東北大学 大学院理学研究科・理学部

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塩化物による強誘電と強磁性の同時熱制御
―塩化物におけるマルチフェロイックスの開拓―

概要

強誘電性と強磁性を併せ持つマルチフェロイック材料は、次世代情報記憶デバイスとしての可能性から、過去20年間に大きな進展がありましたが、その対象はほぼ酸化物に限られていました。京都大学大学院工学研究科の朱童特定助教、高津浩准教授、セドリック・タッセル准教授、陰山洋教授、ノースウェスタン大学、東北大学、大阪大学、高エネルギーアクセラレータ研究機構との共同研究により、マルチフェロイック特性を示すペロブスカイト塩化物を発見しました。従来の酸化物では電場や磁場で制御されていましたが、塩化物を用いることで温度での制御に初めて成功しました。塩化物の柔軟性に加え、より低い電荷の金属を用いることができるなど材料開発の幅を大きく拡げ、実用的なデバイスの開発を促進するものと期待されます。

本成果は、Nature Materials誌に2024年1月5日10:00現地時間に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト

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1.背景

11世紀に中国で発明された羅針盤が大航海時代の進展に大きく貢献したように、人類は古くから鉄やニッケルなどの磁石(強磁性物質)を利用してきました。磁石は北極(N極)と南極(S極)の極性を示しますが、似たような極性現象は強誘電性という電気的な現象にも見られます。強誘電性物質は、外部から加えた電場の反転によってその電荷の配向を変えることができ、コンデンサーや不揮発性メモリーなど、現代の私達の生活に不可欠な機能性材料として利用されています。

強磁性と強誘電性を組み合わせたマルチフェロイックス材料は、これら二つの性質をもつ新しいタイプの材料であり、近年、大きな注目を集めています。この材料の研究は1950年代まで遡りますが、次世代情報記憶デバイスへの応用可能性から、21世紀に入ってから研究が加速度的に進んでいます。一方、これまでの研究はほとんど酸化物に限定されており、電場や磁場での制御が中心でした。マルチフェロイックスの潜在可能性をさらに引き出すためには、新しい材料探索と革新的な制御技術の開発が必要と考えられます。



2.研究手法・成果

本研究では、塩化物(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7の誘電性と磁性について系統的に調査しました。この物質は、層状ペロブスカイト構造という、ブロックが積み重なったような層状構造をとります(図1)。カリウム(K)およびルビジウム(Rb)のアルカリ金属イオンは主に構造の大きさを決める役割がありますが、塩化物(Cl)イオンとマンガン(Mn)イオンからなるMnCl6八面体は、層内で回転したり、傾いたりする性質があるため、これが(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7における誘電性と磁性、すなわち、マルチフェロイックスの性質に大きな影響を与えることが期待できます。

図1に、(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7におけるマルチフェロイックスの発現機構の模式図を示します。私たちは、中性子/X線回折、分極測定、および理論計算を組み合わせた多角的な実験・理論研究により、これを実証しました。すなわち、高温では、常誘電体という極性が無い状態ですが、温度を下げていくと、MnCl6八面体が回転し、これに伴って最終的に強誘電体になることを明らかにしました(図2)。また、中性子回折実験と磁化測定から、65 ケルビン(-208℃)以下の低温では、強磁性状態も発現することを明らかにしました。以上の結果から、我々が開発した(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7は、強誘電性と強磁性の極性現象が共存するマルチフェロイックス材料であることが結論付けられました。

本研究でさらに重要な点は、熱刺激によってこの「マルチフェロイックス」を制御する点です。すなわち、(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7では、KとRbの比率をかえることで、強誘電体への転移温度TCを65 ケルビンの磁気分極(磁化)が発生する温度以下に調整し、熱刺激により、誘電性と磁性を同時に操作することができることを見出しました(図4)。これは、電場や磁場を用いて制御される従来のマルチフェロイックス材料には無い新たな特徴です。この現象を実現する重要な理由のひとつに、柔軟な塩化物イオンの影響が考えられます。熱刺激を用いることは、電場や磁場を用いることより実用上容易であると予想され、将来のデバイス工学に魅力的な特徴です。



3.波及効果、今後の予定

マルチフェロイックス材料の研究はこれまでほとんど酸化物に限られてきましたが、本研究の発見により、他の塩化物など非酸化物系の材料を対象としたマルチフェロイックスの研究が大きく進展する可能性があります。また、本研究のように、従来の酸化物から脱却して新しい機能性材料を開拓していく試みは、マルチフェロイックス材料の開発だけでなく、他の機能性材料開発へも拡張できる可能性があります。例えば、塩化物イオンと酸化物イオンが同一化合物内に存在する複合アニオン化合物は興味深い研究対象であり、新たな機能性材料開発につながります。本研究で見出した熱刺激によるマルチフェロイック特性の制御という新しい試みは、今後、これまで用いられてこなかった圧力や放射線などの外部刺激をパラメーターにした制御の開拓へとつながり、マルチフェロイックス材料の潜在可能性を大きく広げ、応用への新しい道筋を拓くことができる可能性があります。すなわち、新しいマルチフェロイックス材料の発見やその新しい制御性の開拓は、私たちの持続可能な未来社会を拓く重要な研究になると考えられます。



4.研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会 先端研究拠点事業(JPJSCCA20200004)、科学研究費補助金(JP22H04914,JP20K20546,JP22H01775)、東北大学(202109-RDKGE-0104)、アメリカ国立科学財団(DMR-2011208)、アメリカ国立エネルギー研究科学計算センター(NERSC)、岡倉覚三記念財団、日本板硝子財団、三菱財団の支援を受けました。



研究者のコメント

固体化学者として、化学と物理の両方の問題に取り組んでいる私にとって、化学の知識を使って物理の問題を解決しようとすることが最大の関心事のひとつです。これがまさに本研究で取り組んだ課題と言えます。このプロジェクト中、専門知識の異なる多様な背景をもつ科学者と協力して研究を進めることの重要性を感じました。特定の分野の既成概念に縛られない新鮮な視点やアイデアは、私たちの見落としがちな重要な発見や新たな発想を提供してくれます。



論文タイトルと著者

タイトル:Thermal multiferroics in all-inorganic quasi-two-dimensional halide perovskites (層状ハライドペロブスカイトにおける熱的マルチフェロイックス特性)
著者:Tong Zhu, Xue-Zeng Lu, Takuya Aoyama, Koji Fujita, Yusuke Nambu, Takashi Saito, Hiroshi Takatsu, Tatsushi Kawasaki, Takumi Terauchi, Shunsuke Kurosawa, Akihiro Yamaji, Hao-Bo Li, Cédric Tassel, Kenya Ohgushi, James M. Rondinelli*, Hiroshi Kageyama*
掲載誌:Nature Materials
DOI10.1038/s41563-023-01759-y



参考図表

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図1: (K1-x/Rbx)3Mn2Cl7の構造と物性の温度変化の模式図。高温では、常誘電体と呼ばれる極性のない状態ですが、温度を下げていくとMnCl6八面体が回転して構造が変化し、最終的に強誘電体と呼ばれる極性状態になります。中間の温度域では反強誘電体という状態があらわれますが、これは上下の層で極性の方向が反対になるため、結晶全体としては極性がゼロになっている状態です(図4右上図)。


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図2:K3Mn2Cl7の焦電性および分極率の温度変化。焦電流の発生は、TC1 = 155 Kでの強誘電体転移を示唆しており、この温度以下で観察される電気分極の出現と一致しています。


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図3:K3Mn2Cl7の磁気特性。左図は、磁気秩序温度TN ~ 64.5 Kを示しています。中性子回折実験の観測データと合わせ、K3Mn2Cl7TN以下で長距離磁気秩序を示していることを明らかにしました。通常の強磁性体より弱いながら、Dzyaloshinskii-Moriya相互作用と呼ばれる磁気相互作用により、強磁性が誘起されています。右図は5 ケルビン(-268℃)の磁化の磁場依存性です。ゼロ磁場付近にヒステリシスと呼ばれる履歴現象が見られます。すなわち、これはK3Mn2Cl7に弱い強磁性が存在することを示唆しています。


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図4:熱刺激により、(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7における電気分極と磁気分極(磁化)を同時に操作することの模式図。(K1-x/Rbx)3Mn2Cl7では強誘電性相転移を示す温度(TC)を跨いで温めたり冷やしたりすると、電気分極の方向が左右から上下に切り替えることができます(上図)。同時に、磁化の方向も切り替えることができます(下図)。つまり、電気および磁気の両方の分極を同時に制御することができます。これは、私たちの知る限り、マルチフェロイックスの熱制御のはじめての例です。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web
助教 青山 拓也(あおやま たくや)
電話:022-795-6488
Email:takuya.aoyama.b6[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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