● 生命進化の鍵となる「細胞膜や代謝」の起源を解明するため、約19億年前の微生物化石(=微化石)を用いた新しい分析手法を開発しました。
● 特殊なガラス板に微化石を固定することで、光学顕微鏡と電子顕微鏡での観察を統合し、微化石内部の微量元素であるリンとモリブデンの高精度なイメージングを可能にしました。
● 19億年前の微生物が現代の生物と同様にリン脂質による細胞膜を形成していたことを実証し、モリブデンに関連する代謝の痕跡も確認しました。
● 本新手法は、初期地球の生命進化研究において新たな洞察を提供し、さらなる研究の基盤となることが期待されます。
太古の生物が、現在の生物と同じ元素を使って生息していたのかどうかはよくわかっていません。
東北大学大学院理学研究科の石田章純助教をはじめとする研究チームは、約19億年前の微生物の化石(微化石)を用いた新しい分析手法を開発しました。この手法は、従来困難だった微化石内部の微量元素を高精度かつ高解像度で検出するもので、特にリン脂質に由来する細胞膜中のリンと、代謝の痕跡である酵素に関連するモリブデンの検出に世界で初めて成功しました。これにより、約19億年前の微生物にも、現代のバクテリアと同様の細胞膜と代謝をすでに獲得していた直接的な証拠を示すことができました。
本研究成果は、生命の進化過程を解明する上で重要な手がかりを提供します。将来的には、この手法をより古い地質時代の試料に適用することで、初期地球の生命進化の研究に大きな進展をもたらすことが期待されます。
本成果は9月20日18時(日本時間)、科学誌Scientific Reports に掲載されました。
生命進化の研究において、現代の生命と同様の「細胞膜や代謝」をいつから生命が獲得したかという問題の解明に向け、これまでに地質試料の分析や初期地球環境模擬実験による再現、モデリングなど様々な形で研究が行われてきました。例えば、膜脂質やエネルギーの貯蔵に用いられるリンや、代謝を駆動するのに必要な酵素に必須の元素であるモリブデンなどの微量金属元素は、それら機能の進化を追うための重要な元素ですが、その存在量の少なさから分析法が限られています。特に確実な生命の痕跡である微生物化石(=微化石)からこれらの元素を直接的に検出できる手法は確立していません。
過去の研究では岩石中の微化石を、周りの鉱物ごと切り出して分析を行ったり、微化石だけを取り出して分析を行ったりなどの挑戦がされてきましたが、岩石に由来する干渉元素の影響、あるいは分離した微化石を固定する基盤材の影響などにより、微化石から直接実証的な「細胞膜や代謝の証拠」を検出することには成功してきませんでした。
東北大学大学院理学研究科の石田章純助教は同大学の掛川武教授、東京大学大気海洋研究所の笹木晃平特任研究員、高畑直人助教、高知大学海洋コア国際研究所の佐野有司所長と生命進化史の鍵となる「細胞膜や代謝」の起源解明に挑む研究チームを編成し、約19億年前のガンフリント微化石の研究に取り組んでおり、これまでに新型微化石の発見などを報告してきました(参考文献1)。今回新たに、導電性コーティングを施した特殊なガラス板に微化石を固定することでこの微量元素検出の問題にアプローチできることを突き止め、今回の新発見に至りました。
研究チームは、カナダにある約19億年前のガンフリント層(注1)から採取した堆積岩の中から、大きさ0.01mmほどの糸状の微化石を酸処理によって構造を壊さずに「むきだし」の状態で取り出すことに成功しました。さらに取り出した微化石をITOガラス(注2)に載せることで、透過光学顕微鏡による微化石の内部構造と、電子顕微鏡による微細な組織観察を全く同一の試料で行うことが可能になりました。同時に従来の方法では微量元素測定の問題となっていた鉱物の影響を排除したことで高空間分解能2次イオン質量分析計(NanoSIMS)(注3)による微化石のみの効率的なイオンイメージング測定が可能となり、これまで検出することのできなかった極微量のリンやモリブデンの検出に成功しました。この分析では通常「面」として処理されるイメージデータを測定時間の経過ごとに掘り出していき立体的なイメージとして捉えた点も新しく、リンとモリブデンが間違いなく微化石の内部に取り込まれたものであることを示しています。
一連の分析の結果、微化石の膜の形状をそのままなぞるようにリンが検出され、約19億年前に生きていた微生物が現代の生物と同様のリン脂質による細胞膜を形成していた直接的な証拠を世界で初めて示しました。またモリブデンはニトロゲナーゼなど窒素固定を司る代謝酵素の痕跡を示唆し、この微化石がシアノバクテリアであるという過去の報告とも整合的な結果となりました。
全く同一の試料でこれだけの観察と分析を一貫して行える分析プロトコルは他に例がなく、研究チームはこの新しい測定法が地球の初期段階における生命の進化を解明する上で大いに役立つと研究チームは考えています。
「生命とは何か」を定義づける「細胞膜、代謝、自己複製」の三要素のうち、本研究は「細胞膜、代謝」について地質試料から直接的な証拠を検出する方法を提案しました。この手法は微化石のみならず極僅かにしか有機物が残されない初期地球の地質試料にも適用可能であり、今回分析を行った19億年前をはじめとしてさらに地質時代を遡った分析へと研究を拡大することができます。ターゲットとなる微量元素も、銅やニッケル、コバルトなど、より生物の代謝様式を特定できるような酵素由来金属元素にも拡張可能であり、今回の研究成果が今後の初期生命進化の新しい基準になることを研究チームは期待しています。
最終的にはそれらの分析を通して「生命はいつから細胞膜を獲得したか」、「どのような代謝様式を、どんな環境で獲得してきたか」を明らかにすることで、地球生命史上の究極の問題である、「生命はいつどこで誕生しどんな環境で進化してきたか」という問いに答えを出す研究へ発展させていきたいと研究チームは考えています。
図1. 本研究の微生物化石試料と準備法
図2. 本研究の成果のまとめ
この研究は日本学術振興会、科学研究費助成(科研費)(石田章純 (JP22K03790)、笹木晃平 (JP23K19065)、掛川武 (JP22H00163))、また東京大学大気海洋研究所の陸上共同研究の支援を受けました。文部科学省ナノテクノロジープラットフォームの竹内美由紀博士にはNanoSIMS50Lを使用した手法開発段階で多くのご助言をいただきました(JPMXP09A21UT0383)。この場を借りて感謝の意を表します。
1. 東北大学2022年8月29日プレスリリース『約19億年前の地層から未報告の微生物化石を発見 初期原生代の特異な地質環境が原核生物の多様な進化を促した』
注1. ガンフリント層:カナダにある堆積岩の地層の名称。ガンフリントは火打石、という意味。世界で初めて微生物の化石が発見された地層。
注2. ITOガラス:インジウム-スズ酸化物の薄いコーティングを施したガラス板。金属酸化物のコーティングで導電性があり電子顕微鏡や2次イオン分析に適しているだけでなく、光を透過させるので微化石の内部構造の観察など光学観察をも併用できる。
注3. 高空間分解能2次イオン質量分析計(NanoSIMS):1次イオンを試料表面に照射し発生した2次イオンを測定する装置。1ミクロン以下の超高空間分解能で希ガス以外ほぼ全ての元素を対象にイメージングが可能な装置。
論文タイトル:Ultrahigh-resolution imaging of biogenic phosphorus and molybdenum in paleoproterozoic gunflint microfossils
著者:Kohei Sasaki, Akizumi Ishida*, Takeshi Kakegawa, Naoto Takahata, Yuji Sano
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 石田章純
雑誌名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-024-72191-8
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科 地学専攻[web]
助教 石田章純(いしだ あきずみ)
電話:022-795-5789
Email:ishidaz[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください