東北大学 大学院理学研究科・理学部

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魚は協調的な運動で省エネルギー遊泳を実現
―渦を介した尾ヒレの同期とエネルギー消費の関係を解明―

発表のポイント

● 魚の尾ヒレが発生する渦によって2匹の魚が同期して泳ぐ仕組みを解明しました。

● 同期によって、遊泳に伴うエネルギー消費が顕著に低減することが判明しました。

● 最も出現頻度の高い運動パターンではエネルギー消費は最小にはならず、さらに効率的な泳法があると考えられます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

魚は、他の魚が作る流れを利用することで効率よく泳ぐと考えられています。最近の実験により、2匹の魚の尾ヒレの運動の同期に伴ってエネルギー消費が低減されることが示されました。しかし、この現象を再現できる理論モデルは今までなく、協調的な遊泳とエネルギー消費の間の関係はよく分かっていませんでした。

東北大学大学院理学研究科の伊藤将大学院生と内田就也准教授は、尾ヒレの運動によって発生する渦を利用して、後の魚が前の魚と尾ヒレの運動を同期させる様子を理論モデルで再現しました。このような協調的な遊泳によってエネルギー消費は顕著に低減されることが示された一方、より効率的に泳げる運動パターンが存在することが示唆されました。

本研究の成果は、多くの生物で見られる群れ形成や同期現象と、エネルギー消費の関係に新たな理解をもたらすものです。

本研究成果は2023年11月2日、米国AIP Publishing の刊行する Physics of Fluids 誌に Featured Article として掲載され、同日 AIP Publishing のハイライト記事(Scilight)でも紹介されました。



詳細な説明

研究の背景

魚が群れをなす理由として、捕食者からの逃避や採餌効率の改善とならんで、遊泳のエネルギー効率が向上する可能性が挙げられます。尾ヒレの運動は、魚の後方に逆カルマン渦列(注1)とよばれる規則的な渦を発生させることが知られており、後続の魚は前の魚が作った渦を利用して効率的に泳ぐという仮説がありました。

金魚を用いた最近の実験により、近接した2匹の魚の尾ヒレの運動が同期する傾向があることが確認されました。またロボット魚を用いた実験により、尾ヒレの同期によって流体力学的なエネルギー散逸率(注2)が低減することが示されました。一方、このような協調的な遊泳を再現できる理論モデルは今まで存在していませんでした。従来のモデル研究では、尾ヒレや体の運動パターンを制御して、魚の集団のエネルギー散逸率を最小にするパターンが探索されてきました。

しかし現実の尾ヒレの運動は、筋肉を伝わる電気信号のノイズや乱流的な流れから受ける力によって不規則に変化し、外部から制御することは困難です。また、運動の同期によってエネルギー効率が向上することは自明ではなく、尾ヒレの運動が自律的に同期してエネルギー散逸率を低減させるメカニズムは検証されていませんでした。


今回の取り組み

今回提案された遊泳モデルでは、神経生理学的なノイズを取り入れることで、ゆらぎを伴う尾ヒレの運動を記述することが可能になりました。尾ヒレを振動板で表し、水の流れから受ける揚力・抗力と、筋肉から発生する力によって振動板の角度と魚の重心位置を変化させることで、自律的な遊泳を再現しています。また、尾ヒレから発生する流れを規則的な逆カルマン渦列として表しています(図1)。

このモデルを用いた数値シミュレーションによって、2匹の魚が、流れを介した相互作用によって尾ヒレの運動を変化させる様子が初めてとらえられました。その結果、前後2匹の魚の尾ヒレの振動が統計的に同期し、2匹の尾ヒレの位相差は、前後方向の距離に線形に依存するという先行実験の結果が再現されました(図2)。

また、前後方向の距離が体長の半分以下の領域でエネルギー散逸率が顕著に低減すること(図3)、および、2匹の魚はこの近距離領域に自発的に引き寄せられることが示されました。さらに、エネルギー散逸率は、2匹の尾ヒレの位相差によって変化し、最もエネルギー散逸率が小さくなる位相差は、最も出現頻度の高い位相差とは大きく異なることが判明しました(図4)。このことは、魚は他の魚が作った流れを利用して、エネルギー消費を最小にするように泳ぐという、従来の仮説に修正を迫るものです。

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図1. 逆カルマン渦列により相互作用する2匹の魚の概念図。


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図2. 2匹の魚の前後方向の距離(横軸)と尾ヒレの位相差(縦軸)の同時確率分布。
前後距離が体長の半分以下の領域では距離と位相差の間に線形の相関(図の斜め縞)が生じており、前の魚が発生する周期的な渦にあわせて後の魚の尾ヒレが同期していることを示す。最も出現しやすい位相差(運動パターン)は、最も出現しにくい位相差と比べて約 40% 出現頻度が高いことが分かる。


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図3. 2匹の魚の前後距離(横軸)に対するエネルギー散逸率(縦軸)の変化。前後距離が体長の半分以下の領域ではエネルギー散逸率が顕著に低減しており、図2 とあわせると、尾ヒレの同期が遊泳のエネルギー効率を向上させていることが分かる。


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図4. 尾ヒレの位相差の実現確率の分布とエネルギー散逸率の相関関数。横軸は最も出現頻度の高い運動パターンからのずれを表し、縦軸の値が小さいほどエネルギー散逸率の期待値が小さくなる。最も出現しやすい運動パターン(Δ=0)ではエネルギー散逸率が最大(グラフの山)に近く、エネルギー散逸率が最小のパターン(グラフの谷)とは離れている。


今回のモデルは、アジ型・準アジ型泳法(注3)を示す多くの魚の遊泳に適用でき、モデル変数の大部分は実験との比較によって決定されているため、得られた結果は高い汎用性および再現性を持つものとなっています。実際、単独の魚の遊泳についても、尾ヒレの振動数と遊泳速度の間に成り立つ線形関係を、その係数を含めてよく再現することができました。


今後の展望

同期現象は、魚や鳥などの大型生物に限らず、ゾウリムシやバクテリアなどの微生物の運動器官でも見られます。今回の研究成果は、同期現象とエネルギー消費の関係について新たな知見をもたらすものであり、今後、さまざまな生物の群れや集団的な運動機構におけるエネルギー効率について、研究が加速することが期待されます。また生物以外にも、ドローンなど自律的な素子が群れとなって運動する場合の、省エネルギー戦略のヒントとなる可能性があります。魚に関しては、群れを作る利点は、エネルギー的な要因以外にも捕食者からの逃避、採餌効率の向上などがあり、それらの要因を含めた群れの最適化戦略について、今後の理解の進展が期待されます。


謝辞

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 23KJ0171 (研究代表者:伊藤将)の助成および東北大学学際高等研究教育院の支援(伊藤将)を受けて行われました。



用語説明

注1. 逆カルマン渦列:レイノルズ数 105 程度の乱流領域において、振動物体の下 流に左右交互に生じる渦の列。より低いレイノルズ数において物体の下流に生じるカルマン渦列と比べて、渦の回転する向きが逆となっている。
注2. エネルギー散逸率:摩擦や流体の粘性によって熱に変換されるエネルギーの単位時間あたりの量。本記事では水の粘性に起因する流体力学的なエネルギー散逸率を指す。
注3. アジ型・準アジ型泳法(carangiform, subcarangiform):尾ヒレを含む体長の 30%~50% を屈曲させて泳ぐ泳法。アジ、サケ、マス、コイ、金魚など多くの魚がこの泳法を示す。他の泳法としては、屈曲部位の割合が大きい順に、ウナギ型(anguilliform)、マグロ型(thunniform)、ハコフグ型(ostraciiform)がある。



論文情報

タイトル:Vortex phase matching of a self-propelled model of fish with autonomous fin motion
著者:伊藤将、内田就也
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 内田就也
掲載誌:Physics of Fluids
DOI10.1063/5.0173672



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
准教授 内田就也(うちだなりや)
Email: uchida[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室 
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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