東北大学 大学院理学研究科・理学部

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沈み込む海洋地殻の水の保持能力とその変化の一端を解明
〜沈み込み帯の成熟が地球深部への水の輸送を促進〜

発表のポイント

● 沈み込む海洋地殻の水の保持能力は沈み込み帯の成熟(時間の経過)とともに向上することがわかりました。

● 成熟した沈み込み帯においてはローソン石(注1)が水の貯蔵庫として働き、水を地球深部へ輸送し、新しい沈み込み帯では、ローソン石の寄与はこれまで考えられていたほど大きいものではないことがわかりました。

● 地球深部への水輸送の理解は、日本列島のような沈み込み帯での地震活動や火山活動の理解につながると期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

海洋プレートの沈み込み帯では、水を保持した海洋プレートの脱水反応が引き金となって、地震活動や火山活動が誘発されます。沈み込み帯深部において約11.5重量%と含水量の高い(ローソン石(注1)を含む変成海洋地殻「ローソン石エクロジャイト(注2)」の形成は、沈み込みが帯における水や微量元素の循環及び地球深部への物質輸送において重要な役割を果たすと考えられています。

一方で、世界の造山帯(注3)においてローソン石エクロジャイトはあまり存在せず、沈み込む海洋地殻の実像やローソン石エクロジャイトの普遍性については多くの議論がなされてきました。

今回、東北大学東北アジア研究センター(兼務 理学研究科地学専攻)の辻森 樹教授とイリノイ大学シカゴ校地球環境科学科のデイビッド・エルナンデス=ウリベ博士の国際研究チームが行った最新の研究により、海洋プレートの沈み込み過程におけるローソン石エクロジャイトの存在条件と、沈み込み帯の成熟に伴う水の保持能力の変化が明らかになりました。

本成果は、2023年7月1日、米国地質学会の専門誌Geologyの電子版にオープンアクセス論文として掲載されました。



詳細な説明

海洋プレートの水の保持能力は、沈み込み帯における水や微量元素の循環及び地球深部への物質輸送に関して重要な役割を果たすと考えられています。沈み込み帯において水の貯蔵庫としての役割を担っているのが、海洋プレートを構成する岩石に含まれる含水鉱物です。とりわけ、玄武岩質の海洋地殻では、主にローソン石が水やストロンチウムや鉛、軽希土類元素といった微量元素をマントル深部へ運搬すると考えられています。

本研究は、ローソン石を含む変成海洋地殻の一種であるローソン石エクロジャイトに着目しました。ローソン石エクロジャイトは、高い含水量が見込まれ、海洋プレートの水と微量元素の保持能力への寄与が期待される一方で、地表に露出した岩石として観察されることは世界でも極めて稀です。そのため、沈み込む海洋地殻がローソン石エクロジャイトとして存在できる条件については多くの議論がなされてきました。海洋プレートの水の保持能力を研究するにあたって、沈み込み帯深部の岩石や水を直接観察することは不可能です。そのため、地表に露出した海洋地殻起源の岩石を調べる、海洋プレートを構成する岩石中の鉱物組み合わせの変化をコンピューターで計算するなどの間接的な手法で研究が行われてきました。

本研究では、沈み込み帯の成熟(沈み込み開始からの時間の経過)にともなう海洋地殻の水の保持能力の変化を把握するため、先端的な岩石学のモデリング手法を用いて、典型的な海洋地殻構成岩がどのような条件でローソン石エクロジャイトに再結晶するのかを計算しました(図1、2)。その結果、沈み込み帯の成熟度の変化による海洋地殻中のローソン石の割合の変化、すなわち水の保持能力(量)の変化を次のように予想しました。

ローソン石を含む変成海洋地殻(ローソン石エクロジャイト)の形成とそれによる水の保持能力の変化は、沈み込み帯の成熟度に依存しています(図1)。海洋プレート沈み込みの初期段階(約600万年未満)では海洋地殻が変成してもローソン石が形成されませんが、時間の経過とともに(約3,300〜1,200万年)ローソン石が形成されるようになり海洋地殻の水の保持能力が増します。この時点では、沈み込みに伴う海洋地殻の温度上昇により、ローソン石は深さ約60 km(=圧力約1.8ギガパスカル)までに脱水分解して消滅します。一方で、さらに時間が経過し(約5,000万年)、沈み込み帯が十分に成熟すると、約130 km(=圧力約4ギガパスカル)を超えても完全な脱水分解を免れるようになり、約1 重量%の水を地球深部へ輸送します。この環境は、ローソン石エクロジャイトの形成条件を満たします。これらの結果から、ローソン石エクロジャイトの形成は十分に成熟した沈み込み帯に特有な現象であり、地球深部への水の輸送に関して重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

なお、沈み込む海洋地殻におけるローソン石の割合は、沈み込みに先立つ岩石の変質、とりわけカルシウムとアルミニウムを付加するような変質作用で大きく増加する一方、蛇紋岩との混合によって減少します(図2)。



今後の展開

日本列島周辺に存在する海洋プレートの沈み込み帯では、水を保持した海洋プレートの脱水反応が引き金となって、地震活動や火山活動が誘発されます。この研究の結果は、プレートテクトニクスによる地球の水と微量元素の循環について理解を向上させるだけでなく、沈み込む海洋地殻から放出される水がもたらす沈み込み帯特有のマグマ活動や地震活動への寄与の解明につながるものです。

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図1. (a) 海洋地殻(海嶺玄武岩の化学組成)が沈み込み帯でローソン石エクロジャイトに再結晶する条件及び、沈み込み帯の成熟度(沈み込み開始からの時間の経過)毎の沈み込む海洋地殻上面の温度構造(赤波線)を示した圧力−温度図。ローソン石エクロジャイトが存在できる圧力温度領域のカラーグラデーションと等量線は岩石中のローソン石の割合、つまり水の保持能力を示している。(b) 中米グアテマラ産のローソン石エクロジャイトの写真。 (c) 沈み込み開始から1,190万年経過時と4,960万年経過時の沈み込む海洋地殻を構成する鉱物の割合及び、岩石に保持された水の量の変化。

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図2. 圧力2.5ギガパスカル(深さ約80 km)における温度と岩石の化学組成の関係。横軸は、海洋底玄武岩、海洋島玄武岩、斑れい岩、変質した海洋底玄武岩といった海洋地殻構成岩と海洋堆積物の化学組成を示しており、カラーグラデーションと等量線はそれらの岩石の間で化学組成が変化する場合に、ローソン石の割合がどのように変化するかについて示している。



謝辞

この研究は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)JP 21H01174の助成を受けたものです。また、東北アジア研究センター 2023年度 オープンアクセス論文刊行支援事業による支援を受けました。



用語説明

注1. ローソン:カルシウムとアルミニウムに富む含水珪酸塩鉱物(化学組成はCaAl2Si2O7(OH)2・H2O)で、沈み込み帯の変成スラブ中で深さ300 km程度まで安定に存在できる。その高い含水量(約11.5重量%)から、マントル深部への水及びストロンチウムや鉛、軽希土類元素の重要なキャリアと考えられている。

注2. ローソン石エクロジャイト:海洋地殻など玄武岩質の岩石が沈み込み帯深部などの約60〜70 km以深で再結晶(変成)することで形成する変成岩「エクロジャイト」のうち、ローソン石を含むもの。地球史を通し、造山帯の地質記録としてローソン石エクロジャイトの産出はまれで、ローソン石を分解せずに保持した完全なローソン石エクロジャイトの産地としてはグアテマラやトルコのものが有名。現在の東北日本直下の太平洋プレートの海洋地殻はローソン石エクロジャイトに再結晶していると考えられている。

注3. 造山帯:プレートの運動などに伴って大山脈や弧状列島などができる運動を造山運動と呼ぶ。造山運動が生じている地帯や過去の生じた地帯を造山帯と呼ぶ。



論文情報

タイトル:Progressive lawsonite eclogitization of the oceanic crust: Implications for deep mass transfer in subduction zones
著者:David Hernández-Uribe 1*, Tatsuki Tsujimori 2
1 イリノイ大学シカゴ校地球環境科学科
2 東北大学東北アジア研究センター(兼務 大学院理学研究科地学専攻)
*責任著者 イリノイ大学シカゴ校地球環境科学科 デイビッド・エルナンデス=ウリベ博士
掲載誌Geology (v. 51, no. 7, p. 678-682)
DOI番号10.1130/G51052.1



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学東北アジア研究センター、理学研究科地学専攻[web
教授 辻森 樹(つじもり たつき)
E-mail: tatsukix[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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