東北大学 大学院理学研究科・理学部

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光通信や光スイッチなど様々な用途が期待される新物質の合成に成功
─白金錯体の二価と四価が混合した原子価を三価で安定化─

発表のポイント

● 120年以上前に始祖となる物質が発見されて以来、一次元鎖ハロゲン架橋白金錯体は白金二価/四価混合原子価錯体となるのが常識とされていました。

● 今回、アルキル鎖間にはたらく化学的引力(ファスナー効果(注1))を利用することで、一次元鎖白金三価平均原子価錯体の合成に世界で初めて成功しました。

● この物質は、巨大三次非線形光学材料、光通信、光スイッチなどへの利用や新規物性研究への展開を導くことが大いに期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

120年以上前に発見された一次元鎖ハロゲン架橋白金系金属錯体は、多彩な化学構造・結晶構造に応じて、光物性をはじめとする様々な物性を示します。特に、一次元鎖ニッケル三価錯体は巨大三次非線形光学効果(注2)を示すことが知られており、一次元鎖三価錯体は光学材料への応用が期待されます。そのため、これまで様々なアプローチで一次元鎖三価錯体の開発がおこなわれてきましたが、未だにニッケル以外の金属では実現されていませんでした。特に白金三価錯体は電荷移動吸収帯が低エネルギー側にシフトすると予想されていたために、ニッケル錯体を凌駕する巨大三次非線形光学効果が期待されていました。

今回、当該研究グループでは、一次元鎖ヨウ素架橋白金錯体中において、カウンターアニオン(注3)にアルキル鎖を複数導入することで、ついに一次元鎖白金三価錯体の実現に成功しました。本研究成果をブレークスルーとして、今後、一次元鎖白金三価錯体の基礎物性解明や、非線形光学材料、光スイッチ、光通信などへの応用に繋がることが期待されます。

本成果は11月4日、化学分野の専門誌Chemical Communicationsに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

120年以上前の、1900年にWolfframにより発見された一次元鎖ハロゲン架橋白金(Pt)錯体はWolffram's Red Saltとして知られており、以降、300を超える類縁体が報告されてきました。この類縁体である一次元鎖Pt錯体は、これまで、例外なく白金二価(PtII)/白金四価(PtIV)混合原子価錯体であることが見出されていました。一方で、一次元鎖ハロゲン架橋ニッケル(Ni)錯体は、ニッケル三価(NiIII)平均原子価状態をとります。この電子状態の違いは、一次元構造のパイエルス不安定性(注4)と、金属原子上の電子間反発力との競合に起因しており、金属種以外にも物質の化学組成や外場(注5)により制御することが可能です。一次元鎖NiIII錯体では巨大三次非線形光学応答が見出されていることから、平均原子価状態を有する一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体は光学材料などへの応用が期待されます。

しかしながら、ニッケル以外の一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体では、ほとんどの場合混合原子価状態を有します。近年、周期表の10族元素としてニッケルと白金の間に位置するパラジウム(Pd)を用いた一次元鎖臭素架橋Pd錯体でPdIII平均原子価状態が実現されていますが、上述の通り、未だ一次元鎖ハロゲン架橋白金三価(PtIII)錯体は見つかっていませんでした。したがって、一次元鎖ハロゲン架橋PtIII錯体の開発は、基礎から応用まで幅広い科学への貢献ができると考えられます。


今回の取り組み

今回、熊谷翔平博士(現・東京工業大学特任准教授)、山下正廣名誉教授、高石慎也准教授らの研究グループでは、カウンターアニオンに炭素鎖長が10以上となるアルキル鎖を取り入れた一次元鎖ヨウ素(I)架橋Pt錯体[Pt(en)2I](Asp-Cn)2·H2Oを合成しました(nはアルキル鎖の炭素鎖長)。化学圧力(ファスナー効果)と呼ばれる、アルキル鎖間にはたらく引力には一次元鎖を圧縮する効果が知られており、パイエルス不安定性を抑制することで、Ptの価数を操れることが期待されました。図1に示すように、合成された[Pt(en)2I](Asp-Cn)2·H2OはPtとIが交互に結合した一次元鎖構造を有し、その周囲を、アルキル鎖を有するカウンターイオンAsp-Cnが取り囲んでおり、Asp-Cnが生じる化学圧力が一次元鎖構造に波及すると考えられます。

一般に、一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体の電子状態の推定には単結晶X線構造解析が用いられます。しかしながら、アルキル鎖長が伸びるにつれ結晶構造解析は困難となり、別の手法を用いる必要がありました。そこで、本研究グループでは、赤外分光法に着目しました。Ptイオンを取り囲むエチレンジアミン配位子は、その周囲とN−H∙∙∙O水素結合を形成しており、N−H対称伸縮モードの振動エネルギーはPtイオンの価数に依存します(図2)。そのため、赤外分光法によりN−H対称伸縮モードの分裂の有無を調べることで、PtII/PtIV混合原子価錯体とPtIII平均原子価錯体との区別が可能と考えました。

図3に示すように、[Pt(en)2I](Asp-C10)2·H2Oでは260 Kでブロードながら2本のN−H対称伸縮モードが確認されました。5 Kまで降温しても、スペクトルがシャープになる一方で2本のピーク構造に変化は見られませんでした。2本のピークはそれぞれPtIIおよびPtIV周りのN−H対称伸縮と考えられるため、この化合物はこの条件下では常に混合原子価状態と考えらえます。一方で、アルキル鎖を伸ばした[Pt(en)2I](Asp-C14)2·H2Oでは、室温付近(300 K)では先ほどと同様に2本のブロードなピーク構造が見られましたが、低温では1本のN−H対称伸縮に収束する様子が確認されました。このことから、[Pt(en)2I](Asp-C14)2·H2Oは低温でPtIII平均原子価錯体となったと言えます。同様の挙動は[Pt(en)2I](Asp-C13)2·H2Oでも見られたことから、n ≥ 13である [Pt(en)2I](Asp-Cn)2·H2Oにおいて、ついに一次元鎖白金三価錯体を実現することに成功しました。


今後の展開

一次元鎖NiIII錯体で知られるように、今回見つかった一次元鎖PtIII錯体は巨大三次非線形光学材料、光スイッチ、高速光通信材料としての応用が期待されます。また、これまでにない物性を秘めている可能性があり、今後さらなる物性研究への展開が期待されます。


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図1. [Pt(en)2I](Asp-C10)2·H2Oの結晶構造。


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図2. Ptイオンの価数の影響を受けるN−H∙∙∙O水素結合様式。結晶水は省略している。


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図3. [Pt(en)2I](Asp-Cn)2·H2Oの赤外吸収スペクトル(N−H対称伸縮モード)。破線はピーク位置を示している。


謝辞

本研究成果は、科学研究費補助金 基盤研究(S)「未踏電子相がもたらす強相関電子系ナノワイヤー金属錯体の機能変革」(JP19H05631)によって得られました。



用語説明

注1. ファスナー効果:アルキル鎖が結晶中で密な充填構造をとろうとすることで、それに付随してアルキル鎖が結合する部位も本来より密に集合する効果のこと。あたかもファスナーを締め上げるかのような現象であるため、こう呼ばれる。一般に、アルキル鎖が長いほどこの効果は強くなる。
注2. 非線形光学効果:強い光が物質中に入射された際、光と物質との相互作用により光学特性が変化する現象。例えば、入射光の周波数の2倍、3倍、・・・の周波数の光を放出する光高調波発生はレーザー光の波長変換に用いられる。
注3. カウンターアニオン:物質の主たる構成要素が正電荷を持つ場合に、物質全体で電荷を中性にするために取り込まれる陰イオン(アニオン)のこと。ここでは形式的に[Pt(en)2I]2+となる一次元鎖錯体の電荷を補うために必要となる。
注4. パイエルス不安定性:格子点が一次元的に等間隔に並ぶ場合、隣り合う格子点がペアを作り不均化することで電子系のエネルギー安定化を図ろうとする。ここでは、パイエルス不安定性により架橋ヨウ素が隣接するPt同士の中心位置からずれることで、∙∙∙PtII∙∙∙I−PtIV−I∙∙∙PtII∙∙∙の一次元鎖構造を生じる。
注5. 外場:温度や圧力、電場、磁場、光など、物質に対して外部から与えられる力の総称。



論文情報

タイトル:Chemical Pressure-induced PtIII-I Mott-Hubbard Nanowire, [Pt(en)2I](Asp-Cn)2·H2O (13 ≤ n), Detected via Polarized Infrared Spectroscopy
著者:Shohei Kumagai, Takefumi Yoshida, Hiroaki Iguchi, Masanori Wakizaka, Nobuto Funakoshi, Masahiro Yamashita* and Shinya Takaishi*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科名誉教授 山下正廣、同准教授 高石慎也
掲載誌:Chemical Communications
DOI10.1039/D3CC04285E



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻[web]
名誉教授 山下正廣
TEL: 022-795-6544
Email: masahiro.yamashita.c5[at]tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科化学専攻
准教授 高石慎也
TEL: 022-795-6545
Email: shinya.takaishi.d8[at]tohoku.ac.jp

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東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
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