東北大学 大学院理学研究科・理学部

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太古の火星で大気中のホルムアルデヒドから有機物が生成されたと判明
─火星で生命の材料分子が生成されていた可能性を示唆─

発表のポイント

● 独自に開発した大気の進化モデルを用いて、太古の火星大気中に存在するホルムアルデヒド(化学式: H2CO)内の炭素(C)の同位体比(注1)13C/12C)の変遷を推定しました。

● 火星の堆積物に含まれる有機物中の異常な炭素同位体比は、大気中のホルムアルデヒドによって説明できることを示しました。

● この結果は、ホルムアルデヒドは火星有機物の起源の一つであり、太古の火星で糖などの生命の材料となる分子が生成されていた可能性を示唆しています。

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概要

火星の堆積物に含まれる有機物中の炭素の安定同位体比は、重い炭素である13Cが極端に少なく、サンプル毎にその値が大きく異なることが知られていました。しかし、その原因は解明されていませんでした。

東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻の小山俊吾 大学院生と吉田辰哉 特任研究員、寺田直樹 教授らの研究グループは、大気の光化学モデル(注2)と放射対流モデル(注3)を組み合わせた大気進化モデルを開発し、太古の火星大気中のホルムアルデヒド内の炭素同位体比の変遷を推定しました。その結果、火星の有機物に見られる異常な炭素同位体比は大気中のホルムアルデヒドによって説明できることが明らかになりました(図1)。この発見は、ホルムアルデヒドが火星有機物の起源の一つであり、さらに太古の火星で糖などの生命の材料となる分子が生成されていた可能性を示唆しています。

本研究成果は、2024年9月17日に科学誌Scientific Reportsに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

惑星に生命が誕生する可能性を解明するためには、生命の材料となる有機物がどのようにして生まれたのかを理解することが重要です。有機物に含まれる炭素の安定同位体比(13C/12C)はその有機物がどのように生成されたのかを知るための手がかりとなります。

現在の火星は寒冷で乾燥した環境ですが、約30-40億年前には、地質的な証拠から火星に液体の水が存在していたと考えられています。その時代に生成された火星の堆積物中の有機物は、13Cが異常に少ないことが米航空宇宙局(NASA)の火星探査機キュリオシティによって明らかにされました。また、この炭素同位体比はサンプルごと大きく異なることも知られていました。しかし、なぜこれらの異常な値が現れるのかは謎のままでした。

そこで本研究では、大気中で作られるホルムアルデヒド(化学式: H2CO)という分子に注目しました。この分子は太古の火星大気中で生成されたと考えられており、地面に堆積後、水中で生命の材料分子である糖を含む複雑な有機物を生成することが知られています。


今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻の小山俊吾 大学院生と吉田辰哉 特任研究員、寺田直樹 教授らの研究グループは、大気の光化学モデルと放射対流モデルを組み合わせた火星大気進化モデルを開発し、約30-40億年前の太古の火星大気中のホルムアルデヒド内の炭素同位体比の変遷を推定しました。その結果、火星大気中の二酸化炭素(CO2)が太陽からの紫外線で分解する際に、13CO2の方が12CO2よりも分解されにくいため、分解後の一酸化炭素(CO)から作られるホルムアルデヒド中の13Cは少なくなることが分かりました。この炭素同位体比は、当時の火星の大気圧や地表の反射率(アルベド)、COとCO2の比率、火山から噴出する水素の量などの要因によって変動することが示されました。

このホルムアルデヒドを起源とする有機物が、火星有機物に見られる異常な炭素同位体比、つまり13Cの枯渇を説明できることが分かりました。また、火星有機物の同位体比のもう一つの特徴であるバラツキのある幅広い値を考慮すると、火星の有機物は、このホルムアルデヒド由来の有機物に加えて、火山ガス由来、隕石などによって運ばれてくるさまざまな有機物が混ざり合って形成されていることが示唆されました。

この発見は、太古の火星でホルムアルデヒドが有機物の生成に寄与していたことを示しており、生命の材料となる糖などの分子が火星で生成されていた可能性も示唆しています。


今後の展開

現在も火星の地上探査機による調査が進行中であり、火星に存在する有機物の特徴や、それが形成された当時の環境について、より詳細な描像が明らかになりつつあります。さらに、日本が主導する火星の衛星からのサンプルリターン計画「MMX(Martian Moons eXploration)」では、火星の異なる時代における炭素同位体の情報が得られると期待されています。このデータをもとに、火星の各時代における有機物の生成過程を明らかにできると考えています。生命の材料となる有機物が火星の「どの時代に」、「どのくらい」、「どこで」、そして「どの分子で」生成されたのかを解明することを目指し、火星における生命の誕生可能性に迫りたいと考えています。

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図1. 太古の火星における有機物生成過程の概念図(©Shungo Koyama)



謝辞

本研究は環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)と日本学術振興会科研費補助金(JSPS KAKENHI Grant Number: JP22KJ0314, JP24KJ0066, JP22H05149, JP22H05151, JP23K13166, JP22H00164)の支援を受けて行われました。



用語説明

注1. 炭素同位体比:炭素には質量数12と13の二つの安定同位体が存在し、それらの比率(13C/12C)のこと。
注2. 光化学モデル:大気中の化学物質の反応と変化を計算するモデル。
注3. 放射対流モデル:大気中の放射伝達を計算し、大気温度を推定するモデル



論文情報

タイトル:Stable carbon isotope evolution of formaldehyde on early Mars
著者:Shungo Koyama*, Tatsuya Yoshida, Yoshihiro Furukawa, Naoki Terada, Yuichiro Ueno, Yuki Nakamura, Arihiro Kamada, Takeshi Kuroda, and Ann Carine Vandaele
*責任著者:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻 大学院生 小山俊吾
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-024-71301-w



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
大学院生 小山 俊吾(こやま しゅんご)
TEL:022-795- 6537
Email:koyama.shungo.q5[at]dc.tohoku.ac.jp

東北大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
教授 寺田 直樹(てらだ なおき)
TEL:022-795- 6734
Email:teradan[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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