東北大学 大学院理学研究科・理学部

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感染対策緩和により社会全体の感染率が上昇
脱マスク社会では感染がピークアウトしにくくなる

発表のポイント

● 理論疫学に基づく数理モデルを用いて、感染対策が集団免疫に及ぼす影響を評価しました。

● 集団免疫に期待して感染対策を放棄すると、集団免疫で感染がピークアウトための閾値(ハードル)が高くなることが示唆されました。

● 対策の緩和が大きいほど、感染者数は何倍にも増加すると考えられます。

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概要

感染症には一度感染をすれば中長期的に再感染を防ぐ免疫を生じさせるものがありますが、新型コロナウイルス感染症のように、中長期的に再感染を防ぐことができないものもあります。しかし、新型コロナの場合も、感染後の短期間は再感染が起こりにくいことが知られており、その場合には一時的な集団免疫的状況が起こり得ます。

東北大学大学院理学研究科の本堂毅准教授は、理論疫学に基づいて、一時的な集団免疫が成り立つための感染率の閾値(感染ピークに達するまでの社会全体の感染率)に感染対策が及ぼす影響を、主にマスク着用効果に着目して評価しました。

その結果、感染対策が緩められると、集団免疫的状況に達する閾値が上昇するため感染がピークアウト(頂点に達し、徐々に低下すること)しにくくなること、感染がピークアウトに達する状態ではより多くの感染者数が生じることが示唆されました。

本研究成果は、日本臨床環境医学会の機関誌「臨床環境医学」の第32巻No.2に掲載されます。本件の公開にあたっては学会誌編集部の許可を得ています。



詳細な説明

研究の背景

日本では、新型コロナウイルス感染症の分類が2023 年春に5類に変更されると共に、政府がマスク着用の推奨を止め、マスク着用率は低下してきました。その背景の1つには、マスク着用の有無に関わらず、感染が一定規模になれば自然にピークアウトするという思いこみが観察されています。一方,新型コロナの5類移行にあたっては、マスク着用率が集団免疫閾値(注1)へ及ぼす影響について考慮されませんでした。たとえば、新型コロナウイルス感染症に関するアドバイザリーボードに提出された西浦博らの「マスク着用の有効性に関する科学的知見」と題された資料でも言及されていません。


今回の取り組み

本研究では、理論疫学の一般性ある定理に基づいて、マスク着用が新型コロナウイルス感染症の(広義の)集団免疫に及ぼす影響を計算することにより、社会的感染対策の強度が感染症の集団免疫閾値に及ぼす影響を明らかにしました。

理論疫学では、基本再生産数(注2)と集団免疫閾値の関係が既に得られています。感染対策を緩和すれば基本再生産数が増えるため、この関係を用いて、感染対策の緩和と集団免疫閾値の関係を理論的に導くことが可能です。マスクであれば、着用による感染抑制効果の疫学データを用いて、マスク着用状況と基本再生産数との関係を見積もることができます。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)等が公表している最新の疫学研究論文のデータなどを参照することで、マスク着用と基本再生産数の関係を導き、基本再生産数と集団免疫閾値の関係式に加えることにより、マスク着用率などの感染対策強度と、集団免疫閾値の関係を求めました。ここでは、パンデミックで一度感染をした人は、その期間中は再感染しないことを仮定しました(注3)。これにより、以下の結論が得られます(マスクを例としますが換気対策も同様)。

1. 社会のマスク着用率が減るほど、(一時的)集団免疫閾値が増加する(図2)。すなわち、感染は収束しにくくなる(注4)

2.社会全体でマスクが着用されている(注5)状況であれば感染を免れたはずの市民が、脱マスク下では感染症に少なからず罹患する。(本人がマスク着用時も含む)

特定条件での結果を導くシミュレーション研究とは異なり、本研究は一般性のある理論的解析で結果を導いているため、多様な条件下でも(程度の差はあるものの)同様の結論を与えることが確認できます。そのため、上記の結果は、新型コロナと同様の性質を持つ将来のパンデミックスでも成り立つ普遍的な知見です。


今後の展開

パンデミックスの感染対策は、出来る限り経済と両立可能な持続可能性を持つことが重要です。そのためには、本研究で示した理論疫学に基づく普遍的な知見に加えて、感染経路、費用便益分析(CBA)(注5)の経済理論などを総合して取り組む必要があります。本研究は、そのような総合的判断に不可欠な知見の1つを示すものであり、今後、総合的・合理的な感染対策が策定されることが期待されます。

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図1. 感染がピークに達するまでに必要な感染率(集団免疫閾値)。
パンデミックが十分落ち着いた状況になる前に感染対策の一部が廃止されると、基本再生産数が大きくなります。基本再生産数が大きくなるにつれ、感染がピークに達するために必要な感染率が増加します。その結果、感染対策が十分行われている状況であればピークアウトするはずの感染率に達しても感染拡大がさらに続く結果となります。すなわち感染がピークアウトに達しにくい状況となります。感染は長期化し、感染者数が増大します。感染が長期化すると、その間に再感染する患者も増加するので悪循環となります。


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図2. マスク着用率と感染ピークまでの感染率(集団免疫閾値)
マスク着用率が減ると感染ピークに達するまでの閾値が上がるため、市民全員がマスクを着用している状況であればピークアウトする感染率に達しても、さらに感染が拡大することになります。感染が長引けば、新型コロナでは感染による一時的免疫効果は薄れてくるので、集団免疫によるピークアウトはさらに条件が厳しくなり、悪循環となりえます。誰もマスクを着用していないときの基本再生産数は4、マスクの感染抑止率は、自らと他人への防護をともに0.5と仮定しています(この数値が変わっても図の傾向は不変であり、本研究で得られた公式を用いることで、それぞれの数値に対応した図を得ることができます)。



謝辞

本研究は、科学研究費補助金 JP20H00002の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. 集団免疫閾値:感染やワクチンなどにより感染症に対して有効な免疫を持つ市民の割合が増えると、感染流行は止まりやすくなります。集団免疫閾値は、社会の中で、どの程度の割合の市民が有効な免疫を持つ状態に変われば感染がピークアウトするかを表すものです。閾値が高くなるほど、その感染症は収束しにくくなります。
注2. 基本再生産数:感染の波が始まった時の実行再生産数(一人の患者が平均何人に感染させるかを示す数)。この基本再生産数は感染症が始まったばかりの第1波のみで定義される場合がありますが、その状況での基本再生産数も、交差免疫など、社会毎に異なる状況を反映するもので、ウイルス自体で定まる数ではありません。そのため、第2波以降でも基本再生産数を定義して集団免疫閾値を議論することが可能です。
注3. 再感染:一度感染をした患者が、再度同じ感染症に罹患すること。新型コロナのオミクロン株以降では、数ヶ月程度は再感染を防ぐ免疫が働くことが報告されています。
注4:脱マスクが進んだ状態での2023年夏の新型コロナ第9波では、例年と異なり、8月中に感染がピークアウトせず、9月に入っても感染拡大が進みました。救急搬送の逼迫だけでなく、宮城県などでは医療崩壊も生じ、全国では9月だけで数千名の死者が報告されています。本研究に照らせば予見可能なことです。
注5. 費用便益分析(CBA):対策の実施に要する費用に対して、その対策の実施によって社会的に得られる便益の大きさを見積もる経済学の解析方法。新型コロナの場合は、感染対策の実施によって生ずる経済の停滞を含むコストに対して、感染対策の実施によって得られる人的損害と医療コストの縮小量を見積り、両者を比較すること。



論文情報

タイトル:感染防止対策緩和による集団免疫閾値の上昇:呼吸器ウイルス感染症での脱マスクを例に
著者:本堂 毅*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅
掲載誌:臨床環境医学
URL:http://jsce-ac.umin.jp/200725/jsce06.html
   https://researchmap.jp/hondou/published_papers/44383907(著者版最終稿)



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科[web
准教授 本堂 毅(ほんどう つよし)
TEL: 022-795-5823
E-mail: hondou[at]mail.sci.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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