東北大学 大学院理学研究科・理学部

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平面構造のケイ素系ディラック物質の理論設計に成功
―資源豊富な元素で超小型・超高速電子デバイスの実現に期待ー

発表のポイント

● 資源豊富なケイ素で平面構造のディラック物質(注1)を理論設計しました。

● 凹凸構造のために大気中で酸化分解してしまう二次元ケイ素材料を、ベリリウム(Be)を結合させることで平面構造にし、大気中で取り扱える材料にしました。

● 異方性を持つ支持体無しで膜の形状を保つことができる自立型の単原子層ディラック物質で、単原子厚まで究極的に小型化した異方性超高速電子デバイスとしてスマホやパソコンなどの部品へ利用が期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

グラフェン(注2)に代表されるディラック物質は、その特異な電子構造から光速の数百分の一という高速で運動する質量のない(有効質量ゼロの)電子を持ち、光通信やワイヤレス通信のフロントエンド等で、集積回路の基板に実装する超高速電子デバイスなどの利用が期待されます。自立型単原子層二次元材料を用いることによって、バルク半導体では実現できない、特性を維持したままで究極的に小型の電子デバイスを実現できます。地殻中に酸素の次に豊富な資源であるケイ素で自立型単原子層ディラック物質ができれば、その利用価値は計り知れません。しかしグラフェンを構成する炭素をケイ素に置き換えた「シリセン」はグラフェンのような平面構造を持たず、しわしわの凹凸構造のために大気中で酸化分解し、実用化に適しません。大気中で酸化分解しない平面構造のケイ素系二次元シートの出現が切望されていました。

東北大学大学院理学研究科物理学専攻の高橋まさえ特任研究員は、スーパーコンピュータを使った第一原理計算(注3)により、シリセンにアルカリ土類金属のベリリウムを結合させることで平面化したケイ素系ディラック物質(BeSi2)の設計に成功しました。多くの理論および実験科学者が平面構造のケイ素系ディラック物質の創製を試み、不可能と結論しつつあった中で、保護膜不要の自立型単原子層平面ケイ素系ディラック物質を実現する本研究は、ケイ素系ディラック物質の実用化に拍車をかけるものと期待されます。

本研究の成果は、2023年8月14日にオンライン科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

ディラック物質は、ディラック方程式に従う電子を持つ物質です。ディラック方程式は1920年代に英国の理論物理学者ポール・ディラックにより提案され、光速に近い速度で運動する電子の相対論的な運動を記述する方程式です。ディラック物質では、運動量に対してエネルギーをプロットした電子バンド構造に、2つのディラック錐と呼ばれる円錐がディラック点と呼ばれる1点で連結した特徴的な形を持ちます(図1)。この電子構造のために、ディラック物質中の電子は、巨大な加速器で加速することなく光速に近い速度で運動しています。

ケイ素は周期律表で炭素と同じ14族元素のため、類似の性質を持つと予想されます。しかし、二重結合、三重結合、芳香族環のような不飽和化合物については、炭素とは異なる構造と性質を示します。これが、安定で平面構造のグラフェンと、凹凸構造のために大気中で酸化分解する不安定なグラフェンのケイ素版「シリセン」との大きな違いをもたらしています。シリセンが銀の基板上で最初に作製されてから、安定な平面構造の二次元ケイ素材料の開発が理論実験双方で精力的に進められできましたが成功には至っていませんでした。

状況を大きく変えたのは、2021年にレーザーで加熱し高圧下で作製されたディラック物質ベリリウムテトラニトリド(BeN4)の報告でした。物性物理の教科書にあるように、結晶の繰り返しの単位(単位胞)の中の電子数が同じ物質は同様の電子的性質を示します。ケイ素は窒素(N)の2倍の電子数を持ち、BeSi2はBeN4と同じ電子数になります。


今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科物理学専攻の高橋まさえ特任研究員は、第一原理計算により、安定な平面構造のケイ素系ディラック物質(BeSi2)を世界で初めて理論設計することに成功しました。設計されたBeSi2は、ひし形の単位胞にベリリウムテトラニトリドと同じ電子数(32個/単位胞)をもち、グラフェンのハニカム構造に似た六角形の構造を形成しています(図2)。得られた平面構造の二次元結晶は、いかなる運動量でもポテンシャルエネルギー曲面の安定点にあり、安定に存在できます。弾性率テンソルはBorn-Huang の基準(注4)を満たし、機械的作用による衝撃に対しても安定です。電子バンド構造は、等方性であるグラフェンなど他の多くの二次元物質と異なり、異方性ディラック物質であることを示していました(図3)。

構造を詳しく見ると、BeSi2はケイ素一次元鎖がベリリウムで架橋された形をしており、鎖方向と鎖に垂直な方向での違いが異方性を生み出しています。ケイ素鎖方向の電子のフェルミ速度(注5)は鎖に垂直な方向の速度より速く(図3)、一方、ヤング率(注6)からは、ケイ素鎖方向が鎖に垂直な方向よりも柔らかいことがわかりました(図4)。このケイ素一次元鎖は、炭素の単結合と二重結合が交互に重合したポリアセチレン(注7)のケイ素類縁体ポリシリンですが、ケイ素結合長に長短がなく、電気伝導を担う電子は、一次元鎖全体わたって非局在化していることがわかりました。


今後の展開

今回の研究は、大気中で取り扱い可能な保護膜の要らない自立型単原子層平面ケイ素系ディラック物質を第一原理計算により理論的に設計提案したものです。その異方性を利用することで、異方性超高速電子デバイスとしての利用が期待されます。バルク半導体は超小型化すると、バルクの性質が失われますが、ケイ素系ディラック物質は単原子厚まで究極に小型化されています。今後、蓄積されたシリコンテクノロジーの技術を投入することで、省スペース、省電力の異方性超高速電子デバイスが実現する可能性が高まりました。


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図1. ディラック物質の電子バンド構造

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図2. ケイ素系ディラック物質(BeSi2)の構造

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図3. ケイ素系ディラック物質(BeSi2)のディラック点 (赤丸) を通過する一次元鎖に平行 (//) および垂直 (┴) 方向の電子バンド構造

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図4. ケイ素系ディラック物質(BeSi2)の面内ヤング率の極座標図。ヤング率の値が大きいほど硬い。角度は一次元鎖方向に対する値。



用語説明

注1. ディラック物質:物質が特別な結晶構造などを有する時、電子の見かけ上の質量(有効質量)がゼロの状態になる。この電子をディラック電子と呼び、ディラック電子が存在する物質をディラック物質と総称する。
注2. グラフェン:単原子厚の炭素原子からなるシート状物質で、蜂の巣のような六角形格子構造を持つ。
注3. 第一原理計算:物質の電子状態を計算する方法。実験パラメータを使わない計算で、電子状態、最適化構造、物性などを、実験とは独立に予測できる。
注4. Born-Huang の基準:機械的安定性を保証するための弾性率テンソル成分の条件。
注5. フェルミ速度:運動量空間におけるフェルミ面上での電子の群速度(エネルギーの勾配)。
注6. ヤング率:同軸方向の弾性ひずみと応力の比例定数。
注7. ポリアセチレン:-CH=CH-を単位とする一次元ポリマー。



謝辞

本研究は、東北大学金属材料研究所共同利用研究および京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究(課題番号:2021-128, 2022-136)の支援により実施されました。



論文情報

タイトル:Polysilyne chains bridged with beryllium lead to flat 2D Dirac materials
著者:Masae Takahashi*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 特任研究員 高橋まさえ
掲載誌Scientific Reports
DOI10.1038/s41598-023-40481-2



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web
特任研究員 高橋 まさえ(たかはし まさえ)
TEL:022-795-6786
Email: masae.takahashi.d1[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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