● 無限に長い棒を(金太郎飴のように)別の物質で覆って補強するという最適化問題に取り組んでいます。特に、ねじりに対する抵抗(ねじり剛性)が高く、「最大にねじりに強い棒」の形状を解析します。
● 高校数学で習うように、関数の最大値・最小値の求める際に、微分を用います(微分ができる関数の最大点・最小点では微分が必ずゼロになることを使います)。同じように、形状最適化問題を解析するときに、「形状微分」という微分の拡張を使って最適形状を特徴づけます。
● シンプルな設定にも関わらず、解が豊かな構造を持っているところが面白いです。均質媒質の形状最適化問題と違って、複合媒質の場合では様々な解が存在します。特に、与えられた断面の形状によって、自明じゃない補強の方法が見つかります。
私は「形状最適化」の研究をしています。形状最適化問題とは、ある基準に従って構造物の「一番良い形」を決定するという問題です。一般的には、物理現象を記述する偏微分方程式の解を用いて、各形状に"点数を付けて"判断します。
本記事では、棒のねじれに対する抵抗を表す「ねじり剛性」を基準にして、できるだけ丈夫な(つまり、ねじり剛性が一番高くなるような)棒のかたちの研究を紹介します。均質媒質でできた棒なら、断面が円いものがねじり剛性を最大化します。
また、二つの物質を合わせて作った棒の場合の解析は一段と難しくなります。特に、与えられた棒(芯)を別の物質で覆って補強する問題に対しては、全体の断面を円くするより、芯の形に応じて最適な覆い方が存在します。
まず、問題設定を紹介します。皆様おなじみの金太郎飴のような構造を持つ、非常に長い棒を考えます。この棒は、図1で示しているように、二つの物質を合わせて作られていて、芯を別の物質で覆ってできたものです。また、棒の断面の形と物質の配置が一様であることに注意します。以下では、芯の断面(金太郎の顔に相当する部分)の形状をDと呼び、全体の断面の形状をΩと呼びます。言い換えれば、DとΩの組で棒の形が決まります。
図 1: 問題設定と金太郎飴。
本研究の目的は、与えられた芯の断面Dに対して、それを最大に補強できるΩの形を決めることです。まず、「最大に補強できる」の意味を説明します。ここで、棒をねじったときに生じる抵抗を表す「ねじり剛性」という物理量ができる限り大きくなるように芯を覆います。その結果、最大に丈夫な(つまり、ねじりづらい)棒が出来上がります。
「ねじり剛性」は、ねじりに伴って物体の各点に生じる応力の総和(積分(注1))として定義されます。一般的には、各点にかかる応力が違いますので、複雑な形の構造物のねじり剛性の計算は容易なものではありません。実際、一般の構造物の応力関数を求める際、15個の独立偏微分方程式(注2)と同数の未知関数(3つの平衡方程式、6つのひずみ-変位方程式、6つの構成方程式)を考慮する必要があり、精密な解析がとても困難になります。一方で、一様な断面を持つ無限に長い棒というシンプルな形状をしている構造物なら、応力関数は次のように一つの偏微分方程式だけで求められます。
ここで、σ1とσ2はそれぞれの物質の柔軟性を表す正の定数です(つまり、σ1とσ2が大きければ大きいほど、物体がねじれやすいです)。
この記事の読者は、問題(1)の各項の意味を理解しなくても結構ですが、とりあえず解uは二つの条件を満たしていることに注意しましょう。それらは、領域内(in Ω)で課された偏微分方程式と領域の境界(注3)上(on ∂Ω)で課された境界条件(この場合では、応力関数uが境界上で消えるという条件)。偏微分方程式論では、このような「領域内の方程式+境界条件」の問題を「境界値問題」と呼びます。以上の境界値問題(1)は、どんな領域Ωに対しても、解をちょうど一つ持ちます(一意可解性)。また、応力関数を簡単に導くために、棒は「無限に長い」という非物理的な仮定を置きましたが、実際のサイズに関わらず、細長い(つまり、長さ>>断面の直径が成立するような)棒の応力関数は(1)の解で近似できます。この数理モデルが用いられているの応用例としては、花の茎のねじり剛性等の計算[1]が挙げられます。
ここまでの話を振り返りましょう。無限に長い棒の断面を表す組(D,Ω)を与えたら、境界値問題(1)の解uをΩ上で積分したら(つまり、uのグラフの下の体積を求めたら)、棒のねじり剛性が求まるということが分かります。また、本研究の目的は、このようにして求めたねじり剛性を最大化するようなΩの形状を決定することです。つまり、与えられた芯の断面Dに対して、Dを含む領域Ω全体の集合を定義域とする関数の最大値を求めます。高校数学では、区間上で定義された関数の場合、その最大値の候補として、導関数が消える点(臨界点)を調べる手法を習います。実際、「形状」を入力とする「形状汎関数」の場合でも同様な手法で最大値は調べられます。そのため、まず、形状汎関数にも適用できるように微分という概念の一般化を考える必要があります。このとき、時間パラメータtに沿って形状Ωの境界∂Ωを少しずつ変形させます。こうすれば、区間上で定義されている関数の場合に帰着できました。その結果、最適形状に対して、どんな変形の仕方を考えても、パラメータtに関する微分がゼロにならざるを得ないことが分かります。この議論をねじり剛性汎関数に適用して計算を頑張れば、芯Dを覆う最適な形状Ωに対して、問題(1)の解uは次の条件を満たすことが分かります。
この条件を平たく説明すれば、応力関数uのグラフはxy平面と一定の接触角を持つということです(図2を参照)。
図 2: 応力関数のグラフz=u(x,y)が一定の接触角を持ちます。
今まで得られた情報を整理をしますと、関数uは(1)にある境界条件(Dirichlet境界条件(注4)という)に加えて、(2)の境界条件(Neumann境界条件(注5)という)を同時に満たします。このような「領域内の方程式+2つの境界条件」の問題を「過剰決定問題」もしくは「優決定問題」と呼びます。(1)-(2)を合わせた過剰決定問題は必ずしも解を持つとは限りません(非可解性)。なぜなら、与えられた組(D,Ω)に対して、境界値問題(1)を満たすたった一つの関数uは同時に(2)も満たす保証がないからです。つまり、境界値問題(1)の解が追加の条件(2)も満たすように、領域Ωをうまいこと選ぶ必要があります。このようなΩは芯を覆う最適な形状(の候補)になります。
先行研究では、均質媒質でできた棒の場合(つまり、Dがない場合)のみ扱われています。実際均質媒質のとき、J. Serrin [2]は、過剰決定問題(1)-(2)が解を持つ領域Ωは円板に限ることを示しました。言い換えれば、J. Serrinの結果によれば、均質媒質でできた無限に長い棒のうち、断面が円形のものが一番ねじりに強いです。
J. Serrinの提唱した手法(平面移動法)では、巧妙に物質の均質性を利用して、「どんな方向に対して折り返しても領域Ωが対称である」(つまり、Ωが円形である) ことを示しました。同じ手法は、複合媒質の場合には適用できるとは限らないことに注意します。実際、別の物質でできた芯を考える場合、最適なΩの形が円形ではないことになります。本研究では、最適形状Ωの幾何学的形状について考察します。
まず、DとΩが同心円板の場合を考えます。このとき、設定の対称性から、境界値問題(1)の解のグラフz=u(x,y)はz軸に対して回転対称であることが分かります。特に、一定の接触角の条件(2)も満たされます。つまり、同心円板の場合では過剰決定問題(1)-(2)が可解になります。私は、この断面が同心円板からなる棒のことを、本問題の「自明解」と呼びます。さて、過剰決定問題(1)-(2)を可解にするほかのDとΩの非自明な組は存在するのでしょうか?
本問題の非自明な解を構成するためには、次のような摂動の議論を使います。まず、(1)と(2)を同時に満たす同心円板(D,Ω)から始めて、Dの境界∂Dを好きなように変形します。このとき、∂Dに加わった摂動が十分小さければ、境界値問題(1)の解uのグラフはほぼ一定の接触角を持ちます。次に、∂Ωに「適切な摂動」を加えることによって、接触角が一定になるように修正します。
論文[3]では、以上の過程で非自明な組(D,Ω)の構成に成功しました。また、同論文では数値計算も行いました。その結果、最適なΩは与えられた芯Dの形の影響を受けて、対称性、ぼんやりとした形のうねり等、様々な幾何学的な性質が遺伝されることを明らかにしました。
論文[4]では、考えられる摂動のクラスを広げました。実際、芯の形状をチュロスのようにギザギザに摂動しても、対応する最適なΩが存在することを示しました。また、図3で示しているように、Dの境界をギザギザに摂動しても、対応する最適なΩは滑らであることを証明しました。
図 3: 非自明な組の構成例。
ここで金太郎飴の例にもう一回触れましょう。金太郎の顔を表す芯が白い飴で覆われている状態です。このときは、使っている素材は同じですので (色だけ違いますが)、実質上、均質媒質になります。そのため、J. Serrin [2]の結果によって、(通常の)断面が円形の金太郎飴が最適な形をしていたことが分かります。今回、飴の色によって素材の柔軟性σ1,σ2(ねじりやすさ)がわずかに異なる場合を考えてみましょう。このとき、素材の違いがわずかですので、最適形状には劇的な変化が見られないはずです。実際、論文[5]では、「均質媒質に近い」場合の最適形状は円形に近いことを示しました。詳しく言えば、以上の「均質媒質に近い」という状況は概ね二つ考えられます。一つ目は媒質の柔軟性の値が近いこと(σ1≈σ2)であり、二つ目は芯の断面自体が極めて小さいということです。どちらのケースでも、最適な断面が円形に近いことを厳密に証明しました。
本研究の最終的な目的は、全ての形状Dに対する最適なΩの構成及びその形状の解析です。現段階では、円形から遠い形の芯に対して、最適なΩの存在すら知られていません。実際、古典的な手法に基づく最適なΩの存在証明は困難だと思われます。そのため、まず扱える摂動のクラスを広げることを近年の目標としています。特に、従来の理論の枠組みで扱ってきた摂動と違って、「境界の変動」だけで表現できないような(つまり、位相(注6)の変化を許すような)新しい摂動のクラスに焦点を当てたいと考えています。この新しい摂動の具体例としては、「与えられた図形に小さい穴をあける操作」(図4のパックマンの「目」を参照)、「与えられた図形に切り込みを入れて、その部分を少し開くように変形する操作」(図4のパックマンの「口」の部分を参照)、「与えられた図形の外に小さい集合を付け加える操作」(図4のパックマンの手前にある「三つの玉」を参照)、といった摂動法が挙げられます。この新たな摂動を導入することで、研究できる複合媒質の構造の種類が広がります。
図 4:今後考えていきたい摂動の三種類を全部組み合わせて作成した「パックマンのような」摂動の例。
本研究はJSPS科研費 JP22K13935、JP23H04459、JP21KK0044、JP20K22298の助成を受けて行われています。
注1. 積分:この記事では、「(二)重積分」の意味で使っています。「多変数関数(複数の変数に依存する関数)のグラフの下の体積を表す量」というふうに直感的に理解できます。
注2. 偏微分方程式:多変数関数の様々な変数に対する変化(偏微分)を用いて記述される方程式のことです。また、偏微分方程式の「解」は「数」ではなくて、「多変数関数」であることに注意します。有名な偏微分方程式の例としては、熱がどう広がるかを記述する「熱方程式」や、水の波がどう動くかを記述する「波動方程式」等が挙げられます。
注3. 境界:図形の「縁(ふち)」に当たる部分です。例えば、「円板」の境界は「円」であり、「球体」の境界は「球面」です。境界を表す記号として∂が使われます。なお、境界を除いた部分のことを「内部」と呼ばれます。
注4. Dirichlet境界条件:境界上で関数の値を固定する条件です。
注5. Neumann境界条件:境界上で関数の微分値(つまり、接触角)を固定する条件です。
注6. 位相:図形や空間の形や構造に関する性質を指す数学の概念です。簡単に言うと、「曲げたり、伸ばしたりしても変わらない形の特徴」を考えるときに使います。特に、与えられた図形に切り込みを入れたり、穴をあけたりすると「位相が変わる」と言います。
[1] P. Dondl, A. Maione, S. Wolff-Vorbeck, "Phase field model for multi-material shape optimization of inextensible rods", ESAIM: Control, Optimisation and Calculus of Variations 30 (2024), 50.
https://doi.org/10.1051/cocv/2024039
[2] J. Serrin, "A symmetry problem in potential theory". Archive for Rational Mechanics and Analysis, 43 (1971), 304-318.
https://doi.org/10.1007/BF00250468
[3] L. Cavallina, T. Yachimura, "On a two-phase Serrin-type problem and its numerical computation",ESAIM: Control, Optimisation and Calculus of Variations, 26 (2020), 65. https://doi.org/10.1051/cocv/2019048
[4] L. Cavallina, "The simultaneous asymmetric perturbation method for overdetermined free boundary problems", Nonlinear Analysis, 215 (2022), 112685.
https://doi.org/10.1016/j.na.2021.112685
[5] L. Cavallina, G. Poggesi, T. Yachimura, "Quantitative stability estimates for a two-phase Serrin type overdetermined problem", Nonlinear Analysis, 222 (2022), 112919.
https://doi.org/10.1016/j.na.2022.112919
東北大学大学院理学研究科数学専攻[web]
助教 CAVALLINA, Lorenzo(かゔぁっりーな ろれんつぉ)
E-mail: cavallina.lorenzo.e6[at]tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください