東北大学 大学院理学研究科・理学部

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飛行機を揺らす見えざる脅威を可視化
~東京湾上空で発生した晴天乱気流をスーパーコンピュータ「富岳」で再現~

発表のポイント

● 過去に関東南部で晴天乱気流(注1)が発生した事例を高解像数値気象シミュレーション(注2)で再現。

● スーパーコンピュータ「富岳」(注3)で大気中の流体運動の不安定により発生した,細かい渦の再現に成功。

● 実際にその場を飛行した飛行機のデータと、計算データの比較により、飛行機を揺らしたのがこれらの細かい渦である可能性が高いと示された。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

高い高度を飛ぶ飛行機に乗っているとき、窓の外は雲もなく晴れているのに、突然機内が激しく揺れる経験をすることがあります。これは晴天乱気流によりもたらされています。晴天乱気流は雲のない晴天で発生する、気流の急激な変化のことを指します。

名古屋大学宇宙地球環境研究所特任助教の吉村僚一氏(研究当時:東北大学流体科学研究所・東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻)および東北大学流体科学研究所の焼野藍子助教、同大学大学院理学研究科の伊藤純至准教授らは、冬季の東京湾上空3-4 kmでしばしば発生する晴天乱気流事例について、数値気象モデル(注2)で格子幅を35 mまで狭めた超高解像シミュレーションを実施し、乱気流の様子を再現しました。また、当時の飛行機が記録した揺れデータと比較することで、再現した乱気流が正しいかを調べました。35 m級の解像度で再現した高高度の大気中の乱流現象を観測データにより検証する取り組みはなく、世界初の成果です。高高度で発生した現実の乱気流事例を対象とした乱気流の計算例は少なく、実際の乱気流の観測データとの比較は初めての試みです。

高解像シミュレーションにより、乱気流の発生原理・仕組みの解明や、乱気流が飛行機へ及ぼす影響をさらに詳しく調べることにつながると考えられます。また、航空事業者向けにより精度の高い乱気流予報を行えるようになることも期待できます。本研究成果は6月21日(現地時間)、American Geophysical Unionの論文誌 Geophysical Research Lettersに掲載されました。



詳細な説明

晴天乱気流は、目視やレーダーで事前に存在を知ることが困難です。そのため飛行機内では、シートベルトサインが点灯する前に乱気流に遭遇してしまい、大きく揺れた機内で乗員・乗客が天井に頭をぶつけるなど、事故が起こることがあります。数値シミュレーションを用いた晴天乱気流の調査はこれまで行われていますが、多くは「乱気流の原因となった現象」の再現にとどまっています。特に、細かい渦を含む乱気流そのものの再現に取り組んだ研究は、特に飛行機が飛ぶ高高度においてはほとんどありません。このような研究の困難な点としては2つあります。(1)飛行機に激しい振動を与える渦を直接解像する数値計算にかかるコストが非常に大きいこと、(2)数値計算の検証に必要な高高度の風速計測は非常にコストが大きく難しいことです。(1)については、最近のスーパーコンピュータ「富岳」などのエクサスケールコンピュータの登場により可能になりつつあります。

本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた超高解像度気象シミュレーションにより過去に東京湾上空で発生した晴天乱気流を再現しました。また、当時晴天乱気流に遭遇した飛行機が記録した揺れデータを用いて、計算が妥当であることを示しました。

当時の状況をシミュレーションしたところ、乱気流への遭遇が報告された領域に重なるように、風速の乱れが予測されました(図1a、b)。風速の乱れは、南西で発生したケルビン・ヘルムホルツ不安定(注4)性の波が北東で崩壊することで生まれていることがわかりました。図1cでは、西から東にわたって大気の波が成長し、東で崩壊することでたくさんの細かい渦が生まれています。

これらの渦が飛行機を揺らしていたかを確かめるために、当時の飛行機が記録した揺れのデータとの比較を行いました。再現した乱気流の影響を受けた飛行機の揺れをフライトシミュレータを用いて計算した結果と比較すると、格子解像度がより高い計算では実際の揺れにも近い結果となっています(図2)。ここから、高解像計算で直接再現された細かい渦の影響を受けて飛行機が揺れていることが示されました。



成果の意義

これまで行われてこなかった解像度の域で気象シミュレーションを行い、晴天乱気流の発生過程を解像することができました。この結果と、乱気流の観測データと見立てた旅客機データを比較することにより、高高度で発生する大気乱流のシミュレーション結果を世界で初めて検証することができたという点で大きな意義があります。さらに飛行機に危険な渦の大きさを改めて確認したことやそれらの生成過程を陽に再現するシミュレーションとして、将来の乱気流予測のために有用な知識を与えるものです。



謝辞

本研究は、2020年度から始まった文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」と国土交通省交通運輸技術開発推進制度の支援のもとで行われたものです。



用語解説

注1. 関東南部の晴天乱気流:関東南部では冬季にしばしば晴天乱気流が発生することが知られており、乱気流への遭遇が頻繁に記録される。発生高度は2~4 kmであり、羽田・成田離着陸便による交通流が多く、高度変更による回避の難しい場所であるため遭遇が多くなる。一般的に、乱気流により飛行機が揺動すると乗員・乗客の怪我や、機内・機体の状況に応じて目的地変更や着陸やり直しの実施につながる場合があり、安全かつ効率的な運航の障壁となる。渦が生じて流れが乱れた状態を乱流と呼び、大気中では乱気流と呼ばれる。これらの渦が飛行機を大きく揺らすことが問題となる。

注2. 数値気象モデル:数値気象モデル物理法則に基づき、大気状態の変化を計算するコンピュータモデル。地表付近から上空までの大気の運動に加え、水の相変化や放射の効果も考慮し、空間的・時間的な変化を解く。日々の天気予報のために数値気象モデルによる予測が行われている。本研究では数値気象モデルで使用する計算格子の解像度を35mまで高めた高解像数値気象シミュレーションを実施している。

注3. スーパーコンピュータ「富岳」:理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピュータ。2020年6月にスパコンの性能ランキング「TOP500」「HPCG」「HPL-AI」「Graph500」の4部門で世界第1位を獲得した。

注4. ケルビン・ヘルムホルツ不安定:流体運動の不安定の1つ。密度が異なる2つの流体の層が互いに異なる速度で運動するときに発生する。



論文情報

タイトル:Clear Air Turbulence Resolved by Numerical Weather Prediction Model Validated by Onboard and Virtual Flight Data
著者:Yoshimura, R.*, Ito, J., Schittenhelm, P., K., Suzuki, A., Yakeno, A., and Obayashi, S.
*責任著者:名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任助教 吉村僚一
(研究当時:東北大学流体科学研究所・東北大学大学院工学研究科 大学院生)
掲載誌Geophysical Research Letters
出版日:2023年6月21日
DOI番号https://doi.org/10.1029/2022GL101286
URLhttps://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2022GL101286



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図1 (a) 当日に乱気流の遭遇が報告された地点。四角Aは(b)の領域を示している。(b)高度3kmのシミュレーションの結果。赤・青は上昇・下降に向かう風の速度を示している。(c) 図bの線分Y-Y'に沿った鉛直断面。同じく赤・青は上昇・下降気流を示している。


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図2 (a) 再現した乱気流の中でフライトシミュレータを用いて計算した揺れ、最も高解像度な計算では、周波数が高く、大きな揺れが出ている。(b) 実際に記録された3便分の揺れ。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web
准教授 伊藤 純至(いとう じゅんし)
電話 022-795-5552
E-mail:junshi[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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