● サンゴやイソギンチャクなどの刺胞動物と共生する褐虫藻が、エネルギー源である糖を細胞外に放出する新規経路を発見しました。
● この糖の放出は自身の細胞壁を分解することによって起こり、たとえ共生宿主がいない場合でも単純なストレス刺激で促進されることを示しました。
● 本研究は、これまであまり着目されてこなかった藻類の細胞壁が単なる「殻」でなく、共生や海洋の物質循環に重要な役割を担っていることを示す重要な成果です。
共生藻は光合成で固定した炭素を宿主に渡し、宿主であるサンゴは栄養と生息場所を共生藻に渡すという共生の一般的なイメージが広がっていますが、共生藻が実際に炭素を「どのように」渡すのか、その全体像は未解明のままです。
この謎に挑むため京都大学大学院農学研究科の石井悠 日本学術振興会特別研究員と東京大学大学院新領域創成科学研究科の丸山真一朗准教授(それぞれ研究当時は東北大学大学院生命科学研究科進化生物分野研究員および助教)を中心とする研究グループは、サンゴ共生藻として知られる褐虫藻のなかで単独でも生育できるグループに着目しました。
研究グループは単独(宿主がいない状態で)生活する褐虫藻が環境変化に応じて自身の細胞壁を分解することで、細胞外に糖を放出する新たな経路を発見しました。今回の発見は、これまで謎の多かった宿主と共生体との物質交換に未知の経路が存在することを示唆し、共生系における持続可能な炭素循環のしくみの解明につながることが期待されます。この研究成果は、8月18日付でeLife誌に正式受理論文として掲載されました。
サンゴ礁は 「生物多様性の宝庫」 として知られ、共生する微細藻類の光合成によって支えられています。栄養分の乏しい海域に、なぜサンゴ礁のような豊かな生態系が見られるのか、という謎はダーウィンのパラドックスとも呼ばれ、多くの人の興味を集めてきました。こうした環境では、サンゴやイソギンチャクなどの刺胞動物を含む多くの生物が単細胞の微細な藻類と細胞内共生を営んでおり、藻類は光合成によって固定された炭素を炭水化物(例えばブドウ糖などの糖)の形で共生相手である宿主に供給していると考えられてきました。しかし糖が「どのように」運ばれるのかについては、まだよく分かっていません。
これまでの研究では、糖が共生藻から宿主である刺胞動物の細胞に移動するという報告がありますが、「それが共生状態特有の現象なのか?」 「どのような刺激が反応を引き起こすか?」などの疑問は未解決のままでした。共生が安定的に維持されるためのしくみを理解するためには、こうした糖の移動、すなわち共生系における炭素循環がどのようなしくみで起こるのかを知ることが重要な一つのステップになります。
東北大学、宮城教育大学、神奈川大学、基礎生物学研究所、琉球大学の共同研究グループは、サンゴ共生藻として知られる褐虫藻(ここではSymbiodiniaceae科の渦鞭毛藻のことを指します)のうち、宿主と共生した状態でも、単独でも生育できる種に着目しました。この褐虫藻を、宿主と共生していない状態で単独で培養したところ、ブドウ糖(グルコース)とガラクトースを細胞外に放出していることを見出しました。さらに、多くの海産動物の胃の中と同様に、褐虫藻が共生しているサンゴの細胞の共生胞(シンビオソーム)と呼ばれる細胞内区画のpHが低いことがある種のサンゴで報告されていたことに着目し、pHの低い酸性の培地で褐虫藻を培養する実験を行ったところ、褐虫藻の糖の放出が促進されることを発見しました。褐虫藻が光合成で固定した炭素が、褐虫藻から宿主にブドウ糖の形で短時間で移動する経路は見つかっていましたが、褐虫藻の光合成を阻害しても機能する本経路は、今までに見つかっていない新規の経路と考えられます。
この新規な糖の放出の分子メカニズムを明らかにするため、通常のpHと低pHの培地で褐虫藻をそれぞれ培養し、褐虫藻の状態を電子顕微鏡で詳細に観察したところ、低pH条件では、細胞表面が変化して褐虫藻の細胞壁が剥がれやすくなっていることを発見しました。また、網羅的遺伝子発現解析による比較により、細胞壁を分解する酵素である分泌型セルラーゼ遺伝子の発現が低pH条件で増加していることを見出しました。
セルラーゼと総称される多糖分解酵素には多くの種類があり、陸上植物の細胞壁の構成成分であるセルロースを分解する活性を持つセルラーゼが特に有名です。セルロースは多数のブドウ糖が直鎖状に結合した天然高分子であり、セルロースなどのバイオマスを糖に変える反応においてもセルラーゼは非常に重要です。これらのことから、褐虫藻のセルラーゼも、自身の細胞壁に存在する高分子の多糖を分解する活性があることが予想されました。セルラーゼの阻害剤を培地に添加すると、褐虫藻が細胞外へ放出する糖の量が減少したことから、低pH条件での糖の放出量の増加に、セルラーゼによる細胞壁の分解が直接に関わることが示されました。
これらの結果から、褐虫藻が宿主なしでも糖を細胞外に放出する新規経路は、セルラーゼによる褐虫藻自身の細胞壁の分解によることが明らかになりました。褐虫藻は熱帯・亜熱帯海域の一次生産者として大きな役割を担っています。今回の研究成果は、これまで着目されてこなかった藻類の「殻」とも言える細胞壁が、海洋の物質循環に重要な役割を担っている可能性を示唆しています。
この研究は、サンゴ礁だけでなく、すべての水圏の共生系における物質循環サイクルに関心を持つ人々に、自然界でどのように共生が維持されているかを再考するための全く新しい視点を提供します。これまで、藻類の細胞壁は、静的な単なる 「殻」 のように見られることが多かったかもしれません。しかし実際には、光合成によって固定された二酸化炭素の貯蔵庫のような役割を持つことに加え、異種の生物同士をダイナミックに結びつけ、物質循環の謎を解く鍵とも考えられます。藻類の細胞壁は陸上植物に比べて大きく研究が遅れており、構造や成分などの詳細も不明な点が多く残されています。今後、分子・遺伝子・細胞・生態系など様々な視点からの学融合研究によって、藻類の細胞壁と生態系を結びつける詳細なメカニズムが明らかにされることが期待されます。
図1. 褐虫藻とサンゴの共生が支えるサンゴ礁生態系。褐虫藻と共生したハナヤサイサンゴの群体とデバスズメダイとが共生関係を営んでいる。
図2. 褐虫藻と共生するハナヤサイサンゴの一種(左)と、今回の研究で新発見された褐虫藻による糖の放出経路のモデル図(右)。
本研究は文部科学省日本学術振興会科学研究費補助金 (JP20J01658、JP21H05040、JP17K15163、JP19H04713、JP19K06786、JP22H05668、JP22H02697)、基礎生物学研究所共同利用研究(18-321、19-332)、公益財団法人発酵研究所、東北大学学際科学フロンティア研究所領域創成研究プログラム、ゴードン・アンド・ベティ・ムーア財団Marine Microbiology Initiative (#4985)の支援を受けて行 われました。
タイトル:Environmental pH signals the release of monosaccharides from cell wall in coral symbiotic alga
著者:Yuu Ishii, Hironori Ishii, Takeshi Kuroha, Ryusuke Yokoyama, Ryusaku Deguchi, Kazuhiko Nishitani, Jun Minagawa, Masakado Kawata, Shunichi Takahashi, Shinichiro Maruyama*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科進化生物分野 助教(現・東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 准教授)丸山真一朗
掲載誌:eLife
DOI:10.7554/eLife.80628
<研究に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
(研究当時:東北大学大学院生命科学研究科進化生物分野 助教、兼担 理学部生物学科)
准教授 丸山 真一朗
TEL: 04-7136-3706
E-mail: shinichiro.maruyama[at]k.u-tokyo.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
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