東北大学 大学院理学研究科・理学部

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"ヤヌス型"2次元物質の第2高調波増強を検証
―ありふれた元素だけで短波長の高強度レーザー実現に道を拓く―

発表のポイント

● 表面と裏面で異なる原子を持つヤヌス(注1)型2次元物質をヘテロ(注2)積層し、さらに歪ませることで、強力な光の第2高調波(SHG)(注3)が発生します。

● 第一原理計算で積層秩序と元素を最適化し、2次元材料の第2高調波発生強度を最適化し、その結果を実験で再現しました。

● 本成果により普遍的に存在する元素を用いた新規2次元材料を、半導体微細加工装置の紫外光光源として応用することが期待できます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

今日の半導体露光装置や蛍光物質を使わない医療技術において、100 nm〜300 nmの波長の短いレーザー光源が求められています。波長の短いレーザー光源を得る一つの手法として、第2高調波発生(SHG)の方法があります。

東北大学学際科学フロンティア研究所のグエン タン フン(Nguyen Tuan Hung)助教と大学院理学研究科の齋藤理一郎名誉教授は、米国ライス大学とマサチューセッツ工科大学と共同で、ヤヌス型遷移金属(注4)ダイカルコゲナイド(TMD)と呼ばれる表面と裏面で別の原子層を持つ2次元物質が、波長400nmのSHGを発生することを第一原理計算(注5)で検証しました。さらに、このヤヌス型TMDをヘテロ積層し、SHGを3倍に増強することにも示しました。得られた波長は長いですが、手法を他の物質に応用することが可能です。

また研究チームは可能な積層構造を検討し、どのヘテロ構造が最もSHG強度を強くすることができるかを第一原理計算によって示し、数値計算の結果の一部は実験結果を定量的に再現しました。これは計算結果の信頼性を示すものです。さらに面内方向に20%も歪ませることによりSHG強度を最大にすることも示しました。今後、歪ヤヌス型TMDのSHGの実験的検証が期待されます。

本研究の成果は、2次元物質の自由な合成手法によってSHGを発生・増強する新たな物質群を創生する意義があります。

本研究成果は、米国化学会ACS Nano誌に 2023年8月29日付で掲載され、発表号の表紙に採用されました。



詳細な説明

研究の背景

第2高調波発生(SHG)とは、物質の光に対する非線形応答を利用して、入射光の倍のエネルギー(半分の波長)の光を発生させる効果です。SHGは波長の短いレーザー光源を得る手法として、半導体露光の光源などに広く利用されています。SHGを起こす条件として、空間反転に関して対称(注6)でない物質であることが必要ですが、条件を満たす物質の選択は限られていました。遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、遷移金属(Mo, W)原子層の上下をカルコゲン(注7)(S, Se, Te)原子層で挟んで、サンドイッチ構造をした入手が容易な2次元物質です。上下のカルコゲン原子層を別の原子にした構造をヤヌス型TMDと呼びます。ヤヌス型TMDは、ありふれた元素でできた物質でも空間反転対称でない物質を創製でき、SHG を発生・増強することができます。

SHGの原理はすでに理解されていましたが、高効率にSHGを発生する物質を設計することは、従来の2次元物質では容易なことではありません。従来は既存の物質の中からSHGを起こす物質を探索することが研究の中心でした。一方、2次元物質の合成技術の進歩とともにより自由な物質設計が可能になり、反転対称性を持たない物質を比較的身近な元素を用いて合成できるようになりました。すでに、ライス大学のグループが昨年度にヤヌス型TMDの合成に成功し、SHGを観測しました。観測結果に基づいて、SHGをより強くするための物質設計指針が異なる観点から複数提案されています。異なる設計指針の組み合わせから非常に多くの物質が設計可能ですが、その物質群から最適なものを見出すために、計算機を用いた物質設計・物性探索が必要になってきました。


今回の取り組み

研究チームは、積層秩序と歪み工学を利用することにより、2次元材料のSHGを改善する新しいメカニズムを第一原理計算で実証し、反転対称性を持たない2次元物質の最適な積層方法を見出しました。図1に示すように、計算では、AA積層(最大非線形感受率χ(2)=550pm/V)は、AB積層(最大χ(2)=170pm/V)の3倍大きくなります。これは、AA積層では反転対称性が無いためです。この結果は実験的に定量的に再現でき(図1)、計算結果の信頼性を示しています。さらに非線形な応答を増強させるために、物質を20%歪ませることを計算機上で仮想的に行い、SHGが非常に大きな値になることを見出しました。一般に2次元の固体の結晶を20%歪ませることは不可能ですが、2次元物質の場合には面に垂直な方向の結合がないために、ストッキングのように面内方向の歪も20%程度歪ませることは可能です。今後、歪2次元ヤヌス型遷移金属ダイカルコゲナイド物質を用いたSHGの実用化が期待されています。

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図1. (左)ヘテロ積層の方法を変える(AB→AA積層)だけで、(中)第2高調波(SHG)の強度(非線形感受率χ(2))が3倍大きくなります。(右)この結果を受けて、三角形の試料のSHG強度を観測し、計算の予想を再現しました。



波及効果

SHGは、光の振動数(=エネルギー)を2倍にする(波長を半分にする)方法としてレーザーの周波数変換で広く使われています。今日では紫外光レーザー発生にSHGの原理が広く使われています。波長を短くすることで、光の空間分解能(どれくらいくっきり光を当てることができるかという性能)が改善するために、半導体微細加工における光露光装置(注8)や病原菌の細胞レベルでの除去や、蛍光物質を用いない検鏡法などに利用されています。この利用の促進のためには、装置の簡略化やコストダウンが望まれています。地球上に広く存在する元素を用いた2次元物質を用いて、高効率のSHGを実現することは、希少元素の産出量の少ない日本にとっても有利な戦略になっています。



今後の展開

このメカニズムと計算手法は、非線形光学に最適な材料を見つけるために、他の2次元材料に適用することができます。より波長の短い領域でSHGを高効率で物質設計・探索することが今後必要になってくると、研究チームは考えています。

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図2. ACS Nanoの表紙。



謝辞

本研究は、東北大学学際科学フロンティア研究所、日本学術振興会科学研究費補助金(JP22H00283)、米国National Science Foundation(ECCS-2246564, ECCS-1943895)、Air Force Office of Scientific Research(FA9550-22-1-0408)、Department of Energy, Office of Science, Basic Energy Sciences (DE-SC0020042)の支援により実施されました。



用語説明

注1. ヤヌス:ローマ神話の神様の名前で表と裏の顔をもつことで知られています。物質の表面と裏面で異なる元素を用いて2層の2次元物質が最近合成され、ヤヌス型2次元物質と呼ばれるようになりました。
注2. ヘテロ積層:異なる2次元物質を重ねることをヘテロ積層と呼びます。ここでは、ヤヌス型TMDと非ヤヌス型TMDをAAとABの二種類の方法で積層しています。
注3. 第2高調波(SHG):入射光の2倍の振動数として放出される光。物質の光応答の非線形性を用いて得ます。第2高調波の電磁場の電場の大きさは、入射電磁場の電場の2乗に比例します。その比例係数を非線形感受率χ(2)と呼びます。χ(2)が大きい物質が強いSHG強度を発生します。
注4. 遷移金属:原子の3d(4d)軌道に電子が不完全に占有した元素の総称名です。Mo, W, Fe, Co, Ni など多くの金属が遷移金属です。
注5. 第一原理計算:原子の種類と位置の情報を入れるだけで固体の電子状態を計算する計算手法。その手法はさまざまあり、第一原理計算を行うパッケージとしても製品版、フリー版など各種公開されています。
注6. 空間反転対称性:例えばz軸の向きを逆にしたときにも構造が変わらないものを空間反転対称性と呼びます。逆に空間反転対称性があると、電場Eを-Eにしても応答が同じで、E2に比例する非線形効果が表れません。
注7. カルコゲン:周期表で第16族の元素の総称名です。O, S, Se, Teなどが該当します。
注8. :極端紫外光(EUV)を用いた最先端の半導体露光装置の波長は13 nmですが、この光の発生原理は今回の原理とは異なります。



論文情報

タイトル:Nonlinear Optical Responses of Janus MoSSe/MoS2 Heterobilayers Optimized by Stacking Order and Strain
著者:Nguyen Tuan Hung*, Kunyan Zhang, Vuong Van Thanh, Yunfan Guo, Alexander A. Puretzky, David B. Geohegan, Jing Kong, Shengxi Huang*, and Riichiro Saito*
*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 Nguyen Tuan Hung
米国・ライス大学 准教授 Shengxi Huang
東北大学大学院理学研究科 名誉教授 齋藤理一郎
掲載誌ACS Nano
DOI10.1021/acsnano.3c04436



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所
助教 Nguyen Tuan Hung
TEL: 022-795-5755
Email: nguyen.tuan.hung.e4[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所
企画部
特任准教授 藤原英明(ふじわら ひであき)
TEL: 022-795-5259
Email: hideaki[at]fris.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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