東北大学 大学院理学研究科・理学部

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宇宙の塵の塊の「跳ね返り」が衝突合体による微惑星形成を阻害する
―大きくなるとくっつきにくくなる粉状体の衝突挙動を発見―

1.発表のポイント

● 2つの固体微粒子の塊が衝突する数値シミュレーションを行い、構成粒子数が約1万粒子から14万粒子までの様々な大きさの塊について、衝突後に2つの塊がくっついて大きな塊となる(以下、「衝突合体」という。)確率を調査した。

● 衝突させる微粒子の塊の半径が大きくなるほど衝突合体する確率が低下することを数値シミュレーションによって世界で初めて発見した。

● 本研究で得られた知見は、固体微粒子の塊である粉状体の衝突挙動という基礎物理の理解を深めるものである。さらに、「惑星は宇宙の塵からどのように形成されたのか」という問いに対して、「惑星の種」である微惑星(※1)が宇宙の塵の衝突合体のみによって形成される可能性は低いことを示した。

□ 東北大学ウェブサイト



2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。) 付加価値情報創生部門 数理科学・先端技術研究開発センターでは、地球・海洋・生命の理解のための大規模数値解析手法の開発を進めており、代表的な数値解析手法である粒子法では、10億粒子を超える計算を実現するなど、世界最先端レベルの研究開発を行っています。この研究開発の一環として、同センター 計算科学・工学グループの荒川 創太Young Research Fellowらは、国立天文台の「計算サーバ」(※2)を用い、惑星の材料物質である固体微粒子の塊について、その衝突挙動を数値シミュレーションによって調べました。様々な大きさの塊について数値シミュレーションを実施した結果、塊が大きい場合に2つの塊が衝突合体する確率が低下することを明らかにしました。

「惑星の種」である微惑星は、原始惑星系円盤(※3)において固体微粒子同士が付着による衝突合体を繰り返すことで形成されたと考えられています。しかし、どのような条件の下で2つの微粒子の塊が衝突合体するのかという重要な問題が未解明のままでした。本研究の結果は、微粒子の塊が大きくなるにつれて衝突合体しにくくなるため、微粒子同士の衝突合体による成長のみで微惑星を形成することは困難であることを示唆しています。これは惑星形成プロセスを理解する上で重要な知見となります。

本成果は、「The Astrophysical Journal Letters」に7月6日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究は日本学術振興会科学研究費(JP22J00260, JP22KJ1292, JP18H05438)の助成を受けました。

タイトル:Size Dependence of the Bouncing Barrier in Protoplanetary Dust Growth
著者:荒川創太1、奥住聡2、辰馬未沙子2、田中秀和3、小久保英一郎4、西浦泰介1、古市幹人1、中本泰史2
1. 海洋研究開発機構、2. 東京工業大学、3. 東北大学、4. 国立天文台
DOI10.3847/2041-8213/acdb5f



3.背景

惑星形成の第一歩は、原始惑星系円盤におけるマイクロメートルサイズの固体微粒子の成長です。その成長メカニズムのひとつとして衝突合体が考えられています。しかし、微粒子同士が衝突合体してできた塊がさらに合体して成長するための条件は長年謎でした。また、数値シミュレーションと室内実験の結果に大きな乖離があり、特に、数値シミュレーションと室内実験とでは、衝突時の跳ね返り現象を引き起こす塊の密度の条件が大きく異なっていました。例えば、これまでの数値シミュレーションでは塊の内部の空隙の割合が50%程度以下という高密度の場合にのみ跳ね返り現象が頻繁に見られた一方、室内実験では空隙の割合が90%程度という低密度の場合でも高い確率で跳ね返ることが報告されていました。

「惑星の種」である微惑星の形成モデルには、固体微粒子の衝突合体による成長という仮説と、微粒子の塊が原始惑星系円盤中で局所的に濃集し、その後、自己重力によって集積し形成されるという仮説の2つがあります(図1)。もし、衝突時に微粒子の塊が跳ね返らず付着するならば、衝突合体による成長によって微惑星が形成される可能性があります。一方、跳ね返りによって衝突合体が阻害される場合、衝突合体以外の成長メカニズムで微惑星を形成する必要があります。微粒子の塊の衝突挙動を理解することは、これらの2つの仮説のどちらが微惑星形成シナリオとして妥当か判断する鍵となります。

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図1 原始惑星系円盤中では、マイクロメートルサイズの固体微粒子が衝突合体によって巨視的な塊へと成長し、さらに微惑星と呼ばれる惑星の種の状態を経て惑星へと進化する。微粒子の塊から微惑星へと成長する段階では、衝突合体成長によってそのまま大きくなるという仮説と、原始惑星系円盤中での自己重力による微惑星形成という仮説の2つの可能性がある。(クレジット:JAMSTEC)



4.成果

本研究では離散要素法(※4)を用いた衝突数値シミュレーションを実施し、構成粒子数が約1万から14万までの様々な大きさの塊について、衝突時の付着確率を調査しました。その結果、微粒子の塊は空隙の割合が同じならば半径が大きい方がより付着確率が低いことが明らかになりました。このシミュレーションでは、惑星が形成される原始惑星系円盤を想定し、塊は半径0.1 µmの氷の微粒子で構成されています。ここでは、空隙の割合が60%の塊同士をコンピュータ上で衝突させました。すると、塊の半径が微粒子半径の50倍以下の場合、塊同士が付着する確率は約90%にものぼりました。一方、それよりも塊が大きい場合は跳ね返りやすくなり、微粒子半径の70倍の大きさをもつ塊では付着確率は約50%まで下がったのです(図2)。

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図2 2つの微粒子の塊の衝突数値シミュレーションの様子と、付着確率と塊の半径の関係。半径0.1 µmの氷微粒子で塊が構成され、空隙の割合が60%の場合、塊の半径が微粒子半径の50倍よりも大きくなると付着確率が顕著に低下する(跳ね返りやすくなる)ことが示された。(クレジット: S. Arakawa et al. )

今回の発見は、過去の数値シミュレーションと室内実験の結果の乖離についても定性的な説明を与えるものであり、大規模シミュレーションの重要性を示しています。過去の数値シミュレーションでは、構成粒子数が数万程度で、塊の半径が微粒子の半径の数十倍の比較的小さな塊について研究が行われてきました。一方、室内実験では、粒子数が数億以上で微粒子半径の数百倍から数千倍の半径をもつ塊を用いた研究が行われてきました。つまり、従来の数値シミュレーションと室内実験とでは用いられてきた塊の構成粒子数に大きな差があり、これが両者の衝突挙動の違いをもたらしていたと考えられます。

本研究の成果は、原始惑星系円盤での固体微粒子の衝突合体成長は、塊がある程度大きくなった段階で付着確率が低下し抑制されることを示唆しています。つまり、微粒子の衝突合体成長のみで微惑星を形成することは困難であり、微粒子の塊の原始惑星系円盤中での局所的な濃集など、微惑星の形成にはその他のプロセスの助けを借りる必要があるかもしれません。実際、アルマ望遠鏡(※5)による原始惑星系円盤の電波観測では固体微粒子の塊は100 µm程度の大きさで成長が止まっている可能性が指摘されており、本研究はこの観測結果に説明を与える可能性があります。



5.今後の展望

微粒子の塊の衝突挙動は、粉状体という基礎物理の対象として興味深いだけでなく、惑星形成という地球惑星科学の根幹をなす問題においても鍵となるテーマです。今回の研究では、塊の半径が大きいほど、つまり構成する微粒子の数が多いほど塊が"くっつきにくくなる"ことを示しました。これは衝突合体のみで微惑星が作られることは困難であるという、惑星形成の理解に重要な示唆を与える発見です。

しかし、本研究で用いた塊とは異なる密度の塊について、跳ね返りが起こる条件は未だ明らかではありません。例えば、本研究では塊内部の空隙の割合を60%で固定していましたが、現実の原始惑星系円盤中における塊内部の空隙の割合はもう少し高く低密度な可能性があります。そのような低密度の塊でも十分大きい場合には本研究の結果と同様に跳ね返りが生じると考えられますが、定量的な理解は得られていません。今後我々はJAMSTECが保有する地球シミュレータなどのスーパーコンピュータと大規模シミュレーションコードDEPTH(※6)を活用し、現時点では調査できていない室内実験と同規模の非常に大きな塊を用いた衝突数値シミュレーションを実施することで、跳ね返り現象を支配する物理の解明を目指します。

本研究で得られる成果は、惑星科学における新たな知見の創出のみならず、地球科学における流体や固体のシミュレーション技術の発展のほか、粉体などの粒子状物質のデジタルツインによる産業の発展においても大きく貢献することが期待されます。



用語解説

※1 微惑星:惑星を形成する材料となったキロメートルサイズの小天体。マイクロメートルサイズの固体微粒子から微惑星が形成され、その後、微惑星が相互重力による衝突合体を繰り返すことで惑星が形成された。

※2 計算サーバ:国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用するコンピュータ・クラスタ。小規模・長時間の数値シミュレーションによる研究を支援する目的で運用され、総コア数2160で構成される(2023年7月現在)。
https://www.cfca.nao.ac.jp/about#gppc

※3 原始惑星系円盤:若い恒星の周りに存在する、水素分子等のガスと固体微粒子を含む円盤状の構造。惑星が形成される現場であると考えられている。

※4 離散要素法:粒子の集合体の挙動を解析する手法のひとつ。集合体を構成する1つ1つの粒子に対してはたらく力を計算し、運動方程式を数値積分することで、粒子の集合体の挙動を求めることができる。

※5 アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計):南米チリ共和国北部にある、標高5000 mのアタカマ砂漠に建設された電波干渉計。日本を含む東アジア、北米、欧州南天天文台の加盟国と建設地のチリを合わせた22の国と地域が協力して運用している。アルマ望遠鏡は小さな望遠鏡を広い場所にたくさん並べ、それらを連動させて1つの巨大な望遠鏡として機能させる「干渉計」と呼ばれる仕組みを使っている。
https://www.nao.ac.jp/research/telescope/alma.html
https://alma-telescope.jp/

※6 DEPTH:JAMSTECで開発された、大規模並列計算に適した離散要素法を含む粒子シミュレーションコード。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科天文学専攻[web
教授 田中 秀和(たなか ひでかず)
電話: 022-795-6504
E-mail:hidekazu[at]astr.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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