東北大学 大学院理学研究科・理学部

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水星の電子加速とオーロラの源を解く局所的なコーラス波動を発見!
~日欧協力で,水星磁気圏の電磁環境の一端が初めて明らかに~

金沢大学理工研究域電子情報通信学系の尾﨑光紀准教授,八木谷聡教授,松田昇也准教授,学術メディア創成センターの笠原禎也教授,東北大学の笠羽康正教授,京都大学生存圏研究所の大村善治教授,栗田伶准教授,宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所の中澤暁氏,村上豪助教,マグネデザイン株式会社,プラズマ物理学研究所(フランス)の国際共同研究グループは,世界で初めて電子を効率よく加速,散乱させる電磁波(コーラス波動)が水星の朝側(水星から約1,200km内)で発生していることを明らかにしました。このコーラス波動で散乱された電子は水星表面で衝突し,X線を放射(X線オーロラを発生)させます。この成果は,発生メカニズムが十分に分かっていなかったX線オーロラの駆動源が,水星のコーラス波動であったことを直接示すものです。

水星は,地球と同じく固有の磁場とその磁場が支配する領域(磁気圏)を持っています。地球では,電磁波の一種であるコーラス波動が夜側から昼側の広い範囲で観測されます。このコーラス波動は,低いエネルギーの電子を効率よく放射線になるまで加速することが知られています。地球周辺宇宙(静止軌道までの領域)では急激な放射線の増加による人工衛星の障害が時に発生し,その要因としてコーラス波動が深く関わっています。一方,水星の磁場は地球と比べて約1%と弱く,地球のようなコーラス波動が発生するかは分かっていませんでした。

水星磁気圏探査機みお(以下,みお探査機と呼称)に国際共同研究グループが搭載した電磁波観測器PWIで史上初の水星での電磁波観測が行われ,その交流磁界データから水星朝側の限られた領域で強いコーラス波動が初検出されました。朝側の局所的な領域で発生していたコーラス波動に対し,水星の大きくゆがんだ磁力線の形が,コーラス波動の発生に強く影響していることを国際共同研究グループは指摘しています。水星でのコーラス波動の初実証は,太陽系の全ての固有磁場を持つ惑星でコーラス波動が発生する普遍性を明らかにし,水星の小さい磁気圏でも高いエネルギーの電子が作られ,水星表面へ電子を降下させ,X線オーロラを発生させることを示したものです。また,人類の産業活動が宇宙圏へ拡大するうえで,月や火星などの弱い磁場を含む宇宙空間のプラズマ環境理解へも貢献する成果です。

本研究成果は,2023年9月14日16時(英国時間)に科学誌『NatureAstronomy』に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト

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水星でのコーラス波動発生のイメージ図
(水星の画像 Credit NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington)



研究の背景

水星は,太陽系惑星の中で最も太陽に近いため,太陽から吹き付ける高速(数百km/s)なプラズマ流である太陽風の影響を強く受けています。宇宙探査機による水星探査は,1974,1975年のマリナー10号により行われ,水星が地球と同じく固有磁場を有していること,地球と似た磁気圏構造を有することが発見されました。そして,2000年代にMESSENGERにより,水星の持つ固有磁場や磁気圏の様相がより詳細になり,水星の磁場の中心が約0.2RM(RMは水星半径2,439.7km)北へずれていることなどが明らかになりました。そして,水星への3回目の宇宙探査機による直接探査となるのが,みお探査機(プロジェクトサイエンティスト:村上豪)と水星表面探査衛星MPOによるベピ・コロンボ国際水星探査計画(※1)です。特に,みお探査機では数百Hz以上の電磁波を調べることができ(PWI主任研究者:笠羽康正),みお探査機による水星周辺の未知の電磁環境が世界で初めて明らかになると期待されています。電磁波は,プラズマを効率よく加速,減速させることに関わり,水星プラズマ環境の理解に直結する役割があります。


研究成果の概要

2018年10月20日に打ち上げられたみお探査機は,2025年からの水星での周回軌道での総合観測を目指し,水星に向けて航行中です。太陽からの重力と水星の弱い重力のために,水星軌道への投入は技術的に極めて難しく,地球,金星,水星でのフライバイ(※2)を経て,2025年よりみお探査機は水星周回軌道へ投入予定です。航行期間中の2021年10月1日と2022年6月23日に,水星から約200kmの高度までみお探査機が水星へ近づくフライバイの機会がありました。水星周辺の電磁波を計測するには,衛星本体の雑音など計測条件は良いものではありません。しかし,みお探査機は打ち上げ前に不要な電磁雑音を極力低減するように開発され,EMC試験(※3)より電磁的にクリーンな探査機です。灼熱の水星環境に対応した日欧で協力開発した交流磁界センサーを用いて世界初の水星周辺の電磁波観測により,探査機本体からの雑音に埋もれることなく,地球磁気圏で頻繁に検出されるコーラス波動の局所的発生が明らかになりました。水星磁気圏におけるコーラス波動の存在が確認されたこと自体は,みお探査機搭載の電磁波観測器PWIの設計時(2000年代)から予想(周波数範囲や強度など)されていたことでした。国際共同研究グループが最も驚いたことは,水星磁気圏のコーラス波動が,朝側の極めて限られた領域にのみ,2回のスイングバイにおいて検出されたという「空間局所性」でした。これは,水星磁気圏の朝側特有のコーラス波動を発生させやすい物理メカニズムがあることを意味します。朝側に発生していたコーラス波動発生の要因として,国際共同研究グループは京都大学の大村善治教授が確立されたコーラス波動の非線形成長理論に基づき,太陽風により強く変歪する水星磁場の曲率の影響を評価しました(図1)。夜側の磁力線は太陽風に引き延ばされるのに対し,朝側の磁力線はその影響は小さく,曲率は小さくなります。この磁力線の特徴と非線形成長理論より,朝側は磁力線に沿って効率よく電子から電磁波にエネルギーが授受され,コーラス波動の発生しやすい条件となることを明らかにしました。その効果は高性能コンピュータにより,水星環境を模擬した数値シミュレーションにおいても確認されました。「観測」,「理論」,「シミュレーション」の一体的な解析によって,太陽の影響を強く受け吹き流される磁力線によるコーラス波動発生の局所性への影響を,本研究では明らかにしました。


今後の展開

水星フライバイ観測では,水星周回軌道での電磁環境総合探査に備えて,計画時より検出の予想されたコーラス波動が予想されなかった水星の朝側に局所的に観測され,水星磁気圏の多様な変動を示す結果が得られました。この成果は,水星にコーラス波動を発生させるような活発な電子が存在すること,そして,コーラス波動により効率よく加速される高エネルギー電子発生の可能性,コーラス波動が駆動源となる水星磁気圏から水星表面に強制的に降下される電子によるX線オーロラ発生など,水星環境理解への科学的影響は広範囲に及びます。水星総合探査に向けて,みお探査機は宇宙を航行中です。水星フライバイ観測の限られた水星領域の観測に際して,磁場の変歪がプラズマ環境において重要であることが分かりました。今後のみお探査機による水星周回軌道での電磁環境総合探査は,水星磁気圏全体のプラズマ環境理解に貢献するだけでなく,地球磁気圏での知見との比較により,太陽系惑星において生命に悪影響を及ぼす宇宙からの放射線を,防壁のように防ぐ役割のある磁気圏の詳細理解に貢献していきます。


本研究の一部は,JSPS科研費20H02162と三谷研究開発支援財団の支援を受けて実施されました。


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図 1:2 度の水星フライバイ観測での水星距離,コーラス波動の強度と磁力線曲率の関係
(弱い磁力線曲率の領域につながる朝側での観測でコーラス波動を検出)



掲載論文

雑誌名Nature Astronomy
論文タイトル:Whistler-mode waves in Mercury's magnetosphere observed by BepiColombo/Mio
(ベピ・コロンボ/みお探査機で観測された水星磁気圏のホイスラモード電磁波)
著者名:尾崎光紀 1,八木谷聡 1,笠羽康正 2,笠原禎也 1,松田昇也 1,大村善治 3,疋島充 4,Fouad Sahraoui5,Laurent Mirioni5,Gérard Chanteur5,栗田伶 3,中澤暁 6,村上豪 6
1 金沢大学
2 東北大学大学院理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター(PPARC)
3 京都大学生存圏研究所
4 マグネデザイン株式会社
5 プラズマ物理学研究所(フランス)
6 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
DOI10.1126/sciadv.adi2793



用語解説

※1 ベピ・コロンボ国際水星探査計画:日欧協力による2機(みお探査機とMPO)の周回軌道探査機による水星総合探査計画。特に日本は,電磁波観測器などを搭載した水星磁気圏探査機みおを主担当。
※2 フライバイ:探査機が惑星などの近くを通過し,通過天体の重力を利用し軌道を積極的に変更すること。
※3 EMC試験:不要な電磁雑音を出していないか,そして不要な電磁雑音を受けても誤動作しないように機器設計,製造されているかの評価試験のこと。


問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科 惑星プラズマ・大気研究センター[web]
教授・センター長
笠羽 康正(かさば やすまさ)
E-mail: kasaba.y[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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