東北大学 大学院理学研究科・理学部

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素早い体色変化を「威嚇の表情」として使うメダカ
〜カモフラージュ機能をコミュニケーションへ転用か?〜

発表のポイント

● セレベスメダカを背景が暗い環境で集団飼育すると、一部の個体の尾ビレで黒色模様が確認されました。黒色模様を持つオスは攻撃性が高く、黒色模様を持たないオスやメスから攻撃されにくくなりました。

● 背景が明るい環境下では黒色模様を持つオスが消失し、集団内での攻撃行動も生じないことから、セレベスメダカは環境に応じて黒色模様を威嚇シグナルとして用いることが判明しました。

● 将来的に、体色変化を介した背景へのカモフラージュ能力がコミュニケーション手段として進化したプロセスの解明が期待されます。

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概要

カメレオンやタコなどの動物種の中には体色を変化させて背景環境にカモフラージュする能力を持つだけでなく、この体色変化を求愛や威嚇などのコミュニケーションに用いている種がいます。このコミュニケーション手段としての体色変化は、背景へのカモフラージュとして機能していた体色変化が進化の過程で「転用」されたものだと考えられています。しかしながら、この進化プロセスを研究するための適切な実験モデルは限られていました。

東北大学大学院生命科学研究科の上田龍太郎氏(博士前期課程学生)と竹内秀明教授、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(理学部附属臨海実験所)の安齋賢教授の研究グループは、メダカ(注1)の一種、セレベスメダカの体色変化が、環境に応じてカモフラージュとコミュニケーション手段の二つの機能を果たすことを明らかにしました。また、セレベスメダカにおいてはカモフラージュの体色変化がコミュニケーション手段として「転用」されたことが示唆されました。

本研究成果は2024年7月24日に学術誌Biology Lettersに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

20240723_100.pngカメレオンやタコ、イカなどの動物種は、体の色を変化させて背景環境に溶け込むカモフラージュの達人として有名です。興味深いことに一部の種においては、この体色変化の能力が異性への求愛やライバルへの威嚇など、同種内でのコミュニケーションにおけるシグナルとしても利用されています。つまり、これらの種の体色変化は、カモフラージュとコミュニケーションという二つの役割を担っていると考えられます。カメレオンの一種、ドワーフカメレオンでは、このコミュニケーション手段としての体色変化は、本来カモフラージュとして使われていた体色変化の機能が転用された結果であると予想されています(参考文献1)。しかし、これらの実験モデルでは実験室内での行動の再現や分子遺伝学的手法の適用が困難であるため、どのような遺伝子や神経基盤の変化を経てこの機能の転用が起こったのか、その進化プロセスについては未だ解明されていません。


今回の取り組み

20240725_200.pngこの問題に取り組むためのモデル生物として、本研究ではインドネシア・スラウェシ島南西部を原産とするメダカ科魚類の一種であるセレベスメダカ(Oryzias celebensis)に着目しました。セレベスメダカのオスは尾ビレに種特有の黒色模様を有しており(図1)、その模様は1分以内という短時間で急速に変化します(動画)。この体色変化は水槽の背景環境を黒から白、または白から黒に変化させることで、黒色模様が消失したり、再び現れたりする現象が急速に起こることが確認されました(図2)。さらに、実験室内での集団飼育条件下では、黒色模様が現れる一部のオスと現れないオスが存在することが観察されました(図2)。しかし、その黒色模様が他個体とのコミュニケーションにおいて、どのような意味を持つのかは謎でした。また、メダカの周囲の背景環境が、体色変化や行動にどう影響するのかについても、明らかになっていませんでした。

そこで本研究では、2つの異なる条件下で、三者関係(オス2匹とメス1匹、またはオス3匹)における体色と攻撃行動の関係を調査しました。1つ目の条件は一般的な実験室飼育条件を模倣した、水槽壁面が藻で覆われた背景が暗い環境、2つ目の条件は水槽が透明で背景が明るい環境です。藻で覆われた暗い背景条件では、黒色模様を持つオスは、黒色模様を持たないオスやメスと比較して、他個体に対してより頻繁に攻撃を行うことを発見しました(図3)。また、黒色模様を持つオスは、黒色模様を持たないオスやメスからほとんど攻撃を受けませんでした(図3)。以上から、黒色模様は他個体に対する「威嚇のシグナル」、いわばヒトの「威嚇の表情」のように機能すると考えられます。対照的に、透明で明るい背景条件では、黒色模様を持つオスと攻撃行動の両方が一度も観察されませんでした(図3)。カモフラージュが優先的に機能したことで、威嚇のシグナルが使用できなくなったと考えられます。これらの結果から、セレベスメダカは環境に応じて体色を変化させ、カモフラージュとコミュニケーションの二つの役割を使い分けていることがわかりました。

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図3. 水槽壁面が藻で覆われた背景が暗い環境と水槽が透明で背景が明るい環境における体色と攻撃行動の関係
暗い背景条件では、黒色模様を持つオスは、黒色模様を持たないオスやメスと比較してより頻繁に攻撃を行い、黒色模様を持たないオスやメスからほとんど攻撃を受けなかった。一方で、明るい背景条件では、黒色模様を持つオスと攻撃行動の両方が一度も観察されなかった。つまり、背景が暗い環境下では、黒色模様は他のメダカに対して威嚇の意味を持つシグナルとして働くが、背景が明るい環境下では、体色の変化はカモフラージュに優先的に用いられ、威嚇シグナルとして機能できなくなったのではないかと考えられる。


今後の展開

背景環境への体色変化を介したカモフラージュは、真骨魚類(注2)の間で広く観察されています。一方、体色の黒色化をコミュニケーションに利用することは、特定の種でのみ観察されています。このことは、背景環境への適応に広く利用されてきたこの形質が、セレベスメダカを含む特定の種において種内コミュニケーションのために転用されたことを示唆しています。セレベスメダカを含むインドネシア原産のメダカ科魚類では、近年リファレンスゲノム(注3)情報の整備やゲノム編集技術(注4)の適用が進んでいることから、カモフラージュ形質がどのようにしてコミュニケーション手段へと転用されたかに関する詳細な分子・神経メカニズムの解明が期待されます。



謝辞

本研究は科学研究費助成事業(JP21H04773, JP21K15143, JP22H05483, JP23H02513 , JP24H01216)、基礎生物学研究所共同利用研究 (22NIBB101, 23NIBB102, 23NIBB421, 24NIBB404)、公益財団法人 三菱財団 自然科学研究助成、公益財団法人 武田科学振興財団 生命科学研究助成の助成を受けて行われました。



用語説明

注1. メダカ:童謡「めだかの学校」のモデルになるなど、日本人に親しまれてきた魚。生物学において日本が誇る実験動物であり、「medaka」は英語としても通用する。日本には2種類のメダカが存在するが、多くの近縁種が東アジアや東南アジアにかけて広く生息している。特に、インドネシア・スラウェシ地方は20種以上のメダカ固有種が存在しており、メダカ科魚類の多様性のホットスポットとして注目されている。
注2. 真骨魚類:ヒトやマウスなどの脊椎動物の進化の過程で、軟骨魚類が分岐した後に現れた条鰭類の中の大きなグループ。マグロ、サケ、コイ、メダカ等の馴染み深い魚を含み、一般的に「さかな」と認識されている分類群。
注3. リファレンスゲノム:ある生物種のゲノムについて、詳細に解読されたゲノム配列情報のこと。一般的にこのゲノム配列情報は、同じ種の他の個体のゲノムを解析する際に基準となる配列として使用される。
注4. ゲノム編集技術:酵素の「はさみ」を使って標的のDNA配列を改変する技術の総称。2020年にノーベル化学賞を受賞したCRISPR/Cas9システムもその一つ。



動画


動画のURL:https://www.youtube.com/watch?v=P-TtXsTtrmk



参考文献

1.Stuart-Fox D, Moussalli A. 2008 Selection for Social Signalling Drives the Evolution of Chameleon Colour Change. PLoS biology. 6, 25.



論文情報

タイトル:Rapid body colouration changes in Oryzias celebensis as a social signal influenced by environmental background
著者:Ryutaro Ueda, Satoshi Ansai*, Hideaki Takeuchi*
筆頭著者情報:東北大学大学院生命科学研究科 脳生命統御科学専攻 博士前期課程 上田 龍太郎
*責任著者:岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域(理学部附属臨海実験所) 教授 安齋 賢
東北大学 大学院生命科学研究科 脳生命統御科学専攻 教授 竹内 秀明
掲載誌:Biology Letters
DOI:https://doi.org/10.1098/rsbl.2024.0159



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科 兼担 理学部生物学科[web]
教授 竹内 秀明
TEL: 022-217-6218
Email: hideaki.takeuchi.a8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
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