● 約7〜5億年前に、2回の全球的凍結とその後の初期動物の進化が起きたが、海洋大気酸素量の増加時期は定かでなかった。
● 6.3、5.7、5.2億年前に海洋酸素量が上昇したことを発見した。
● 地球史で1回しか起きなかった「海洋大気酸素量の増加を意味する酸素量と炭素同位体比(注1)の関係の逆転」が6.3〜5.8億年前に起きたことを発見した。
● 今回発見した酸素量の増加は、初期動物の進化と同時である。
これまで、地球上に各種の多細胞動物が出現し多様化した原因を海洋大気酸素量に求める見解はありましたが、いつ増加したのかはわかっていませんでした。海保名誉教授らは、有機分子の海洋酸化還元指標を使用して、この地球生物史の革新期に海洋酸素が増加した証拠を発見しました。それは「遠く離れた3地域(南中国・オマーン・オーストラリア)の海洋酸素量の同調した増加」と「酸素量と炭素同位体比の関係の逆転」です。これらの現象は、大気酸素が増えたと考えると、説明できます。3回の大陸棚の海洋大気酸素量増加は、新しいタイプの動物の出現と同時的であるため、海洋大気酸素量増加が初期動物の進化を起こしたと結論づけました。本研究の成果は、国際誌「Global and Planetary Change」に掲載されるのに先立ち、1月18日付電子版に掲載されました。(4月4日追記)また、本成果は科学雑誌「Communications Earth & Environment」のハイライトに掲載されました。
多細胞動物の出現とそれらの多様化は、クリオジェニアン紀―エディアカラン紀―カンブリア紀に起きています。海保名誉教授らは、有機分子の海洋酸化還元指標であるプリスタン/ファイタン比(注2)を使用して、この期間の大陸棚で5回の無酸素海洋と海洋酸素増加の繰り返しを捉えました。5回の海洋酸素増加期を見つけましたが(図1b、1c)、そのうち、プリスタン/ファイタン比の平均値が以前のレベルを超えて増加するのは、3回で、6.3、5.7、5.2億年前です(図1d)。驚くべきことに、これらの酸化イベントは、南中国のランティアン生物群(刺胞動物(注3)に似ている)の出現、エディアカラ生物群の全球分布(左右相称動物(注4))、およびカンブリア紀(多様な海の動物、現存の13の動物門が出揃う)の急激な進化といった、重要な生物学的革新と一致しています(図1a)。最初と2番目の酸化イベントの間に発生した「海洋酸素変動イベントと炭素同位体比値の関係の逆転」(図1d、1e)は、大気中の酸素濃度の増加を示唆しています。これらの発見を踏まえ、海保名誉教授らは酸素濃度の増加が初期の動物(左右相称動物)の進化ペースを制御したと提案しています。
本研究に使用したプリスタンとファイタンは、主にクロロフィルに起源を持つため、陸上に植物があると、陸上の酸化環境で生成されたプリスタンが海洋に放出されます。したがって、陸の影響がある場所では、海洋酸化還元指標を使用することができません。しかし、研究対象の時代には、陸上に植物がないので、プリスタン/ファイタン比を海洋酸化還元指標として使用することが可能となります。陸上植生が始まる5億年前よりも古い時代で活用できることが明らかになったため、さらに古い時代での酸素環境復元に使用できる可能性もあります。
これまでは、鉄の化学種やウラン同位体比などの無機化学指標により、酸素環境の復元が行われてきましたが、プリスタン/ファイタン比もその復元の指標となり得ることがわかりました(図1b)(注5)。さらに加えて、プリスタン/ファイタン比は、鉄の化学種やウラン同位体比のように還元環境か酸化環境かを推定だけではなく、海洋溶存酸素量を推定する指標として使える可能性があります。
(注1)炭素同位体比:炭素の約99%は質量数12の炭素であるが、1%程度は質量数13の安定炭素同位体である。古い時代の炭素同位体比は安定炭素同位体比のことを言う。13Cと12Cの量比を計算式で求める。
(注2)プリスタン/ファイタン比:プリスタンとファイタンの量比。プリスタンとファイタンは主にクロロフィルの一部(側鎖)のフィトールに起源を持つ。堆積物表面に堆積したフィトール分子は、酸素があるとプリスタンに酸素がないとファイタンに変わる。
(注3)刺胞動物:銛のような構造を備えた特殊な細胞「刺胞」をもつ動物で、サンゴ、イソギンチャク、クラゲなどを含むグループ。体は左右相称ではなく放射相称で、動物の中では海綿動物に次いで原始的なグループだと考えられている。
(注4)左右相称動物:左右対称の体を持つ動物のグループ。非対称の体をもつものが多い海綿動物や、放射相称の体をもつ刺胞動物などを除き、ほとんどの多細胞動物がこのグループに含まれる。
(注5):鉄の化学種とプリスタン/ファイタン比はそれらが堆積した場所の酸素環境、ウラン同位体比はグローバルな酸素環境を表す。
掲載誌:Global and Planetary Change
論文タイトル:Oxygen increase and the pacing of early animal evolution
著者:Kunio Kaiho, Atena Shizuya, Minori Kikuchi, Tsuyoshi Komiya, Zhong-Qiang Chen, Jinnan Tong, Li Tian, Paul Gorjan, Satoshi Takahashi, Aymon Baud, Stephen E. Grasby, Ryosuke Saito, Matthew R. Saltzman
URL:https://doi.org/10.1016/j.gloplacha.2024.104364
図1:初期動物進化と海洋大気酸素量。Pr/Ph: プリスタン/ファイタン比。「酸素炭素サイクル逆転」は「海洋酸素変動イベントと炭素同位体比値の関係の逆転」のこと。シュラム:シュラム事件. 炭素同位体比の極端減少事件. パネルa、bの上部、eの引用文献はこの論文を参照。(Kaiho et al. [2024]を改変 ©海保邦夫)
<研究に関すること>
東北大学名誉教授
海保 邦夫(かいほ くにお)
(生命環境危機学)
電話:022-394-3931
E-mail:kunio.kaiho.a6[at]tohoku.ac.jp
※ [at]を@に置き換えてください