● 視覚を介した相互作用によって魚が群れを形成するメカニズムが理論的に解明されました。
● 視野に映る魚のうち、近距離を高速で運動する魚を選択的に認識して反応することで、群れの柔軟な変形が可能になることが分かりました。
● 2、3匹の魚の行動から大きな群れのパターンまでを統一的に説明できるモデルが提示されました。
魚は一般に広い角度の視野を持ち、群れの中では前後左右にいる多数の魚を見ていると考えられています。しかし魚が行動を決定する際には、近距離を高速で運動する一部の魚だけに注目し、それらの魚の運動に集中的に反応することが最近の実験で明らかになってきました。一方で、このような選択的な相互作用と群れの運動の関係はよく分かっていませんでした。
東北大学大学院理学研究科の伊藤将大学院生と内田就也准教授は、魚の視覚のメカニズムに基づき、視線の運動を取り入れた新しい理論モデルを提唱しました。これにより、2、3匹の標的を追跡する魚の運動から、大きな群れが柔軟に形を変える様子まで、魚の集団行動のさまざまな特徴を再現することに成功しました。
本研究の成果は、生物の視覚に基づく選択的な意思決定と集団行動の関係に新たな理解をもたらすものです。
本研究成果は2024年7月23 日、米国科学アカデミーの刊行する科学誌 PNAS Nexusに掲載されました。
生物の集団行動においては、視覚を介した情報伝達が重要と考えられます。各個体は、近くにいる個体を網膜に投影される像として認識しますが、その情報をどのように処理し、運動に反映しているかについては未だ断片的な知見しかありません。魚は広い角度の視野を持ち、群れの中では多数の他の魚を見ていると考えられますが、多数の魚の情報を統合して次の運動を決定するには大量の情報処理を必要とします。
脊椎動物のモデル実験動物であるゼブラフィッシュなどを用いた最近の研究で、2、3匹の標的を追跡する個体がそのうちの1匹の標的に引き寄せられる様子から、魚は近くの特定の個体を選択的に認識し、それに追随することが判明しています。また、網膜に映る像のサイズや速度が大きいほど、運動への影響が大きいことが分かっています。しかしこのような視覚情報処理の特性が、魚の群れの形成とどのように関係しているかは未解明でした。
今回提案した理論モデルは、各個体は視線方向(注意を向ける方向)にいる個体にのみ反応して運動するという仮説に基づき、視線の時間変化を記述するものです。網膜の各区画に映る像のサイズと速度によって決まる信号を合成し、信号が最も強い方向に視線が誘導されるとすることで、特定の個体に注意を向け続ける効果を導入しました(図1)。
相手の個体に反応して発生する加速度も、相手の像の大きさや方向に依存して変化します。数値シミュレーションにより、2匹または3匹の標的を追跡する個体が、標的のうち1匹を選択して近づく様子が再現されました。また数十~数百匹の個体からなる群れは、一様に回転する群れ、一様に向きのそろった群れ、整列と回転を交互にくり返しつつ旋回する群れ、向きがばらばらの無秩序な群れなど、条件によって多様なパターンを示すことが分かりました。特に、旋回パターンに見られる柔軟な群れの変形は本モデルの特徴であり、各個体が追随する相手を動的に変更することで初めて再現できたものです。さらに、群れの中では近くの個体が視野を遮蔽するため、実質的には少数匹の個体からしか影響を受けないことも確認されました。
視覚を介した選択的な意思決定のメカニズムは、魚のみならずバッタやハエのような昆虫でも存在することが先行研究により示唆されています。また、ムクドリの群れでは各個体は少数匹の個体とのみ相互作用することが知られています。
今回提案したモデルを応用することで、さまざまな生物の群れ形成における視覚相互作用の役割が解明されると期待されます。また、魚に関しては今回のモデルを3次元に拡張することで、ベイト・ボールとよばれる巨大魚群の形成における視覚相互作用の重要性が検証できると考えられます。
図1. モデルの概要。各個体は平面上を運動する平板で表され、他の個体の像のサイズ(角直径)と速度によって網膜上の各区画に信号が生成される。すべての区画からの信号を合成した信号が最も強くなる方向に視線が誘導される。
図2. 2匹(左)または3匹(右)の標的を追跡する個体の運動。等間隔で並んだ標的を追いかける個体の長時間後の位置 x の確率分布を下段に示している。標的の間隔が狭いときはそれらの中央後方に位置しやすいが、標的の間隔が広いときは、左または右の標的の後ろに付きやすい。3匹の場合は中央の標的より左右の標的の方が斜め前にあるため視野に占める面積が大きく、そちらに視線が誘導されやすい。
図3. 数値計算により再現されたさまざまな群れのパターン。矢印とその色は、個体とその運動の向きを表す。旋回する群れでは前方の個体は回転し、後方の個体は直進している様子が分かる。
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 23KJ0171(研究代表者:伊藤将)の助成および東北大学学際高等研究教育院の支援(対象者:伊藤将)を受けて行われました。
タイトル:Selective decision making and collective behavior of fish by the motion of visual attention
著者:伊藤将、内田就也
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 准教授 内田就也
掲載誌:PNAS Nexus
書誌情報:PNAS Nexus, Volume 3, Issue 7, July 2024, pgae264
DOI:10.1093/pnasnexus/pgae264
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
准教授 内田 就也(うちだ なりや)
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