● 植物が一生を通じて成長できるのは、茎や根の先端部に、様々な細胞を分化させる幹細胞をもつからです。その植物幹細胞としての性質を決める仕組みの一端を、コケ植物を用いて解明しました。
● 幹細胞が2つに分裂すると、片方の細胞には植物ホルモンであるサイトカイニン(注1)が蓄積し、その細胞は幹細胞であり続ける一方で、もう片方の細胞にはPpTAWタンパク質(注2)が蓄積することで葉などの組織へと分化することを見出しました。
● サイトカイニンおよびPpTAWは陸上植物の進化の歴史において5億年前から使われてきた共通の幹細胞制御因子であると考えられます。
植物が旺盛に繁茂できるのは、茎や根の先端部にある分裂組織に様々な種類の細胞を生み出すことのできる多能性幹細胞をもち、生涯にわたって枝を伸ばし葉などの器官を作り続けられるからです。しかし、植物の多能性幹細胞としての性質がどのように決定されているのかはまだよくわかっていません。
東北大学大学院生命科学研究科の秦有輝助教、経塚淳子教授らの研究グループは、多能性幹細胞が1つだけという最小の分裂組織をもつコケ植物を用いて、植物の幹細胞の性質を決定する仕組みを解析しました。その結果、幹細胞が2つに分裂すると片方の細胞では植物ホルモンであるサイトカイニンが蓄積することで幹細胞のままであり続ける一方、もう片方の細胞ではPpTAWタンパク質が蓄積し、葉などの組織への分化を促すことがわかりました。コケ植物は今から5億年ほど前に(被子植物が属する)維管束植物の系統と分かれた植物群ですが、サイトカイニンおよびPpTAWは被子植物でも分裂組織の発達を制御しています。つまりこれらの因子は5億年前から使われてきた共通の幹細胞制御因子であると考えられます。
本研究成果は、陸上植物の進化を理解する上で重要な知見です。
本研究成果はScience Advances誌に2024年8月28日付で掲載されました。
多能性幹細胞は様々な種類の細胞を生み出すことのできる、多細胞生物にとって形づくりの要となる細胞です。多能性幹細胞のもつ性質は、1つの細胞から複雑な構造をもつ生物がどのようにできるのかを知る上で、古くから生物学の大きな関心の的となってきました。近年は、動物では再生医療などの観点から、また植物では有用作物の改良や組織培養技術の開発にも繋がることから、盛んに研究が行われています。動物の多能性幹細胞は胚発生が進むに従って徐々に失われていきますが、植物の多能性幹細胞は枝や根の先端にある分裂組織の中で、生涯を通じて保持され続けます。また植物では、カルスと呼ばれる細胞塊を介して人為的に多能性幹細胞を生じさせる方法も知られており、動物と比べて細胞を容易に多能性幹細胞へと転換することができます。しかし植物では幹細胞そのものを取り出して培養することは困難であるだけでなく、幹細胞と非幹細胞の境界も曖昧で、植物における多能性幹細胞としての性質を決定づける仕組みは依然としてよくわかっていません。さらにこれまでの研究対象は被子植物(図1)に集中しており、陸上植物全体における多能性幹細胞の維持に関わる共通の仕組みがどのようなものなのかも不明のままでした。
これらの問題に答えるため、本研究ではコケ植物がもつ茎の先端の分裂組織(茎頂分裂組織)に着目しました。一般的によく知られている被子植物の茎頂分裂組織では多数の多能性幹細胞(以下、単に幹細胞と呼びます)が存在し、分裂組織の辺縁部にある細胞から徐々に葉や茎などを作る細胞が分化していきます。これに対してコケ植物の茎頂分裂組織には、頂端細胞と呼ばれるただ1つの幹細胞しかありません。その頂端細胞が2つの娘細胞に分裂すると片方の娘細胞は頂端細胞として維持される一方で、もう一方の娘細胞は葉や茎を分化する細胞となります。そしてこの頂端細胞はコケの成長期間を通じて茎頂分裂組織の中で維持され続けます。
コケ植物の中でも研究によく用いられるヒメツリガネゴケ(Physcomitrium patens)(図2)では、原糸体と呼ばれる単細胞列からなるフィラメント状の組織から生じた枝分かれ細胞が、何らかのシグナルを受けると頂端細胞となり、規則的な数回の分裂を経て茎頂分裂組織を形成します。茎頂分裂組織の中央で頂端細胞は四面体型の細胞として存在しており、螺旋状に斜め分裂を繰り返して外側に分化する細胞(分化細胞)を送り出します。1つの分化細胞からは常に1枚の葉とその基部を構成する茎の組織が生じ、これにより茎葉体と呼ばれるコケ植物らしい植物体が形成されます。このように、ヒメツリガネゴケは幹細胞と非幹細胞の区別が極めて明確であり、組織の構造もシンプルというユニークな特徴を持っています。コケ植物は、維管束植物(図1)と姉妹群をなす系統であり、被子植物を含む系統とは5億年ほど前に分かれています。つまり、陸上植物全体において幹細胞の性質を決定する分子メカニズムおよびその共通原理を明らかにする上で、コケ植物は格好の研究対象であると考えられます。そこで、ヒメツリガネゴケの頂端細胞がどのように維持されているのかを調べました。
まず、Arabidopsis LSH Oryza G1 (ALOG) と呼ばれるファミリーに属する転写因子の機能に着目しました。ALOG転写因子は被子植物において茎頂分裂組織の成長を調節します。近年ゼニゴケにおいても茎頂分裂組織の維持に必要であることが明らかにされ、頂端細胞の維持に関わることが示唆されていました。ヒメツリガネゴケのゲノムからは4つのALOG転写因子をコードする遺伝子が見つかり、それぞれPpTAW1からPpTAW4と命名しました。PpTAW1からPpTAW4タンパク質の局在パターンを調べたところ、原糸体・茎葉体のどちらにおいてもほぼ全ての組織で局在が観察された一方、興味深いことに頂端細胞では特異的に局在しないことがわかりました(図3)。さらにPpTAW2遺伝子のプロモーター活性を調べると、タンパク質の局在と異なり頂端細胞でもmRNAの転写が行われていることがわかり、PpTAWタンパク質は転写後調節によって頂端細胞特異的に局在が抑制されていることが示されました。
PpTAWタンパク質の局在パターンは、何らかの幹細胞ファクターが頂端細胞特異的に存在し、それがPpTAWタンパク質の蓄積を抑えていることを示唆しています。そこで次に頂端細胞の形成を促進することが知られる植物ホルモン・サイトカイニンを植物体に添加すると、PpTAW遺伝子のmRNA量は変化しない一方、PpTAWタンパク質の蓄積量が減少することがわかりました。さらにヒメツリガネゴケにサイトカイニンセンサーであるTwo Component System version 2 (TCSv2) レポーターを導入したところ、サイトカイニンはPpTAWタンパク質の局在とは逆に頂端細胞に強く局在することが明らかになりました(図4)。これに加え、活性型サイトカイニン合成酵素の遺伝子であるLONELY GUY(LOG)の発現パターンも頂端細胞に強く局在することがわかり、TCSv2レポーターの結果を裏付けています。これらの結果から、サイトカイニンが頂端細胞に局在し、頂端細胞としての性質を促進するとともにPpTAWタンパク質の蓄積を抑制する幹細胞ファクターであることがわかりました。
続いて、PpTAWの機能を阻害した際に見られる成長への効果を調べました。PpTAW2タンパク質に転写抑制ドメインであるSRDXを付加した融合タンパク質を過剰発現することによりPpTAWの転写活性化能を阻害すると、茎頂分裂組織からの組織分化が異常になり、不規則な細胞塊が形成されました。この不規則な細胞塊ではTCSv2レポーターが高発現しており、分化細胞としての性質がうまく確立されていないこともわかりました(図5)。これらの結果から、PpTAWは頂端細胞の分裂後、片方の娘細胞の分化を促進する機能を持つことが示唆されました。その一方で4つのPpTAW遺伝子全てをノックアウトした機能欠損変異体では、一部の葉に異常な細胞の成長と増殖が観察されたものの、茎頂分裂組織の発達には大きな異常は見られないことから、PpTAW以外にも分化を促進する因子が存在するものと考えられます。最後に、頂端細胞を含む全身でPpTAW2を異所発現させると、頂端細胞の形成が阻害されました。この結果は、PpTAWが分化を促進する機能を持つことをさらに支持しています。
以上の結果をまとめると、頂端細胞は次のようなメカニズムで維持されていると考えられます(図6)。
まずサイトカイニンが合成酵素LOGの働きなどを通じて頂端細胞に強く局在し、幹細胞としての性質を促進すると同時にPpTAWの局在を転写後調節を通じて阻害します。一方で分化細胞ではサイトカイニンレベルが低下し、PpTAWが局在できるようになります。PpTAWは分化を促進し、葉や茎などの組織の形成を促します。
複数の幹細胞をもつ被子植物でもサイトカイニンは茎頂分裂組織に高レベルで存在し、幹細胞の形成や維持を促進する機能を持っています。またALOG転写因子は茎頂分裂組織と葉原基の間の境界領域で発現し、幹細胞と葉原基の発達の双方を調節します。本研究により、ただ一つの幹細胞をもつヒメツリガネゴケの頂端分裂組織においてもサイトカイニンは幹細胞に、ALOG転写因子は非幹細胞に局在することがわかりました。サイトカイニンはコケ植物と被子植物の両方で幹細胞としての性質を促進する因子として働き、またALOG転写因子は分化する細胞の発達を調節します。したがって、5億年以上前に分かれたコケ植物の系統と被子植物を含む系統において、これらの因子は保存された共通の幹細胞制御因子であることが示唆されます。これらの因子は被子植物やコケ植物にとどまらず、裸子植物やシダ植物も含めた陸上植物共通の幹細胞制御因子として機能している可能性があります。
また本研究結果は植物の幹細胞としての性質におけるサイトカイニンの役割の重要性を強調するものです。複数の幹細胞をもつ被子植物の茎頂分裂組織においては、形成中心と呼ばれる幹細胞に隣接した領域の細胞にサイトカイニンが働きかけ、拡散性の転写因子WUSCHELの発現を活性化することを通じて幹細胞群を維持する仕組みがよく知られています。
しかしコケ植物のもつシンプルな茎頂分裂組織では形成中心は存在せず、またWUSCHEL遺伝子も保存されていません。今後コケ植物の幹細胞において、サイトカイニンの下流で働く因子の特定を進めることにより、植物幹細胞を自在に誘導したり任意の組織に分化させたりする組織培養技術の開発や、有用作物の効果的な品種改良などへの応用に繋がる知見が得られると期待されます。
図1. 陸上植物の系統
図2. ヒメツリガネゴケの成長様式
図3. PpTAW2タンパク質の局在
図4. サイトカイニンの局在
図5. PpTAW2-SRDX過剰発現による成長への影響
図6. 頂端細胞の幹細胞としての性質を維持する仕組み
注1. サイトカイニン:植物ホルモンの一つ。細胞の増殖を促進し、茎と葉の形成を促進するほか、植物の成長において様々な機能をもつ。
注2. PpTAWタンパク質:DNAに結合して遺伝子の発現を調節する転写因子として機能する。陸上植物に広く保存されている。
本研究はJSPS科研費 16K14748, 17H06475, 18K19198, 20H05684, 23H05409, 17K17595, 20J20812, 23K19362 の助成を受けたものです。
タイトル:Cytokinin and ALOG proteins regulate pluripotent stem cell identity in the moss Physcomitrium patens
著者:Yuki Hata, Juri Ohtsuka, Yuji Hiwatashi, Satoshi Naramoto, and Junko Kyozuka*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 教授 経塚 淳子
掲載誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.adq6082
<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科[web]
教授 経塚 淳子(きょうづか じゅんこ)
TEL:022-217-6226
Email: junko.kyozuka.e4[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科[web]
助教 秦 有輝(はた ゆうき)
TEL: 022-217-5710
Email: yuki.hata.a8[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
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