● モデル生物である線虫の仲間では、個体がオスとメスの両方の機能を持つ雌雄同体が複数の種で進化していますが、その進化学的なメカニズムはよくわかっていませんでした。
● ゲノム中のタンパク質にならない配列(非コード領域)を網羅的に解析し、雌雄同体種では性に関わる遺伝子の近傍で加速的な進化が生じていることを解明しました。
● 雌雄同体の非コード領域を雌雄異体種の塩基配列と入れ替えることで、精子形成に関わる遺伝子の発現量を減少させることに成功しました。
多くの動物はオスとメスのどちらかの機能のみをもつ雌雄異体ですが、精子と卵の両方を作ることができる雌雄同体の種も存在します。雌雄異体から雌雄同体への進化は様々な生物種で起こっていますが、その進化メカニズムは分かっていません。
東北大学大学院生命科学研究科の玉川克典研究員(現 東京大学大気海洋研究所海洋生命システム研究系海洋生命科学部門特任研究員)、牧野能士教授、杉本亜砂子教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の菊地泰生教授をはじめとする研究グループは、複数の種で雌雄同体が進化してきた線虫の仲間を対象として、雌雄同体の進化に伴い急速に進化したゲノム中の非コード保存領域(CNE)(注1)を網羅的に特定しました。さらに、雌雄同体のCNEを雌雄異体の種と入れ替えることで、精子の形成に関わる遺伝子の発現を変化させることに成功しました。
本研究成果は、雌雄同体現象の進化メカニズムや非コード領域が進化に与える影響の解明につながると期待されます。本成果は 2024年9月13日(米国東部時間)に学術誌Science Advancesに掲載されました。
ヒトを含め多くの動物は雌雄異体であり、オスとメスによる繁殖を行いますが、両方の生殖機能をもった雌雄同体の生物も存在しています。雌雄異体と雌雄同体の転換は様々な生物種で起こっており、「なぜ」そして「どのように」生殖システムが進化するのかは非常に興味深い研究対象のひとつです。
モデル生物であるCaenorhabditis elegansを含む線虫の仲間では、C. elegans をはじめとした3種が雌雄同体である一方で、その他の近縁種は雌雄異体であることが知られています(図1)。近縁種において雌雄異体、雌雄同体の種を比較することが可能であり、実験的な検証も容易である上にゲノムサイズが小さいことから、Caenorhabditis属の線虫は生殖システムの進化を研究するための非常に優れたモデルケースとなります。
生物の進化にはタンパク質の設計図となるコード領域だけでなく、タンパク質の発現を制御する非コード領域も関連すると考えられています。またゲノム中には種を越えて塩基配列が保存されている「非コード保存領域(CNE)」が存在しており、遺伝子発現の制御などに重要であることが知られています。近年ではCNEの急速な進化が転写、翻訳機構の改変を介して形質(注2)の進化を引き起こすことが示されはじめています。雌雄異体と雌雄同体の進化においてもCNEの急速な進化が関連している可能性がありますが、これまでに検証は行われておらず進化メカニズムは不明なままでした。
図1. ゲノム解析に使用した種とその繁殖様式
Caenorhabditis属の線虫では雌雄同体の種が独立に3度出現している。多くの種はオスとメスによる繁殖を行うが、雌雄同体種ではほぼ全ての個体が雌雄同体として成長する。雌雄同体の種は幼虫期に精子を形成するが、雌雄異体の種は精子を作らず雌として発達する。
本研究では、雌雄同体の進化メカニズムの解明を目的として、雌雄同体の種において生じたCNEの急速な進化に着目しました。Caenorhabditis属の線虫のゲノムを比較することによりCNEを網羅的に同定し、雌雄同体の進化に伴って急速に進化したCNE(加速進化CNE)を抽出しました。これらの加速進化CNEの近傍に存在する遺伝子の機能を調査した結果、性差や生殖に関わる遺伝子が多く存在することが明らかになりました。また、加速進化CNEの近傍には精子形成に関連した遺伝子発現パターンを示す遺伝子が多いことが示されました。これらの結果は、非コード領域中に生じる急速な進化が、遺伝子発現制御などの変化を介して雌雄同体の進化に関与したことを示唆するものです。
さらに、ゲノム編集(注3)により雌雄同体種の加速進化CNEを雌雄異体の配列と入れ替えることで、精子形成に関わる遺伝子の発現量が減少することを明らかにしました(図2)。このことは、CNEに生じた加速進化が、雌雄同体の精子形成能力などの形質の進化に寄与した可能性を示しています。
図2. ゲノム編集による加速進化CNEの機能の検証
精子の形成に関わるlaf-1遺伝子の近傍にある加速進化CNEを検証するために、蛍光タンパク質GFPとLAF-1の融合タンパク質を発現する株を作出した。さらに、CNEを欠失させた線虫 (gfp::laf-1::delCNE) とCNEを雌雄異体の配列と置換した線虫 (gfp::laf-1::inoCNE) を作出したところ、精子を形成する領域で蛍光強度(laf-1遺伝子の発現量)が有意に低下していた(*, FDR < 0.05)。
従来、生物の性はオスとメスという明確に区別できるものとして捉えられることもありましたが、近年では中間的な性の発達やジェンダーの多様性など「性の柔軟さ」への理解や認識も広まってきました。多様な生物の性に注目すると、線虫のように同時的に精子と卵を同時にもつことができる生物もいれば、魚類のように精子を作る時期と卵を作る時期が一生のうちに切り替わる生物までもいます。
本研究により、線虫の雌雄同体の進化にはゲノム中のタンパク質にならない領域に生じる急速な進化が重要である可能性が示されました。そして、そのゲノム領域を人工的に書き換えることで、精子形成に関わる遺伝子の制御機構を改変することに成功しました。これらの成果は、雌雄同体の進化機構、発達過程の解明を介して、生物がもつ性の柔軟さの理解を深めることに繋がります。さらに精子と卵を作る能力が獲得された仕組みを明らかにし、人工的に生物の性を制御可能になれば、生殖医療や生物保全活動への応用も期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)、戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR18S7)の支援を受けて実施され、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステムを利用しました。
注1. 非コード保存領域(CNE):種を越えて高度に保存されているゲノム中の非コード領域のこと。機能はわかっていない点も多いが、遺伝子発現の制御などに関わることが報告されている。Conserved Non-coding Element(CNE)またはConserved Non-coding Sequence(CNS)とも呼ばれる。
注2. 形質:生物のもつ性質や特徴のこと。
注3. ゲノム編集:特殊なDNA結合タンパク質を用いて、遺伝情報を含むDNAを自在に書き換える技術。
タイトル:Evolutionary changes of non-coding elements associated with transition of sexual mode in Caenorhabditis nematodes
著者:Katsunori Tamagawa*, Mehmet Dayi, Simo Sun, Rikako Hata, Taisei Kikuchi, Nami Haruta, Asako Sugimoto*, Takashi Makino*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 研究員 玉川克典(現 東京大学大気海洋研究所海洋生命システム研究系海洋生命科学部門 特任研究員)、教授 杉本亜砂子、教授 牧野能士
掲載誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.adn9913
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東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科[web]
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