東北大学 大学院理学研究科・理学部

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線虫のゲノムで活発に動く 新規"転移因子"の発見
形質進化の研究等の今後の展開に期待

発表のポイント

● 石垣島で発見された線虫シノラブディティス・イノピナータ(Caenorhabditis inopinata(注1)から、ゲノム上を活発に移動する活性を持つトランスポゾン(注2)を発見しました。

● このトランスポゾンおよびその近縁のトランスポゾンから派生したと推測される小型のトランスポゾンがゲノム内に1000コピー以上存在し、その近くに位置する遺伝子の発現量を増加させる傾向があることを明らかにしました。

● 本研究はトランスポゾンの増幅と転移が、生物の進化に及ぼす直接的な影響を示唆する重要な成果です。

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詳細な説明

トランスポゾン(動く遺伝子)はゲノム上を転移することにより、ゲノム配列の変化を引き起こします。石垣島で最近発見された新種の線虫シノラブディティス・イノピナータ(Caenorhabditis inopinata;以後、C. イノピナータ)のゲノムには、モデル生物として広く用いられているシノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)よりも多くのトランスポゾンが含まれていることが報告されていました。

東北大学大学院生命科学研究科の畑中龍平大学院生、杉本亜砂子教授らの研究グループは、C. イノピナータのゲノムから、活発に転移する活性を持つ自律性トランスポゾンおよびその近縁のトランスポゾン、さらに、これらから派生したと推測される1000コピー以上の非自律性トランスポゾンを発見しました。また、これらのトランスポゾンは、近傍に位置する遺伝子の転写活性を亢進させる傾向があることも明らかにしました。

本研究成果は、トランスポゾンの増幅と転移が、ゲノム構造の変化を通じて生物の形質進化に及ぼす影響についての貴重な手がかりを提供するものです。 

本成果は、2024年4月29日に著者校正版が遺伝学の専門誌GENETICSに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

トランスポゾンは、ゲノム上を移動することができるDNA配列です。トランスポゾンの増幅および転移は、遺伝子の発現に影響を及ぼしたり、遺伝子変異を引き起こしたりします。そのため、トランスポゾンは生物の進化において重要な役割を果たしていると考えられています。 最近、石垣島のイチジク花嚢から発見された新種の線虫シノラブディティス・イノピナータ(Caenorhabditis inopinata;以後、C. イノピナータ)は、モデル生物として広く用いられているシノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans;以後、C. エレガンス)に最も近い種ですが、生殖システムや体長、生育環境などが大きく異なります。ゲノム解析の結果、C. イノピナータはC. エレガンスよりも多くのトランスポゾンが含まれていることが報告されていました(参考文献1)。


 

今回の取り組み

本研究では、研究室での培養中に自然発生したC. イノピナータの形態異常変異体の単離をきっかけとして、hATファミリーに属する新規自律性トランスポゾンCi-hAT1を同定しました(図1)。さらに、Ci-hAT1と配列が類似したCi-hAT2、Ci-hAT3、Ci-hAT4に加えて、Ci-hAT1とCi-hAT4から派生したと考えられる小型の非自律性トランスポゾン(MITE)(注3)、mCi-hAT1(約800コピー)とmCi-hAT4(約240コピー)も同定しました。

Ci-hAT1については、数年間で少なくとも3回の転移が検出されましたが(図2)、Ci-hAT2〜4は転移頻度が低く、それぞれの活性レベルに違いがあることが示されました。また、2種類のMITE、mCi-hAT1とmCi-hAT4のゲノム上の分布パターンには顕著な違いが見られ、mCi-hAT1は染色体腕部に集中しているのに対し、mCi-hAT4は染色体全体に均等に分布していました(図3)。この違いは、各MITEの転移活性は親トランスポゾンであるCi-hAT1とCi-hAT4の転移活性に依存しているためだと推測されました。

さらに、C. イノピナータとC. エレガンスの遺伝子転写プロファイルの比較解析から、mCi-hAT1またはmCi-hAT4の近傍に存在するC. イノピナータの遺伝子群は、対応するC. エレガンスの遺伝子群よりも転写活性が高い傾向があることがわかりました。これは、トランスポゾンの増幅や転移が、遺伝子の発現パターンを変化させることで、形質進化に寄与する可能性を示唆するものです。


 

今後の展開

ヒトやC. エレガンスを含む多くの生物種では、トランスポゾンの転移を抑制するしくみが働いていますが、C. イノピナータではこの抑制メカニズムが何らかの理由により解除されており、トランスポゾンが活発に増幅・転移していると推測されます。本成果は、脱抑制(活性化)されたトランスポゾンが、その増幅・転移を介してゲノム全体で遺伝子の発現パターンの変化を引き起こし、形質進化を促進し得ることを示唆した重要な発見です。C. イノピナータではトランスポゾンの転移が活発に起きていることから、トランスポゾンがゲノム進化や形質進化におよぼす影響の解明に適した実験系としてさらに広く活用されることが期待されます。

また、今回発見された自律性トランスポゾンは、外来DNA断片をゲノムに挿入するための遺伝子導入ツールやゲノム改変ツールとして、バイオテクノロジー分野での応用も期待できます。


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図1. C. イノピナータにおけるトランスポゾン挿入変異体の分離
C. イノピナータ雌成虫の野生型とトランスポゾン挿入によるBli(Blister=水膨れ)変異体。矢頭は表皮上の水膨れを示す。


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図2. トランスポゾンCi-hAT1の構造と転移
(上)Ci-hAT1の模式的構造。末端に逆方向の反復配列を持ち、内部に転移酵素をコードする配列が存在する。(下)研究室における数年間の培養中に検出された3回の転移によるCi-hAT1の挿入部位。


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図3. C. イノピナータの各染色体におけるmCi-hAT1とmCi-hAT4の分布
遺伝子(上段、黒)、mCi-hAT1(中段、赤)、mCi-hAT4(下段、青)の分布。mCi-hAT1は各染色体の両腕に多いのに対して、mCi-hAT4は全体に均等に分布している。いずれもX染色体上には少数しか存在しない。



謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)、戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR18S7)、および、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING, JPMJSP2114)の支援を受けて実施されました。



参考文献

1. N. Kanzaki, et al. (2018) Biology and genome of a newly discovered sibling species of Caenorhabditis elegans. Nature Communications 9, 3216.
2018年8月17日付東北大学プレスリリース
石垣島でモデル線虫 C. elegans の姉妹種発 新たなモデル生物として動物の進化や多様性を生み出すしくみの解明



用語説明

注1. シノラブディティス・イノピナータ(Caenorhabditis inopinata):石垣島のイチジク花嚢から最近発見された線虫。モデル生物として60年近く用いられている線虫シノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)に最も近縁の種だが、この2種間で体長や生殖システム、生育環境などが顕著に異なることから、進化生物学の比較モデル系として注目されている。
注2. トランスポゾン:ゲノム上を転移できるDNA配列。転移することによりゲノム配列の変化や遺伝子変異の原因となり、新たな遺伝的特徴の出現や遺伝的多様性の増加に寄与していると考えられている。
注3. MITE (Miniature Inverted-repeat Transposable Elements):短い逆向きの反復配列を持つ小型のトランスポゾン。MITEは自己複製能力を持たない非自律性トランスポゾンである。自己複製能力を持つ(=自律性)トランスポゾンが持つ転移酵素の機能に依存して転移すると考えられている。



論文情報

タイトル:The impact of differential transposition activities of autonomous and non-autonomous hAT transposable elements on genome architecture and gene expression in Caenorhabditis inopinata
著者:Ryuhei Hatanaka, Katsunori Tamagawa, Nami Haruta and Asako Sugimoto*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 発生ダイナミクス分野・教授・杉本 亜砂子
掲載誌:GENETICS
DOI:10.1093/genetics/iyae052



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科
教授 杉本亜砂子
TEL: 022-217-6194
Email: asugimoto[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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