東北大学 大学院理学研究科・理学部

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環境変化の結末を「予測」できるのはどんな生態系?
ネットワーク不確定性を生む生態学的メカニズムを理論的に解明

発表のポイント

● 生態系のどのような特徴が、複雑な種間関係ネットワークに加わる撹乱の影響を予測困難にするのかはほとんど分かっていませんでした。

● 多様な種間相互作用のバランスが、そのようなネットワーク不確定性を引き起こす鍵であることを理論的に示しました。

● 環境変動が引き起こす生態系インパクトの予測可能性の理解だけでなく、撹乱の結果から因果関係を推定するネットワークの逆同定にも応用でき、生態学以外の様々な分野で重要な知見を与えうる研究成果です。

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概要

第三者を介した間接的な相互作用は、直接的な種間関係からは予期できない「敵の敵は味方」のような結果を引き起こすことがあります。特に複雑なネットワークでは、膨大な数になる間接効果が撹乱の影響を予測困難にすると考えられてきました。しかしながら、このネットワーク不確定性がどのような生態系で生じるかについてはほとんど分かっていませんでした。

東北大学大学院生命科学研究科の川津一隆助教は、ランダム行列理論(注1)と呼ばれる数学理論を用い、多様な種間関係のバランスが不確定性を創発する鍵であることを世界で初めて示しました。具体的には、不確定性は上位捕食者が卓越する食物網で一般的なのに対し、従来の予測に反して競争/協力関係を多く擁する群集では起こりにくいことを明らかにしました。

本研究で提示した撹乱に対する生態系応答の予測可能条件は、生物多様性の保全に重要な示唆を与えるほか、結果から因果関係を推定するネットワーク逆同定にも応用でき、医学など他分野への発展も期待されます。

本研究の成果は、2024年6月27日付で科学誌Proceedings of the National Academy of Sciencesにオンライン出版されました。



詳細な説明

研究の背景

環境変動が深刻化する現在、撹乱に対する生態系の反応、すなわち「風が吹くと桶屋はどうなるのか」を事前に理解することは喫緊の課題です。そのためには、群集動態を駆動する種間相互作用を調べる必要があるとされてきました。しかしながら、多種が共存する生物群集では第三者を介した間接的な相互作用が、「敵の敵は味方」のように一対一の種間関係からは予期できない結果を引き起こします。特に多様な生物・非生物要因が関わる複雑ネットワークでは、膨大になる間接効果が環境撹乱の影響を予測しにくくする可能性があります。

それでは、どのような生態系でこのネットワーク不確定性が生じやすいのでしょうか。群集生態学では、複雑な種間関係を群集行列(注2)と呼ばれる行列形式で表現します。そうすることで、種間関係の特徴が系の安定性などの動的振る舞いに与える影響を数学的に扱いやすくできます。ところが、撹乱の長期的影響は群集行列の逆行列(注3)を解析する必要があり、上記のアプローチを適用しにくいという難点がありました。


今回の取り組み

この問題を克服するために、東北大学大学院生命科学研究科の川津一隆助教は、ある条件を満たす場合には逆行列が元の行列の級数展開(注4)で表されるという事実に着目しました。そして、ランダム行列理論を用いてこの条件を満たす群集行列の特徴を解析し、多様な種間関係のバランスがネットワーク不確定性を創発する鍵であることを解明しました。

具体的には、不確定性は、上位捕食者が卓越する食物網で一般的な一方、従来の予測に反して競争/協力的な相互作用が多い群集では起こりにくいことを明らかにしました。同時に、ある生物群集にどんな「風が吹く」かによって結果の予測しやすさが異なることも分かりました。すなわち、生態系に起こり得る撹乱の中に予測が容易なものと困難なものが共存し、捕食―被食関係が多いネットワークほど予測困難な撹乱が多くなることが明らかになりました。


今後の展開

本研究で提示したネットワーク不確定性の基準は、地球沸騰化などの環境変動の対策において種間関係を明らかにすることの重要性を示しています。具体的には相互作用ネットワークに関する情報があることで、予測可能性の観点から生態系の撹乱に対する脆弱性と予測が難しい撹乱の種類を事前に知ることができます。また、観測結果からその因果関係を推定するネットワークの逆同定にも当てはまるため、遺伝子発現回路における制御要因をタンパク質合成の観察から非侵襲的に探索するなどの他分野への発展も期待されます。

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図1. 間接効果による撹乱の予測不可能性。上位捕食者(オサムシ)が中間種(テントウムシ)とエサ(アブラムシ)を捕食する。矢印は直接的な捕食、破線はエサへの間接的な「敵の敵は味方」効果を示す(左図) 。線の太さで表される相互作用の強さに依存して、オサムシの増加がエサ種を増やす場合もある(右図) 。


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図2. 相互作用特性とネットワーク不確定性の関係。群集行列の各要素の平均(横軸)と種i-j/j-i 間相互作用の相関(縦軸)に依存して、ネットワーク内で卓越する種間関係が変わる(左図) 。この種間関係のバランスとネットワークの複雑さによって、生態系に加わる撹乱の予測可能性が決定する(右図) 。



謝辞

本研究はJSPS科研費(JP18K14797)の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. ランダム行列理論:成分がランダムな値を取る行列を研究する数学の一分野。群集生態学では、群集行列の各要素がある確率分布に従うと仮定し、その統計的性質に基づいて生態系の安定性や侵入種が群集に与える影響の解析に用いられます。
注2. 群集行列:共生関係、競争や捕食など多様な種間関係からなる複雑な相互作用ネットワークを行列形式にしたもの。行列の各要素は一つの種が別の種に与える影響の強さを示しており、正・負またはゼロの値を取ることができます。
注3. 逆行列:ある行列Aに対して、その行列をかけ合わせると単位行列(すべての対角成分が1で、それ以外が0の行列)になる行列。すなわち、行列Aの逆行列A-1A×A-1 = IIは単位行列)を満たします。
注4. 逆行列の級数展開:行列Aがある条件を満たす場合、無限級数 I + A + A2 + A3 + ...が逆行列(I + A)-1に収束することがわかっています。本研究では群集行列を級数展開できる形に変換し、ランダム行列理論を用いてその行列の収束条件を解析しました。



論文情報

タイトル:Unraveling emergent network indeterminacy in complex ecosystems: a random matrix approach
著者:Kazutaka Kawatsu*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 助教 川津一隆
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences
DOI:10.1073/pnas.2322939121



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科 兼担 理学部生物学科[web]
助教 川津 一隆(かわつ かずたか)
TEL:022-795-6696
Email:kazutaka.kawatsu.d5[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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