東北大学 大学院理学研究科・理学部

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マイクロ流路を備え液中で溶質を検出できる分子センサーを開発
─疾病を早期発見できる体内埋め込み型などでの実用化に期待─

発表のポイント

● マイクロ流路(注1)を備えた溶液センサーに特化した原子レベル薄膜二硫化モリブデン・電界効果トランジスタ(FET)(注2)を作成し、有機ELなどで使用されるTCNQ・F4-TCNQ分子を溶液中で精密に検出することに成功しました。

● 固液界面で分子分極が溶媒和で遮蔽された吸着状態をとることの直接観察に成功し、分極の遮蔽が溶媒の誘電率とともに増加することを検出しました。

● 医療用センシングや環境モニタリングへの応用が期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

疾病を早期に発見するため、体内に埋め込んで化学物質の種類と量をモニタリングする超小型分子センサーの開発が望まれています。実際、生体内の細胞壁には病原体を識別する分子センサーが備わっています。しかし体内には様々な液状の化学物質が混在しており、その中で疾病に関係する物質だけを選択的に検出できる分子センサーを人工的に開発することは現時点では困難です。体内における分子センサーの材料として、二硫化モリブデンなどの遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)(注3)が注目されています。TMDの薄膜は半導体の特性を示すことが知られていますが、溶液と薄膜表面との相互作用は複雑で、基礎的な溶液・固体表面での振る舞いの理解はいまだなされていません。特に固液界面で溶質分子と溶媒分子が結合する溶媒和の問題は長く議論されている話題ですが、検出が困難で実験的に実証されていませんでした。

東北大学多元物質科学研究所の博士課程のモハメッド・ナシルディン(Md Nasiruddin)大学院生、道祖尾泰之助教、高岡毅講師、福山真央講師、米田忠弘教授らは、TMDを用いて溶液中で利用できる分子センサーを開発しました。実験では、有機ELなどで使用される有機電子受容体のテトラシアノキノジメタン(TCNQ)、その錯体であるF4-TCNQの2種類の分子を溶質とした溶液を用いてそれらの検出を試みました。作成したマイクロ流路FETで溶媒の影響を調べるため、溶媒をイソプロパノール、アセトニトリル、ジメチルスルホキシドと変化させ比較しました。その結果、TCNQとF4-TCNQ溶液とチャンネルの接触による半導体素子としての特性変化の差がこの順に小さくなることを見出しました。これらの溶媒の誘電率はこの順に大きいことから、分子の分極を溶媒が遮蔽しゲート効果を減少させているモデルを確認しました。

今回の結果は、溶液センサーの実用化への前進とともに、溶液FETセンサーが固液界面での基礎的な物理化学現象の解明に貢献することを実証するものです。

本研究成果は、2023年8月11日付で、米国化学会の専門誌ACS Applied Nano Materialsにオンライン掲載されました。

なお、本研究成果は、東京工業大学の火原彰秀教授、産業技術総合研究所デバイス技術研究部門の安藤淳研究部門長付、物質・材料研究機構の荒船竜一主幹研究員との共同研究によって得られたものです。



詳細な説明

研究の背景

二硫化モリブデンなどの遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は原子レベルの薄膜化が可能で、それが半導体の性質を示すことから、電界効果トランジスタ(FET)に加工することが可能であり、従来のシリコンを用いたFETに比較して優秀な特性を持つことが検証されて来ました。その特性の一つが分子センサーとしての応用です。TMD薄膜はFETにおいて電気伝導を担うチャンネルと呼ばれる部位に用いられますが、チャンネルの厚さが数原子層であることから、電気伝導特性に表面の及ぼす影響が大きく、チャンネル表面に分子が吸着することで、FET特性が敏感に反応します。微細加工が可能なこととあわせて、分子センサーとして注目されており、微細化し体内に埋め込むセンサーが作成された場合、医療にもたらす影響は大変大きいと考えられます。しかしその場合、溶液中での分子検出となり、溶質と呼ばれる溶けている分子の影響に加えて、溶媒と呼ばれる分子を溶かす溶液もFET特性に影響を及ぼすためそれらの詳細な分析が必要となります。しかしながら研究は緒に就いたばかりであり、溶液センサーデバイス開発自体においても、チャンネル表面に液滴を落とすという簡単なデバイスによる研究結果が多く、溶媒の蒸発等の影響から精密な測定が行われているとは言い難い状況です。


今回の取り組み

今回、溶液センサーに特化したデバイス作成のため、マイクロ流路との組み合わせ、電極金属と溶媒の接触の制御などの工夫を行いました。そのデバイスの模式図を図1に示します。マイクロ流路はバイオ分子の分析などにすでに用いられており、少量の液体で正確な分析が可能なこと、外界からの影響を抑えた状態で、流速を制御したよく規定された状態での測定が可能、などの精密測定に適した多くの特性を持っています。樹脂で作成したマイクロ流路をFETに組み合わせることで一体化したデバイスを作成しました。液体はシリンジ ポンプによって流速が制御することが可能です。また加えてソースやドレインと呼ばれるFETの要素が溶液に直接触れないような樹脂による保護も行っています。

この溶液デバイスシステムを用いて、溶質分子としてTCNQとF4-TCNQを対象とした分子センシング実験を行いました。両分子ともに電子受容体として有機エレクトロニクスではp型ドーピング目的で用いられていますが、電気陰性度の比較ではF4-TCNQが若干大きな値を示しますが差はわずかです。図2(a)に示すように分子内の静電ポテンシャルはF4-TCNQにおいて分子内の位置で正負の差が大きく、大きな分極を持つことが理解できます。この2つの分子についてイソプロパノールを溶媒として用いたときのドレイン電流―ゲート電圧のプロットを図2(b)(c)に示します。イソプロパノールのみの場合のプロットを黒線で、100μMの濃度の溶液を流した時のグラフを赤線で示しています。TCNQにくらべて F4-TCNQが大きく特性を変化させて電流が流れにくくなり、溶液がp型ドーピングの振る舞いをしたことがわかります。これは溶質の分子がチャンネルから電子を引き抜いた(ドーピング効果)あるいは電界によって実質のゲート電圧をシフトさせた(ゲート効果)の両方の結果と考えられます。この2つの分子の差は溶媒を変化させた場合、図2(d)(e)で示すアセトニトリル、図2(f)(g)で示すジメチルスルホキシドの例に示すように、その差が小さくなっていることがわかります。イソプロパノール・アセトニトリル、ジメチルスルホキシドの順に誘電率が高いことが知られています。これをグラフにしたのが図3であり、立ち上がり電圧が誘電率の関数として相関を持つことが示されました。これは固液界面での溶媒和に関係しています。過去の長い議論で提唱されているモデルを簡単にまとめると図4(a)で示されたような模式図となり、ヘルムホルツ面とよばれる境界より外部では溶質は溶媒によってかこまれ溶媒和が完成されているが、それより内部の固体側では別の状態が形成されているというものです。ヘルムホルツ面内部での構造は、様々なモデルが提唱されましたが、図4(b)で示したような、溶質の分極が部分的に溶媒に遮蔽された状態でチャンネル材料に吸着し、その遮蔽の大きさは溶媒の誘電率とともに増大することを今回直接観察しました。このような観測は過去になく新しい観測手法と考えられます。


今後の展開

原子レベル薄膜二硫化モリブデン電界効果トランジスタ・溶液センサーは今回示したマイクロ流路との組み合わせ以外にも、チャンネルの保護方法や、光などの外部刺激と組み合わせた分子種の認識能力の向上など様々な改良点が考えられ、体内センサーとして、いわゆるin vivo(イン・ビボ)(注4)動作も視野に入ってきました。同時にその敏感な検出感度を生かすことで、分析が難しいとされている固液界面の基礎的な物理化学現象の電気的な検出に応用され、その理解の進歩にも貢献すると考えられ期待が寄せられます。


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図1. 溶液センサーとして作成した原子層二硫化モリブデン電界効果トランジスタの模式図。溶液はPMMA(アクリル樹脂)によって二硫化モリブデン・チャンネルとのみ接触する。またPDMS(シリコンの一種)で作成されたマイクロ流路と組み合わせ、シリンジ・ポンプによって流速を制御している。

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図2. (a)TCNQ分子とF4-TCNQ分子の静電ポテンシャル分布の比較。後者の分極が大きい。(b)(c)イソプロパノール(IPA)を溶媒として用いて濃度100μMのTCNQ(b)、F4-TCNQ(c)と接触させたときのFET特性変化。青がIPAのみの場合、赤が接触後のFET特性。(d)(e)溶媒がアセトニトリル(ACN)、および、(f)(g) ジメチルスルホキシド(DMSO)の場合。

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図3. 図2よりまとめたFET特性のドレイン電流―ゲート電圧立ち上がり電圧の比と周辺環境の誘電率の関係。

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図4. (a) 一般的に議論されている固液界面付近での溶質・溶媒の模式図。ヘルムホルツ面より外側では溶媒和が生じているが、ヘルムホルツ面内部では状況が変わっているが様々なモデルが競合。(b)`本実験で明らかになったヘルムホルツ面内部での溶媒和状態。部分的な遮蔽された状態で吸着。



用語説明

注1. マイクロ流路:基板にエッチング、微細切削加工、成形などの方法で作製したマイクロスケールの流路。この流路や微小な反応容器を組み込んだマイクロ流路チップあるいはデバイスは、微粒子などの分離、濃縮、解析をマイクロスケールで行うことができ、バイオ研究や化学工学などで広く応用されている。
注2. 電界効果トランジスタ(FET):トランジスタの構造の1つで、薄く作れるため、集積回路の半導体素子やセンサーの素子などに広く用いられている。
注3. 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD):グラフェンと類似の原子層物質。ニオブ(Nb)などの遷移金属がセレン(Se)など酸素族のカルコゲン原子に挟まれた構造をもつ。グラフェンは金属的伝導特性を示すが、TMDはバンドギャップを持つ半導体特性を示ことから半導体デバイス分野への応用が期待されている。
注4. in vivo(イン・ビボ):「生体内で(の)」という意味で、生体内に直接被験物質を投与し、生体内や細胞内での薬物の反応を検出する試験のことを指す。これに対して試験管や培養器等の中でヒトや動物の組織を用いて、体内と同様の環境を人工的に作り、薬物の反応を検出する試験を「試験管内で(の)」という意味でin vitro(イン・ビトロ)と呼ぶ。



論文情報

タイトル:Solvation Effects on the Electrical Properties of a Microfluid-Assisted Solution Field-Effect Transistor with Atomically Thin MoS2 Layers
著者:Md Nasiruddin, Zhipeng Wang, Hiroki Waizumi, Tsuyoshi Takaoka, Yasuyuki Sainoo, Atsushi Ando, Ryuichi Arafune, Mao Fukuyama, Akihide Hibara, and Tadahiro Komeda*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 米田忠弘
掲載誌ACS Applied Nano Materials
DOI10.1021/acsanm.3c02828



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学多元物質科学研究所
教授 米田 忠弘(こめだ ただひろ)
TEL:022-217-5368
E-mail:tadahiro.komeda.a1[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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