東北大学 大学院理学研究科・理学部

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長年の謎だった植物の温度センサー分子を発見
「レインツリー」が雨で葉を閉じる仕組みを解明

発表のポイント

● ヒトはTRP(Transient Receptor Potential、以下TRP)(注1)という温度センサー分子を使って温度を感知しています。

● 植物はTRPをもたないため、植物が温度を感じる仕組みは謎でした。

● マメ科植物アメリカネムノキ(別名:レインツリー)が雨で葉を閉じる現象には葉の温度低下が関係していることを突き止め、植物の温度センサー分子を発見しました。

● 植物の温度感知メカニズムの解明に大きく貢献する成果です。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

温度感覚は、すべての生物に必須の機能です。ヒトも含めた動物は、TRPという分子(2021年度ノーベル生理学・医学賞の受賞対象)を使って温度を感知しています。しかし植物は、TRPのような温度センサー分子をもっていないため、植物が温度を感じる仕組みは謎でした。東北大学の上田 実 教授、村岡勇樹 大学院生らの研究グループは、「レインツリー」の別名で知られるマメ科植物アメリカネムノキが降雨によって葉を閉じる現象に着目し、この運動の引き金は葉の温度低下であることを突き止め、葉の就眠運動を制御する分子(SPORK2)が温度センサーとしても機能することを解明しました(図1)。これは、植物が温度を感知する仕組みの解明につながる発見です。本成果は、2023年11月28日(日本時間)に生物学の専門誌 Current Biology(電子版)に掲載されました。

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図1. レインツリーの葉が降雨で閉じる現象から、植物の温度センサーを発見



詳細な説明

研究の背景

温度は、細胞活動に大きな影響を与える環境因子のひとつです。したがって、温度感覚は全ての生物にとって必要不可欠です。我々ヒトを含めた動物では、TRPという分子を使って温度を感知しています。2021年度のノーベル生理学・医学賞は、TRPに関して先駆的発見をした2名の海外研究者が受賞するなど、TRPは生命活動に重要な分子として注目を集めています。TRPはイオンチャネル(注2)と呼ばれるタンパク質の1種で、細胞膜を介してイオンを輸送する働きをしますが、その働きが温度に応じて変化するというユニークな特性を有しているため、温度センサー分子としても機能します。

動物とは異なり、植物はTRPを持ちませんが、1990年代に行われた研究から、植物細胞でも温度に応じて活性を変化させるイオンチャネルの存在が確認されました。しかし、30年近く経った現在でも、そのような温度感受性イオンチャネルの正体は不明であり、植物の温度感知メカニズムは多くが謎に包まれていました。


今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科の上田 実 教授(生命科学研究科兼務)、村岡勇樹 大学院生らの研究グループは、植物の温度感受性イオンチャネルの正体を世界で初めて明らかにしました。

上田教授らは、マメ科植物アメリカネムノキ(コマーシャルソング「この木なんの木」で有名)が雨で葉を閉じる現象に着目しました。このユニークな現象は、アメリカネムノキが「レインツリー」という別名で呼ばれる由来になっています。この運動を詳しく調べたところ、葉の温度低下が閉じる運動のきっかけになることを突き止めました(図2)。

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図2. アメリカネムノキの葉は温度が下がると閉じる


アメリカネムノキは、夜に葉を閉じ朝には葉を開く就眠運動を行います。上田教授らは、2018年に、アメリカネムノキの就眠運動が、葉の付け根の細胞に存在するSPORK2というイオンチャネルによって制御されることを報告しました。上田教授、村岡院生らは、アメリカネムノキが降雨によっても葉を閉じることに着目し、この葉の閉合が温度変化によって起こること、SPORK2が温度変化を感知するセンサー分子としての機能も持つことを発見しました(図1)。さらに、SPORK2はTRPのように温度に応じてイオン輸送活性を変化させることが分かりました。

SPORK2に類似する遺伝子(オルソログ(注3))は、アメリカネムノキだけでなく他の植物にも存在しています。アメリカネムノキと同じマメ科に属する2種の植物、およびモデル植物(注4)であるアブラナ科シロイヌナズナのSPORK2オルソログについても活性を調べたところ、これらも温度感受性をもつイオンチャネルであることが分かりました。したがって、植物界には温度センサー機能をもつ分子が普遍的に存在する可能性を示すことができました。


今後の展望

近年の気候変動により、農作物の生産は大きな打撃を受けています。したがって、植物が気温変化に適応するメカニズムを解明することは、安定した食糧生産に向けた喫緊の課題であると言えます。これまで、植物の気温適応に関わる遺伝子群の解析は世界中で行われてきましたが、一連の仕組みの起点となる、TRPのような温度センサー分子の正体については未解明でした。本研究において、我々は、長らく謎であった植物の温度センサー分子を発見しました。この発見は、植物の温度感知機構の理解を飛躍的に前進させることが期待されます。


謝辞

本研究はJSPS科研費(JP23H00316、JP23H04883、JP23K17967、JP22KK0076、JP21K19037、JP20H00402、JPJSBP120229905、JPJSBP120239903)長瀬科学技術振興財団、日本科学協会の笹川科学研究助成(No. 2023-4005)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)およびChina Scholarship Council(No. 202108370160)の支援によって実施したものです。



用語説明

注1. TRP(Transient Receptor Potential):温度を感じるセンサーとして機能するタンパク質。様々なタイプが存在し、各々が異なる温度帯を感知している。植物を除き、ヒトや昆虫を含む動物、酵母やカビなどの真菌類に存在する。
注2. イオンチャネル:細胞膜を貫通する穴を作って、イオンを透過させるタンパク質。TRPはナトリウムやカルシウムイオン、SPORK2はカリウムイオンを通す穴を形成する。
注3. オルソログ:共通の祖先遺伝子から種分岐に伴って派生した遺伝子。異なる生物種間で高度に保存されている場合もあれば、特定の種のみに限られるような機能をもつように進化している場合もある。
注4. モデル植物:全ゲノム情報が解読され、各種遺伝子操作が可能で、生物学実験に頻用される植物。シロイヌナズナのほか、イネ、トマトなども該当する。



論文情報

タイトル:An outward-rectifying plant K+ channel SPORK2 exhibits temperature-sensitive ion transport activity
著者:Yuki Muraoka, Gangqiang Yang, Shintaro Munemasa, Yusuke Takeuchi, Yasuhiro Ishimaru, Yoshiyuki Murata, Nobuyuki Uozumi, and Minoru Ueda*
*責任著者:東北大学大学院 理学研究科・生命科学研究科 教授 上田 実
掲載誌:Current Biology
DOI10.1016/j.cub.2023.10.057



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院 理学研究科化学専攻 生命科学研究科 兼担[web]
教授 上田 実(うえだ みのる)
電話:022-795-6553
E-mail:minoru.ueda.d2[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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