東北大学 大学院理学研究科・理学部

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層状超伝導物質への遷移金属挿入で超伝導状態の長距離制御に成功
─量子コンピューターや量子情報通信への応用に期待─

発表のポイント

● 超伝導(注1)を示す遷移金属ダイカルコゲナイド(注2)の一種である2セレン化ニオブ(NbSe2)の劈開表面に遷移金属のコバルト(Co)原子をインターカレーション(層間挿入)させることで超伝導状態を長距離で制御することに成功しました。

● 超伝導体に吸着した単分子磁石と超伝導体表面の磁気的な相互作用が制御できることを、分光分析で明らかにしました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

超伝導体は量子コンピューターの情報担体である量子ビットの材料として有力な候補です。特に強磁性金属との組み合わせにより、量子ビットの雑音耐性を高めると期待されるマヨラナ粒子(注3)を形成することが理論的・実験的に報告されはじめ、その関心が高まっています。しかしながら原子レベルで超伝導状態と強磁性金属がどのように相互作用するのか、原子レベルでの研究は緒に就いたばかりです。また超伝導状態はクーパー対と呼ばれるスピンが逆向きの2つの電子ペアを形成することでエネルギー的に安定しているため、超伝導体を電極に用いた場合、吸着し原子・分子のスピンに影響を及ぼさない、優れた電極とされていますが、精密測定はいまだなされていない状況です。

東北大学多元物質科学研究所のフェルダス・アラ(Ferdous Ara)特任研究員、シェド・モハマド・ファクルディン・シャヘド(Syed Mohammad Fakruddin Shahed)助教、米田忠弘教授、東北大学大学院理学研究科の山下正廣名誉教授、城西大学大学院理学研究科の加藤恵一准教授による共同研究グループは、超伝導体である遷移金属ダイカルコゲナイドの一種である2セレン化ニオブ(NbSe2)の劈開表面にコバルト(Co)原子をインターカレーション(層間挿入)することで超伝導体に特徴的な超伝導ギャップ内部にコバルト原子の磁性で生じた散乱状態(Yu-Shiba-Rusinov(YSR)状態)が生じることを見出しました。その散乱はCo原子からの距離に反比例して強まり、次の相互作用領域である近藤状態(注4)に変化します。Co原子が長距離の近藤効果を出現・制御可能なことを見出しました。加えて同じ表面に吸着した単分子磁石であるテルビウム・フタロシアニン(TbPc2)錯体)について、インターカレーションしたCoと外部磁場の組み合わせで、新規な近藤状態を形成し制御可能なことを証明しました。

本研究成果は、2023年7月28日付で、米国化学会誌Nano Lettersにオンライン掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

超伝導体は量子コンピューターの情報担体である量子ビットの材料として有力な候補です。特に強磁性金属との組み合わせにより、量子ビットの雑音耐性を高めると期待されるマヨラナ粒子を形成することが理論的・実験的に報告され、関心が高まっています。超伝導状態ではクーパー対と呼ばれるスピンが逆向きの2つの電子がペアを形成することでエネルギー的に安定しているため、強磁性金属のスピンとの相互作用により、クーパー対が散乱され、さらに強い相互作用でクーパー対が解消されることが予想されますが、原子レベルでの精密測定はいまだなされていません。


今回の取り組み

超伝導体である遷移金属ダイカルコゲナイドの一種である2セレン化ニオブ(NbSe2)の劈開表面にコバルト原子をインターカレーション(固体内部の層間に挿入)することで、超電導状態の電子状態・磁性状態を制御することに成功しました。これらの変化は走査型トンネル顕微鏡とトンネル分光を用いて原子レベルで観測されました。

超伝導状態にある物質のトンネル分光では、超伝導の特徴であるギャップ状態が明瞭に観察できます。超伝導状態発現のメカニズムでもあるクーパー対が形成されるため、ギャップ内部では電子状態が無いと考えることができます。超電導状態に磁性体の不純物が近傍に存在すると磁気的な散乱によりギャップ内にあらたな準位が生じることが知られておりYu-Shiba-Rusinov(YSR)状態と呼ばれています。

今回、表面層より固体内部側に存在するインターカレーションしたCo原子が生じるYSRピークをCo原子からの距離の関数として観測しました。(図1)表面下のCo原子に接近するにつれ、より中央にYSRピークが接近しついには左右を逆転することがわかります(図1c)。さらに強い磁気相互作用があると、クーパー対は解消され、不純物スピンを遮蔽しようとする近藤効果が表れます(図1d,e)。

このような磁気的交換相互作用は、超伝導体表面に吸着した磁性分子の磁性制御にも用いることが可能です。今回は、磁性情報を保持できることで注目されるテルビウム・フタロシアニン錯体(TbPc2)を吸着させた場合を調べました。TbPc2にはスピンが存在しますが、NbSe2でクーパー対が形成されているため、スピンを遮蔽することができず近藤効果を生じることはできません。しかし表面下のCoからの交換相互作用により新規な近藤効果が出現しました。この状態は外部からの磁場で制御が可能で、磁化方向を指定した新規な近藤効果を示したことになります。

本研究により、超伝導体に特徴的な超伝導ギャップ内部にコバルト原子の磁性で生じた散乱状態(YSR)、近藤状態、そして吸着した単分子磁石の近藤状態を制御可能なことを新たに示しました。


今後の展開

超電導体と強磁性金属の組み合わせは、量子コンピューター利用や、スピントロにクスへの応用が考えられます。インターカレーションした金属を利用することにより長距離で安定した使用環境が得られ、材料として多用される可能性があります。今回の研究により、磁性の精密な制御が示されたことからポロジカル超電導体や、量子コンピューターにおける雑音耐性に優れるマヨラナ粒子作成への応用が期待できます。


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図1. (a)Co原子をインターカレーションしたNbSe2表面のSTM像、Coは13に予想される。(b)位置依存トンネル分光、フェルミ準位近傍のYSRピーク。最下部の赤のスペクトルは通常の超伝導ギャップに相当。(c)カラープロットで表現した(b)、YSRピークが中央フェルミ準位に接近しその後分離する。(a)Coからの距離に依存した近藤ピークの変化。通常aに示すように近藤ピークは現れないが、Co近傍の位置dで強い近藤ピークが発現する。

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図2. Co原子をインターカレーションさせたNbSe2表面に吸着した、単分子磁石であるTbPc2分子に関する相互作用の図と制御された近藤ピーク。



用語説明

注1. 超伝導:電気伝導性物質が、低温度下で、電気抵抗が0になる現象・状態。
注2. 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD):グラフェンと類似の原子層物質。ニオブ(Nb)などの遷移金属がセレン(Se)など酸素族のカルコゲン原子に挟まれた構造をもつ。グラフェンは金属的伝導特性を示すが、TMDはバンドギャップを持つ半導体特性を示ことから半導体デバイス分野への応用が期待されている。
注3. マヨラナ粒子:1937年にイタリアの理論物理学者であるエットーレ・マヨラナが理論的に提案した粒子。粒子がそれ自身の反粒子になる特徴(粒子-反粒子対称性)を持っている。素粒子のニュートリノがマヨラナ粒子ではないかと言われているが、まだ決着がついていない。物質中では、ディラック方程式に従い、さらに粒子-反粒子対称性をもつとみなせる電子状態のことを指す。トポロジカル超伝導体や、磁性三角格子などのエッジ状態(物質の表面や端)に、マヨラナ粒子が発現すると考えられている。
注4. 近藤状態:古くから知られている希薄磁性合金において、ある温度以下で電気抵抗が上昇する現象を1964年に工業技術院電気試験所(現産業技術総合研究所)の近藤淳らが理論的に明らかにし、近藤効果と呼ばれる。近藤効果を示す物質で孤立したスピンを伝導電子が磁気的にスクリーンして、一重項を作った現象を近藤状態という。トンネル分光ではフェルミ準位近傍に電子の高い状態密度(近藤ピーク)が観察され、スピンの存在を示す検証材料として用いられる。


論文情報

タイトル:Control of the Magnetic Interaction between Single-Molecule Magnet TbPc2 and Superconductor NbSe2 Surface by an Intercalated Co Atom
著者:Ferdous Ara, Syed Mohammad Fakruddin Shahed, Mohammad Ikram Hossain, Keiichi Katoh, Masahiro Yamashita, and Tadahiro Komeda*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 米田忠弘
掲載誌Nano Letters
DOI10.1021/acs.nanolett.3c01298



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web
名誉教授 山下正廣(やました まさひろ)
電話:022-795-6544
E-mail:masahiro.yamashita.c5[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL: 022-795-6708
Email: sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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