※1データの統合地殻変動解析により、石川県能登半島の北東部で発生している群発地震は大量の流体※2(約2,900万m3)が深さ16km程度まで上昇し、地下の断層帯内を拡散したことにより、断層帯でのスロースリップ※3が誘発され、さらに断層帯浅部での地震活動も誘発されたことが原因と考えられることを示しました。
本研究では、能登半島の既設のGNSS観測点に加えて、京都大学と金沢大学による臨時観測点とソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンク)による独自基準点のデータを統合解析することによって、最大で7cmの隆起を捉えるなど群発地震に伴う詳細な地殻変動の時空間発展を明らかにしました。これにより能登半島の地下で発生している現象の解明に貢献するとともに、日本列島の他の地域でも、かつてない高い空間分解能で微小な地殻変動を捉えられることを示唆するものです。本成果は、2023年6月12日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
図:能登半島の群発地震のメカニズムの模式図。GNSSデータの解析から,地殻深部の流体が断層帯内を拡散することにより断層帯の膨張とスロースリップを引き起こし、さらにその浅部で活発な地震活動を長期にわたって引き起こしていることが示唆されます。
石川県能登半島の北東部では、2020年12月頃から地震活動が活発化し2021年夏頃からは有感地震を含む活発な地震活動が継続しています。2023年5月5日にはマグニチュード6.5(最大震度6強)の地震が発生し、石川県珠洲市などで大きな被害が生じましたが、なぜこのような活発な地震活動が2年半以上の長期にわたって継続しているのかは分かっていません。
地震活動の活発化と同期して、日本全国に約1,300点が展開されている国土地理院のGNSS観測点(電子基準点)のうち、能登半島北東部に設置された観測点では、それまでと傾向の異なる地殻変動が観測されましたが、群発地震震源域周辺の観測点数は限られるため地殻変動の全体像は明らかになっていませんでした。一方、我が国では近年高精度の位置情報を利用したさまざまなサービスが開始され、民間事業者が高精度測位のための独自のGNSS観測網を整備しています。ソフトバンクは日本全国に3,300カ所以上の独自のGNSS観測点(ソフトバンク独自基準点)を整備し、高精度測位サービスを提供しています。2022年8月には、ソフトバンクとALES株式会社の協力の下、東北大学大学院理学研究科を中心とした国内の研究機関が参画する「ソフトバンク独自基準点データの宇宙地球科学用途利活用コンソーシアム」が設立され、ソフトバンク独自基準点のデータについて幅広い地球科学の分野での活用方法を検証し、新しい地球科学の創成を目指す枠組みが作られました。ソフトバンク独自基準点は、能登半島にも多数設置されているため、従来の観測点と併用することで、地殻変動の詳細な時空間分布が明らかになることが期待されていました。
本研究では、群発地震開始前から設置されていた国土地理院電子基準点、ソフトバンク独自基準点、さらに京都大学および金沢大学が地震活動活発化後に設置した臨時GNSS観測点のデータを解析し、2020年11月から2022年12月までの期間に最大で約7cmの隆起と群発地震の震源域を中心とする膨張を示すような水平変動があったことを明らかにしました。観測された地殻変動に基づき、この地域のテクトニクスや地震活動も考慮して変動源を推定すると、2020年11月末からの3ヶ月間に大量(約1,400万m3)の流体が深さ16kmまで上昇し、能登半島の地下にある透水性の高い逆断層帯内で拡散することにより、この断層の深さ14-16kmで非地震性逆断層すべり(スロースリップ)を誘発し、さらに断層帯の浅部側で活発な群発地震を誘発したことが明らかになりました。2020年11月から2022年6月までに上昇した流体の総量は約2,900万m3 (東京ドーム約23個分) に達し、このような大量な流体の上昇が長期にわたるスロースリップと群発地震を引き起こした原因であると考えられます。
本研究で推定された流体の上昇とスロースリップの発生は、能登半島北東部周辺の活断層帯における応力を増加させるとともに、群発地震震源域周辺での大地震の発生を促進させる可能性があります。さらには群発地震による地震動による応力擾乱が活断層帯に作用することで、大地震の発生時期が早まる可能性があることを本研究では指摘していました。
地震やスロースリップの発生には、流体の移動に伴う断層帯の強度低下が重要な役割を果たしていることが以前から指摘され、観測と理論・シミュレーションの両面から研究が進められてきましたが、実際の地殻変動観測によって地下の流体の移動とそれに誘発されたスロースリップを捉えた例は世界的にも珍しく、2年半もの長期にわたる地殻変動の変化が能登半島のような非火山地域で観測された事例はほとんどありません。能登半島では2023年5月5日にM6.5の地震も発生しており、この地震は本研究で指摘したように、地下の流体移動とスロースリップによって発生が促進されたものである可能性があります。本研究で明らかにしたような流体とスロースリップおよび地震発生の事例は、実際の断層帯の特性を絞り込むために必要不可欠な情報であり、流体がスロースリップや群発地震、さらには大地震の発生に与える影響をこれらの現象間の相互作用も含めて定量的に明らかにすることができれば、群発地震や大地震の発生予測に向けた研究が進展することが見込まれます。今後は、5月5日の地震に至るまでの流体やスロースリップの移動などをさらに時間分解能を上げて推定することを試みるとともに、大学、ソフトバンク、国土地理院のGNSSデータの統合解析を今後も続けて、その結果を政府の地震調査委員会等に報告することによって地殻変動の現状把握に貢献していきます。
また、本研究はソフトバンク独自基準点のデータを用いることにより、群発地震に伴うような微小で長期間継続する地殻変動現象の解析においても、高精度かつこれまでにない高い空間分解能で現象の全体像を明らかにできることを実証したもので、同観測網が国土地理院の電子基準点網を補完する能力を有することを示すとともに、地殻変動研究分野においてソフトバンク独自基準点の利用が一層進むことが期待されます。
本研究はJSPS科研費 「能登半島北東部において継続する地震活動に関する総合調査」(JP22K19949)、文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第二次)」、およびJST創発的研究支援事業 (JPMJFR202P) の支援を受けました。
※1 GNSS 全地球衛星航法測位システム:人工衛星の電波を受信することで地球上の位置を正確に測定するシステムの総称。GNSSには米国やEU、ロシア、中国などによってそれぞれ運用されているシステムがあり、GPSは米国が運用するGNSSである。
※2 流体:液体と気体の総称。地下深部における流体は、水、マグマやさまざまな種類のガスが考えられるが、能登半島深部での流体は水である可能性が高いと考えられる。
※3 スロースリップ:断層が地震を起こすことなくゆっくりとすべる現象。
タイトル:Episodic transient deformation revealed by the analysis of multiple GNSS networks in the Noto Peninsula, central Japan(能登半島の複数GNSS観測網の統合解析によって明らかになった非定常地殻変動)
著者: 西村卓也(京都大学防災研究所)・平松良浩(金沢大学理工研究域)・太田雄策(東北大学大学院理学研究科)
掲載誌:Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-023-35459-z
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科
附属地震・噴火予知研究観測センター[web]
准教授 太田雄策(おおた ゆうさく)
電話:022-225-1950
E-mail:yusaku.ohta.d2[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
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電話: 022-795-6708
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