● カーボンナノチューブ(注1)の原子配列であるカイラリティ(注2)を制御して合成可能な新触媒を発見しました。
● カイラル指数(注2)(6,5)のカーボンナノチューブを超高純度(≧95%)で合成することに成功しました。
● 30年以上未解決のカイラリティ制御合成に新たな道筋を示したことで、今後革新的半導体デバイス創出の可能性とその社会実装が期待されます。
炭素原子の六員環が平面状につながったグラフェンシートが円筒状に丸まったカーボンナノチューブ(CNTs)は、優れた導電性や半導体特性、光学特性、高い機械的強度を有することから、次世代のエレクトロニクス分野における新素材として大きな注目を集めています。特に一層のグラフェンシートから構成される単層CNTsは、次世代半導体デバイス分野において期待されています。産業応用に向けてはカイラリティと呼ばれる炭素原子一つ一つの並びを制御できないことが大きな障壁であり、CNTsの発見から30年以上未解決の究極の課題とされてきました。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)/大学院工学研究科電子工学専攻の加藤俊顕准教授らのグループは、CNTsの新たな構造制御合成法の開発に成功しました。本研究では、これまで着目されてこなかった多種類の元素を混合した新たなCNTs成長用触媒開発に取り組み、ニッケル(Ni)、スズ(Sn)、鉄(Fe)を混ぜ合わせたNiSnFe触媒が極めて特殊なCNTs成長触媒として作用することを発見しました。このNiSnFe触媒を用いて合成条件を最適化することで、95%以上の超高純度で(6,5)カイラリティCNTsのみを選択的に合成することに成功しました。
本成果は2024年8月20日(現地時間)に米国科学雑誌ACS Nano(電子版)に掲載されました。
なお本成果は、同大学大学院理学研究科の是常隆教授、同大学材料科学高等研究所の井上和俊准教授、産業技術総合研究所の劉崢上級主任研究員、理化学研究所の加藤雄一郎主任研究員と寺嶋亘研究員、東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一特別研究教授(東北大学材料科学高等研究所兼務)、東京大学・日本電子産学連携室の斎藤光浩副室長等のグループとの共同研究によるものです。
新たに発見した三元系触媒により実現した(6,5)CNTsの超高純度合成概念図
グラフェンシートが円筒状に丸まった構造を持つカーボンナノチューブ(CNTs)は、次世代半導体デバイス分野における新素材として非常に大きな期待を集めています。一方で、CNTsの物性は、グラフェンシートを円筒状に丸める際の螺旋度に相当する"カイラリティ"と呼ばれる原子構造(二つの整数n,mの組み合わせで定義:(n,m))によって決定され、原子1個分のわずかな違いによって金属型と半導体型に分類されます。さらに同じ半導体型でもカイラリティの違いによりバンドギャップや量子効率など基礎物性が著しく異なるという特徴をもちます。このため将来的にCNTsを用いた超高性能半導体デバイスを実用化する上では、均質な性質を持つCNTs、つまり一種類のカイラリティのみを用いてデバイスを作製することが理想的です。しかしながら、CNTsのカイラリティを制御することは極めて困難な課題であり、CNTsの発見から30年以上経過する現在においても、当該分野における最も困難な未解決問題として産業応用の大きな障壁となっていました。
コンピュータやスマートフォン等におけるシリコン半導体に見られるように、高性能デバイスを実用化するには、同一の性能を持つ半導体素子を数十億個の規模で集積化することが必要です。一般的な方法で合成したCNTsの中には通常数十種類のカイラリティが混在しているため、それらを用いて数十億個の半導体素子を作製しても、素子毎の特性のばらつきが大きく実用的なデバイスにはなりません。そこで、一種類のみのカイラリティが含まれるCNTsを初期原料として使うことが求められています。この一種類のカイラリティのみが含まれるCNTs原料を得る方法は主に二つあり、一つは様々なカイラリティが混在した多量のCNTsの中から化学的に特定のカイラリティを分離・抽出する方法、もう一つは一種類のカイラリティのみを選択的に直接合成する方法です。前者の技術進展は目覚ましく、現時点で既に様々なカイラリティのCNTsを90%以上の高純度で単離・分離可能となりつつあります。この分離・抽出技術は有望な技術である一方で、分離プロセスの過程でCNTs表面に不純物や欠陥が導入されてしまい、CNTs本来の性能を損ねてしまう課題があります。これに対して後者の特定のカイラリティのみを高純度で直接合成する方法では、分離プロセスが不要なため、成長したままの高品質かつ清浄な界面を持つCNTsを直接デバイスに応用することが可能です。従って特に超高性能の次世代半導体デバイス開発に向けては、特定のカイラリティのみを直接合成する手法に大きな期待が集まっています。
CNTsの合成は、通常ナノスケール触媒粒子(注3)を用いて行われ、主にコバルト(Co)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)等の遷移金属触媒が単独で、あるいは他の元素を混ぜた二種類の合金触媒として用いられてきました。これに対して、三種類以上の触媒金属を混ぜ合わせた合金触媒に関しては、CNTs合成自体の研究がほとんど行われておらず、カイラリティ制御に与える触媒効果に関しては完全に未開拓な研究領域となっていました。複雑な多元系合金において新しい機能が発現することは、これまで超電導材料、磁性材料、及び各種触媒等多くの分野で既に多くの報告例があったことから、多元系合金ナノ粒子がCNTsのカイラリティ制御合成用触媒として機能する可能性は十分あると考えました。そこで、研究グループはNiを基本触媒として、これに様々な元素を第二因子として追加した四十一種類の二元系触媒を作成し、CNTs合成実験を網羅的に行いました。その結果、Niにスズ(Sn)を混ぜた触媒において(6,5)CNTsの純度が80%以上に向上(Ni単体触媒では34%)することを発見しました(図1(a))。そこで、さらにこのNiSn触媒に十八種類の元素を第三因子として追加した三元系触媒を探索したところ、Feを混ぜたNiSnFe触媒において、(6,5)CNTsの合成量がNiSnに比べ6倍以上向上することを発見しました(図1(b))。この新たに発見したNiSnFe触媒を用いて、合成温度や前処理などの合成条件を詳細に最適化した結果、最終的に95%以上の超高純度で(6,5)CNTsを直接合成することに成功しました(図1(c-e))。
詳細な合成メカニズム解明にも取り組み、NiSnFe触媒ナノ粒子がNiのコアとNiOのシェルに分かれたコア/シェル構造(注4)を取ること、Niのコア部分がNi+SnとNi+Feの領域に偏析することを明らかにしました。また、Ni+Snのコア部の一部にNi3Snという特異な結晶が存在することを見出しました(図2)。系統的な実験と密度汎関数理論(DFT)計算により、このNi3Sn(0001)面の特定の原子配列が今回の(6,5)CNTsのカイラリティを決めている主要因であることを明らかにしました。
さらに、超高純度(6,5)CNTsにおいて興味深い物性も確認されました。超高純度(6,5)CNTsが束状に集合した(6,5)CNTsバンドル構造が頻繁に観測され(図3(a-d))、孤立状態の(6,5)CNTsに比べ蛍光発光寿命が20倍以上長寿命化することが明らかになりました(図3(e,f))。これは、同じカイラリティのみから構成された特異な束状構造が、ある種の超結晶(注5)に近い構造体(図3(d))を持ったことによる効果と考えております。このように同一のカイラリティCNTsのみを束ねて結晶構造を形成することで、将来的にCNTs超結晶が形成できる可能性があり、今後新たな研究領域への広がりが期待できます。
本成果は、これまで着目されてこなかった多元系触媒とカイラリティ制御合成の関係に焦点をあてたものであり、網羅的な探索によりNiSnFeという新触媒の発見に至り、(6,5)CNTsの超高純度合成が実現できました。さらにそのメカニズムが触媒表面の原子配列とナノチューブ端の炭素原子の配列の整合性により説明できることを明らかにしています。このことは、今後さらに様々な多元系触媒を探索することで、他のカイラリティに対しても単一カイラリティ制御合成が実現できる可能性を示唆しています。つまり、30年以上未解決のカイラリティ制御合成という究極の課題に対して、新たな道筋を示したことになり、今後の発展が大いに期待できるものです。また、実際に直接合成した超高純度(6,5)CNTsを超高性能半導体デバイスとして応用する研究も展開しており、既存デバイスの性能を著しく凌駕する革新的半導体デバイス創出の可能性とその社会実装も期待できます。
図1:(a)二元系触媒(Ni+X)と(6,5)CNTs純度の関係。二元系触媒に用いた第二因(X)の原子番号に対する(6,5)CNTs純度のプロット図。(b)三元系触媒(NiSn+Y)と(6,5)CNTsの蛍光(PL)強度(∝合成量)の関係。第三因子(Y)に対する(6,5)CNTsのPL強度依存性。(c-e) NiSnFe三元系触媒を用いて最適合成条件で合成したCNTsの(c)蛍光-励起(PLE)マップ、(d)紫外-可視-近赤外吸収スペクトルと(e)そのフィッティング結果。
図2:NiSnFe触媒の(a)走査透過型電子顕微鏡(STEM)像とその原子構造解析結果、および(b)同一粒子に対する元素マッピング結果。
図3:超高純度(6,5)CNTsから構成された束状構造の(a)低倍率と(b)高倍率の透過型電子顕微鏡(TEM)像。(c)(b)のコントラストをa-bラインで切り出した図。(d)シミュレーション解析から推測した(6,5)CNTs束状構造のモデル図。(e)孤立した(6,5)CNTsと(f)束状(6,5)CNTsのPL寿命特性。
本研究の一部は、JST-CREST(JPMJCR23A2)、科研費 基盤研究(A)(JP23H00097、JP23H00262)、基盤研究(B)(JP20H02558)、学術変革領域(A)「2.5次元物質科学」公募研究(JP22H05441)、挑戦的萌芽研究(JP23K17756)、住友財団、矢崎科学技術振興記念財団、村田学術振興・教育財団、三菱財団、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の支援を得て行われました。
注1. カーボンナノチューブ:直径0.4~数十ナノメートルの一次元構造を持つ炭素のみから構成されたナノ材料。炭素原子の六員環が平面状につながったグラフェンシートが円筒状に巻かれた構造を持ち、シートの層数により単層ナノチューブと多層ナノチューブに分類される(本研究は単層ナノチューブ)。優れた導電性や半導体特性、光学特性、及び機械特性を持つことから様々な分野への応用が期待されている次世代ナノ材料。
注2. カイラリティ、カイラル指数:ナノチューブを構成する際のグラフェンシートの螺旋度に相当する構造因子。グラフェンシートを構成する六員環の隣り合う二つの辺それぞれの法線の単位ベクトルをa1、a2、合成ベクトルC=na1+ma2(n、mは整数)と表記する。カイラリティは、カーボンナノチューブを軸方向に展開したグラフェンシート構造において、基準となる六員環が次に重なる位置のカイラル指数(n,m)で表現される幾何学構造。ナノチューブの電子状態はカイラリティによって決定する。
注3. ナノスケール触媒粒子:単層CNTsの成長には5ナノメートル以下の直径を持つナノ粒子が必要とされる。ナノ粒子の粒径を変化させることである程度のCNTs直径制御は可能だが、同じ直径のCNTsでも複数のカイラリティが存在することから、触媒粒径制御のみではカイラリティ制御には直結しないと考えられている。
注4. コア/シェル構造:ナノスケールで異なる球状材料が層状に重なった構造。内部の「コア」部分が一種類の物質で構成され、その周囲を異なる物質の「シェル」が覆っている構造。この構造は、両方の材料の特性を組み合わせることで、機能性を高めたり、安定性を向上させたりするために利用されている。
注5. 超結晶:特定の原子や分子が規則的に並んだナノスケールの人工的な結晶構造。通常、複数の種類のナノ粒子や量子ドットなどが自発的に自己組織化して形成されるもので、従来の単一元素の結晶とは異なり、複合材料としての新しい物性や機能を持つことが期待されている。
タイトル:Synthesis of Ultrahigh-Purity (6,5) Carbon Nanotubes Using a Trimetallic Catalyst
(3元系触媒による(6,5)カイラリティカーボンナノチューブの超高純度合成)
著者:Satoru Shiina, Tennpei Murohashi, Koyo Ishibashi, Xing He, Takashi Koretsune, Zheng Liu, Wataru Terashima, Yuichiro K. Kato, Kazutoshi Inoue, Mitsuhiro Saito, Yuichi Ikuhara, Toshiaki Kato
*責任著者:東北大学材料科学高等研究所 准教授 加藤 俊顕
掲載誌:ACS Nano
DOI:10.1021/acsnano.4c01475
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 是常 隆(これつね たかし)
E-mail:koretsune[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください