東北大学 大学院理学研究科・理学部

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地球のマントル中部に地震波異方性を発見
―地震と火山噴火の根本原因の理解に重要な手がかり―

発表のポイント

● フィリピン海の海底からの深さ700-1600 kmに顕著な地震波速度異方性(注1)を発見しました。

● マントル(注2)の中部と下部に現在のプレート沈み込みと無関係の古い異方性構造が存在します。

● マントル対流と地球深部ダイナミクスを理解する重要な手がかりとなります。

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概要

地球内部の岩石には、地震波の伝播する方向によって速度が異なる「地震波速度異方性」という物理的な性質があります。この性質は地球内部での岩石の変形やプレート内の応力場(注3)、およびマントル対流のパターンなどを反映していると考えられます。

東北大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センターの趙大鵬教授と中国科学院海洋研究所の範建轲(Jianke Fan)教授、李翠琳(Cuilin Li)准教授と董冬冬(Dongdong Dong)教授、及び中国科学院地質と地球物理研究所の劉麗軍(Lijun Liu)教授は、趙教授が開発した最新の地震波トモグラフィー法(注4)を用い、フィリピン海下深さ1600キロメートルまでの3次元地震波速度異方性構造を明らかにしました。これにより、マントルの中部と下部に現在のプレート沈み込みと無関係の異方性構造を発見し、約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物であることがわかりました。本研究成果は、地震と火山噴火の根本原因であるマントル対流と地球深部ダイナミクスを理解する重要な手がかりになります。

本成果は、科学誌Nature Geoscienceに3月12日19時(日本時間)に論文としてオンライン掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

これまで多くの地球科学的研究によると、地震波速度異方性は地殻(深さ0-35 km)と上部マントル(深さ35-660 km)に普遍的に存在しますが、下部マントル(深さ660-2889 km)には限られた場所(例えば、マントルの底部(深さ約2700-2889 km)と沈み込み帯下のマントルの中部と下部など)にしか存在しません。沈み込み帯から離れた地域下のマントル中部と下部に地震波異方性があるかどうかはまだ不明です。本研究領域であるフィリピン海プレート(図1)は、その周りが沈み込み帯に囲まれていますが、その中心部が沈み込み帯から遠く離れているので、上記のような課題を調べるための良い場所と言えます。


今回の取り組み

本研究グループは、1235個の地震観測点(図1)で記録された50345個の地震からの100万個以上のP波到達時刻データを収集しました。これらのデータに趙教授の開発した世界最先端の地震波トモグラフィー法を応用した結果、フィリピン海およびその周辺域下の深さ1600 kmまでのマントル3次元P波速度構造(注5)と方位異方性構造を初めて明らかにしました(図2)。また、これまで行われた多くの地震学、地球化学、高温高圧実験岩石物理学、プレート運動歴史の再現およびマントル対流シミュレーションなどの研究成果を総合的に考慮して、本研究で求めた3次元P波異方性トモグラフィーの解釈を行いました。その結果、以下のような新知見を得ました。

① フィリピン海プレート中心部下のマントル中部(深さ700-900 km)には、P波方位異方性の速い方向は南北となり、その周辺とは異なります。この南北方向のP波異方性は、現在沈み込んでいるプレートとは関係なく、約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物です。

② 本研究領域下の深さ700-1600 kmのマントル中部に、二つのP波高速度異常体という物体が検出されました(図2と図3にある青色の物体で、H1とH2とマークされています)。H1は伊豆―小笠原海溝の下、H2はフィリピン海プレート中心部の下にあります。これらの高速度異常体は、現在沈み込んでいる太平洋プレート(注6)の前に沈み込んだイザナギプレート(注6)の残骸です。

③ イザナギプレートの残骸にあるP波方位異方性の速い方向は北西-南東であり、約4千万年前の太平洋下部マントルフローを反映します。

マントルの中部と下部にある地震波異方性は、これまで考えられたよりも多く存在する可能性が高く、その中には、今現在沈み込んでいるプレートと無関係の古いマントル対流を反映するものも含まれています。


今後の展開

今後このような研究を世界の他の地域に展開すれば、地球内部の構造・進化とダイナミクスおよび地震・噴火の根本原因に関する理解が大幅に進展すると期待されます。



謝辞

本研究は文科省科研費補助金(課題番号JP19H01996)の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. 地震波速度異方性:ある物質において、地震波の伝播速度が地震波の伝播方向によって異なるという物理的性質です。地球内部岩石の変形、応力場およびマントル対流の方向やパターンを反映していると考えられます。
注2. マントル:地球型惑星の内部で中心の金属核をとりまく厚い岩石層のこと。地球では厚さは約2900 kmで、地球質量の3分の2を占める。地球ではマグネシウム、ケイ素が多いカンラン石を主成分とする。
注3. 応力場:地層にどのような力が加わっているかを示すもので、水平方向を基準にして押されていれば圧縮応力場、引っ張られていれば引張応力場といいます。応力場の変化は、プレートの運動に関係しています。特に日本のような沈み込み帯では、海洋プレートの沈み込みの方向と角度が応力場を変化させると考えられています。
注4. 地震波トモグラフィー法:コンピュータで大量の地震波伝播時間などのデータを処理することによって、地球内部の3次元地震波速度および異方性の分布を求める方法です。その原理は医学分野のCTスキャンと同じです。周囲よりも高速度の地域を青色、低速度の地域を赤色で示します。高速度域は低温で硬い岩石、低速度域は高温で柔らかい岩石に対応します。
注5. 3次元P波速度構造:地震波速度とは地震波が地球の中を伝わる速さのことです。地震波には、震源から最初に伝わるP波(縦波)と遅れて伝わるS波(横波)があります。地震波速度は場所によって異なり、だいたい地殻・マントルの中深くなるほど速くなります。地球内部構造を表すには幾つかの物理量(例えば、密度、温度など)を使うことができますが、現在は地球内部における地震波速度の空間分布が最もよく用いられています。また、地震波トモグラフィー法を使って、地球内部におけるP波(あるいはS波)速度の3次元分布を推定でき、得られた結果は3次元P波(あるいはS波)速度構造と言います。地震波速度の分布から、地球内部の密度、温度、強度などに関する情報も得られるため、P波(あるいはS波)速度の空間分布を使って、地球内部構造を表します。
注6. 太平洋プレート、イザナギプレート:太平洋プレートは、海洋プレートの一つで、太平洋の大部分を形成している。1年間に約10cmの速さで北西に移動しており、日本列島付近では北アメリカプレートとフィリピン海プレートの下に沈み込み、日本海溝やマリアナ海溝が形成されている。イザナギプレートは、白亜紀前期(1億4500万年~1億年前)にアジア大陸東縁で南から北へ、1年間に約20cmといった速い速度で沈み込んでいたプレート。アジア大陸の下に完全に沈み込んでしまい、いまは地表には存在しない。



論文情報

タイトル:Remnants of shifting early Cenozoic Pacific lower mantle flow imaged beneath the Philippine Sea Plate
著者:Jianke Fan, Dapeng Zhao, Cuilin Li, Lijun Liu, Dongdong Dong
掲載誌:Nature Geoscience
DOI:10.1038/s41561-024-01404-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-024-01404-6



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図1. フィリピン海プレート(Philippine Sea Plate)とその周辺地域の地形図。カラー三角は本研究で利用した地震観測点。緑三角は国際地震センターがコンパイルした定常観測点。赤三角は東京大学地震研究所が展開した海底地震観測点。紫三角は中国科学院海洋研究所が設置した海底地震観測点。鋸歯状線は海溝(trench)を表し、プレートが地球内部へ沈み込む入口である。


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図2. 本研究で求めたP波方位異方性(azimuthal anisotropy)トモグラフィーの平面図(a-f)と深さ(depth) 20-1600 km範囲の断面図(g, h)。断面の位置は平面図fにある青線で示す。平面図の深さは700 km(a), 800 km(b), 900 km(c), 1100 km(d), 1300 km(e)と1600 km(f)。背景の色はP波等方速度のずれ(Vp anomaly)を示す。赤色、白色と青色はそれぞれP波の低速度、平均速度と高速度を表す。平面図(a-f)にある黒色のバーはP波異方性の速い方向を示す。断面図(g, h)にある赤破線は410 kmと660 km不連続面を示す。断面図(g, h)にある黒色のバーもP波異方性の速い方向を示し、縦バーは南北方向、横バーは東西方向を示す。バーの長さは異方性の強さを表し、そのスケールは図の右下に示す。は活火山。白い丸は小地震。二つの青色の異常体(H1とH2)は沈み込んだ古いイザナギプレートの残骸である。


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図3. 本研究の結果を示す模式図。赤点線は410 kmと660 km不連続面を示し、それらに挟まれる地層はマントル遷移層(mantle transition zone)という。深さ700 kmくらいまでの黄緑色の板状物は伊豆―小笠原―マリアナ海溝(Izu-Bonin-Mariana trench)から沈み込んでいる裂けた太平洋プレート(Pacific slab)を表す。白いバーは約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物を表す。二つの青色の異常体(H1とH2)は沈み込んだ古いイザナギプレートの残骸で、その中の灰色の破線は約4千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物を表す。



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科
地震・噴火予知研究観測センター[web
教授 趙 大鵬(ちょう たいほう)
Email:zhao[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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