● 地球誕生直後の水素とメタンに富む大気の進化過程と大気中での有機物の生成を大気モデル計算によって推定しました。
● 大気中のメタンの大部分が光化学反応を経て炭化水素をはじめとした有機物に変化し、地表面に数百メートルにも及ぶ有機物層が堆積していた可能性が明らかとなりました。
● 生成される有機物の中には生命の材料であるアミノ酸や核酸の基となる物質も含まれており、大気中で生成された有機物の堆積が生命誕生に繋がった可能性を示唆する研究成果です。
地球誕生直後に存在したと考えられている水素とメタンに富む大気では、生命の材料となり得る有機物が生成されやすいことが知られています。その一方で、このような大気は不安定であり、光化学反応等によって大気組成が刻々と変化すると予想されていましたが、有機物生成を伴った大気進化過程の詳細は未解明の問題として残されていました。
東北大学大学院理学研究科の吉田辰哉特任研究員をはじめとする研究チームは、大気中での多種多様な光化学反応と宇宙空間への大気の流出を考慮した大気進化モデルを構築し、水素とメタンに富む太古の地球大気の進化過程と有機物の生成を推定しました。その結果、メタンの大部分が光化学反応を経て炭化水素をはじめとした有機物に変化し、地表面に数百メートルにも及ぶ有機物層が堆積していた可能性があることを明らかにしました(図1)。有機物の中には生命の材料であるアミノ酸や核酸の基となる物質も含まれており、大気中での有機物の生成と厚い有機物層の堆積が生命誕生につながった可能性を示唆します。
本研究成果は 2024年10月22日に科学誌Astrobiologyに掲載されました。
近年の地球形成の研究から、地球材料物質の大部分は金属鉄に富む物質だったことが示されています。金属鉄は強い還元(注1)作用を持っており、それらが形成期の地球上の大気を還元することで、当時の地球大気は現在と大きく異なり、水素とメタンに富む組成だったことが強く示唆されます。
水素とメタンに富む大気では、太陽紫外線等により駆動される光化学反応により生命材料物質を含む有機物の生成が進みやすいことが知られています。一方で、このような大気は不安定であり、大気中での光化学反応や大気の宇宙空間への流出によって大気組成が刻々と変化していくことが予想されます。ここで紫外線照射により水蒸気の分解が効率的に起きる場合には、水酸基ラジカル(注2)等の酸化(注1)を引き起こす分子が生成されることで一酸化炭素や二酸化炭素等の酸化物の生成が進むことになります。しかしながら、水素とメタンに富む大気において、メタンを起点とした有機物と酸化物の生成がどれくらいの割合と時間スケールで進むかは未解明の問題として残されていました。
東北大学大学院理学研究科の吉田辰哉特任研究員は同研究科の寺田直樹教授と小山俊吾大学院生、東京大学大学院理学系研究科の中村勇貴特任研究員、北海道大学大学院理学研究院の倉本圭教授と共同で大気中での多種多様な化学反応と宇宙空間への大気流出を考慮した大気進化モデルを構築し、水素とメタンに富む太古の地球大気の進化過程とその間の有機物の生成を推定しました。
モデル計算の結果、水素の宇宙空間への流出により大気がメタン主体となった段階で、メタンから生成されるアセチレン等の炭化水素ガスが紫外線を遮蔽することで水蒸気の分解とそれに続くメタンの酸化を著しく抑制し、相対的に有機物の生成を促進することが明らかとなりました。この有機物による紫外線自己遮蔽効果によりメタンの大部分が有機物に変化し最終的には地表面に堆積することになり、初期のメタン量が現在の地球表層に存在する炭素の量と同程度だった場合には厚さ数百メートルにも及ぶ有機物層が形成されます(図1)。
生成される有機物の中には生命の材料であるアミノ酸や核酸の基になる物質も含まれています。大気中で生成された多量の有機物が地表面に堆積することで、それら有機物を高濃度に含んだ海洋や湖が形成され、そこでの化学進化が遂には生命誕生につながった可能性があることを本研究の結果は示唆しています。
本研究は太古の地球大気中で多量の有機物が生成されていた可能性を提案しました。地球上には僅かではありますが生命誕生時期に生成されたと考えられている有機炭素が残されており、それらの物質科学的証拠と本研究で構築された理論モデルを比較することにより、生命誕生のための第一歩となる有機物生成の理解がさらに進むことが期待されます。
また近年の惑星探査の進展により、火星においても地表面から多種多様な有機物が発見されています。地球と比べて太古の記録が豊富に残されている火星では、今後も有機物やその生成過程に関する探査データの増大が見込まれ、地球のみならず火星にも理論モデルを適用し惑星探査で得られた知見と比較することにより、火星における大気進化過程と有機物の生成過程の理解が進展し、さらには惑星間の比較により地球における大気進化と生命誕生の普遍性や独自性の理解が深まることも期待されます。
図1. 本研究で推定される太古地球における有機物生成を伴う大気進化過程の概念図<・p>
本研究は日本学術振興会科研費補助金 (JSPS KAKENHI Grant Number: JP23KJ0093, JP23H04645, JP22KK0044, JP22H00164, JP22KJ0314, JP24KJ0066, JP21K03638, JP24K07110, JP22K21344)と環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)の支援を受けて行われました。
注1. 還元と酸化:還元は酸素化合物から酸素が奪われること。酸化は逆に酸素と化合すること。
注2. 水酸基ラジカル:水蒸気の紫外線の分解により生成される反応性の高い分子。化学式はOH。
タイトル:Self-Shielding Enhanced Organics Synthesis in an Early Reduced Earth's Atmosphere
著者:Tatsuya Yoshida*, Shungo Koyama, Yuki Nakamura, Naoki Terada, and Kiyoshi Kuramoto
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 特任研究員 吉田辰哉
掲載誌:Astrobiology
DOI:10.1089/ast.2024.0048
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
特任研究員 吉田 辰哉(よしだ たつや)
TEL:022-795- 6537
Email:tatsuya[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
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