● 実験室での小鳥の自然な動きと視線を解析するモーションキャプチャー行動解析システムを開発しました。
● 開発したシステムを用い、小鳥が他個体との相互作用中にとる行動や、液晶モニタ内に提示された個体に対して取る行動の詳細を観察しました。
● 小鳥は対象に応じて行動を変化させたり、左右の視野を使い分けたりすることを明らかにしました。
一般に小鳥と呼ばれる鳴禽類(スズメ亜目)は、社会性が高く、音声や動作を用いて仲間とコミュニケーションをとりますが、彼らがどのようにして他の個体を認識し、注意を向けるのかについて客観的に観察することは困難でした。
東北大学大学院生命科学研究科の藤林瑞季(ふじばやし みずき)博士前期課程大学院生、安部健太郎(あべ けんたろう)教授(高等研究機構・言語AI研究センター兼任)は、小鳥の注意視線を可視化できる行動解析システムを新たに開発しました。これは、小鳥の頭部にプラスチック製の軽量マーカーを設置し、その動きを高精度に追う、マーカー付きモーションキャプチャーシステム(注1)で、頭の傾きから小鳥の視線を計測できます。この解析システムを用いてキンカチョウが相手によって左右の視野を使い分けること、モニタに提示した仲間の動画にも同様に反応することを明らかにしました。
小鳥が音声・非音声コミュニケーション時にどのように情報を認識し注意を向けるのかを解析し、動物コミュニケーションの脳内機構の解明に貢献することが期待される成果です。
本研究成果は9月4日にCell Reports Methods 誌(電子版)に掲載されます。
図. 開発した行動解析システムのイメージ図
本研究では頭部に装着した色付き軽量マーカーおよび体の動画解析から鳴禽類の体の位置と向き、および頭の角度の情報を高速・高精度に取得、彼らの視線を明らかにし、何に注意を向けているのかを判断します。
ヒト以外の動物が何を考えているのかをヒトが客観的に判断するのは極めて困難です。しかし、動物の認識を判断し、その神経機構を明らかにするためには客観的に動物の主観を評価することが必要です。サルを使用した研究では目の動きを追うことで、動物が何を注視しているのか判断しています。一方、他の多くの動物種では、提示した物体に対し、どれほど対象の動物が近づいたか、などを測定し、観察者の主観によって動物の「注意」の程度を判断することが多く、本当に動物が何を注視しているのかを正確に判断することは、困難でした。
今回、東北大学大学院生命科学研究科の藤林瑞季博士前期課程大学院生、安部健太郎教授(高等研究機構・言語AI研究センター兼任)らのグループは、小鳥の行動と頭部の向きを正確に解析する行動解析システムを(Motion Capture for Finch Behavior Measurements :MCFBM)を開発し、それを用いて、キンカチョウの視線を調べました。
ヒトなどのサルの仲間は網膜上に中心窩(注2)が存在し、物体などの対象を注視する際には、中心窩に結像するように、対象物の方向に目を動かします。一方、実験動物として広く使用されるマウスの眼球には中心窩が存在せず、マウスが何を注視しているのかを正確に判断することは困難です。鳴禽類に属する鳥の仲間の眼球にはサルと同様に中心窩が1つだけ存在し、注視する対象物を主に中心窩で捉えて観察します。一方、頭を動かさずに眼球を回転できるサルの仲間と異なり、鳥類は眼球自体の可動域が小さいため、頭の向きを変えて注視物をとらえます。このため、頭の角度を測定することで小鳥が何を観察しているのか客観的に判断することができます。
今回新たに開発されたMCFBMシステムは、小鳥の頭部にプラスチック製の軽量マーカーを設置し、その動きを高精度に追う、マーカー付きモーションキャプチャーシステムです。小鳥の頭部にマーカーを2つ前後に並べて配置することで、上部より撮影した動画の解析から、特に頭の角度を高精度に測定することができるようになりました。
今回、このMCFBMシステムを使用し、鳴禽類の一種、キンカチョウの行動を解析しました。その結果、MCFBMシステムを使用することで、複数個体の相互作用が高精度に解析できることを確認し、キンカチョウは対象を視認する際には片方の目で捉え、対象によって左右の視野の使い方を変えるというこれまで観察されている事象を確認しました。さらに、液晶モニタ上の人工的な映像の提示に対しキンカチョウがどのように行動するのかを高精度に解析することで、モニタ上の映像から仲間の個体識別ができること、また、学習に応じて行動が変化することを明らかにしました。
本研究では小鳥の動きと注意を高精度に解析するシステムを開発しました。本研究グループは小鳥を研究対象としてコミュニケーション能力の脳内機構の解明に取り組んでいます。コミュニケーションは主観的部分を含むため、コミュニケーションの当事者以外がその内容を客観的に判断することは極めて困難です。今後、このシステムを用いて小鳥がどのようにコミュニケーションシグナルを認識しているのかを明らかにすることを通じ、音声・非音声コミュニケーション能力の脳内機構の詳細の解明に貢献することが期待されます。
図1. MCFBMシステムによる行動解析のイメージ図
本研究では頭部に装着した色付き軽量マーカーおよび体の動画解析から鳴禽類の体の位置と向き、および頭の角度の情報を高速・高精度に取得します。特に頭の角度を計算することで鳴禽類の視線を明らかにし、彼らが何に注意を向けているのかを判断します。
図2. MCFBMシステムを使用した視線解析実験
オスのキンカチョウに対し同種のオス個体(左下)とメス個体(左上)を提示した際の、左右の視野の使い分けを解析しました。メスに対しては右目、オスに対しては左目で視認することが観察されました。
本研究は科研費JP23K18252、JP21K19424(挑戦研究萌芽)、JP24H01218、JP24H02146、JP22H05482(学術変革領域A)、東北大学研究プログラム 挑戦研究デュオ Frontier Research in Duo (FRiD)、東北大学クラウドファンディング「動物の『ことば』を解読する研究促進のため、実験機材購入にご支援を!」(募集期間:2021年12月20日 〜 2022年2月28日)。の支援を受けて行われました。
注1. モーションキャプチャーシステム:被検体の体に小型のマーカーを装着し、カメラで個々のマーカーの位置を記録することにより体の部分の動きを詳細に解析する技術。機械学習を使用したマーカー不要のトラッキング法も近年開発が進むが、より高速かつ高精度に動物の体の動きを解析できる利点がある。
注2. 中心窩:網膜の中心に位置する小さな領域で、視覚が最も鋭敏な部分。この領域には視細胞の一種である錐体細胞が高密度に分布しており、詳細な視覚情報や色を認識する能力が他の領域に比べて高い。動物によって中心窩の有無、形、数は様々であり、鳴禽類はヒトやサルと同じく1つのみ存在する。
タイトル:A behavioral analysis system MCFBM enables objective inference of songbirds' attention during social interactions
著者:Mizuki Fujibayashi, Kentaro Abe*
*責任著者:東北大学 大学院生命科学研究科 脳機能発達分野 教授 安部健太郎
掲載誌:Cell Reports Methods
DOI:10.1016/j.crmeth.2024.100844
<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科
教授 安部健太郎
TEL:022-217-6228
Email:k.abe[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
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