東北大学 大学院理学研究科・理学部

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地球温暖化が海洋プランクトンに及ぼす深刻な影響
過去100年間のデータベースの解析で判明

発表のポイント

● 世界中の海洋プランクトン(単細胞の動物プランクトンである浮遊性有孔虫)の約100年間のデータベースを解析し、近年の急激な温暖化による影響を調べました。

● 海洋プランクトンの個体数は過去80年だけで約24%減少し、生息域は、水温の低い高緯度へ年に約10キロのペースで移動していました。しかも、水平方向だけでなく、より深い水深へも移動していることがわかりました。

● 将来(2050年および2100年)予想される熱帯域の海洋状態(水温と化学組成)は、海洋プランクトンが生物的に生存可能な範囲を超えています。

● 今後、熱帯域の種の多様性は低下し、生息域の移動だけではこれらの種が確実に生き残れるとは言えず、多くの種が絶滅すると予想されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

地球温暖化により、私達に身近な動植物の生息域の変化が、既に世界中で多く報告されています。

東北大学大学院理学研究科の黒柳 あずみ准教授らの国際研究チームは、過去100年間の世界中の海洋プランクトンのデータベースを解析し、その個体数が過去80年だけで約24%(24.24±0.11%)減少していることを明らかにしました(図1)。地球温暖化に伴い、より低温の場所へ年10キロ移動し、生息域を変化させていますが、今後、特に熱帯域では、生息域の変化だけでは絶滅を免れない種が出ることが予想されます。

今回の成果の基となったデータベースは、フランスの生物多様性研究財団(FRB)の生物多様性統合解析センター(CESAB)のプロジェクト(FORCIS)により作成されました。海洋プランクトンは地球上の炭素循環にとっても重要な生物です。データベースの作成には、日本人研究者らの研究成果が大きく貢献しています。

本研究成果は2024年11月13日(現地時間)に科学誌Natureに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

近年の温暖化による海水温の上昇と、二酸化炭素濃度上昇による海洋酸性化(注1)の2つは、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ多くの海洋生物に深刻な影響を与えることが知られています。約2万年前の最終氷期など数千〜万年単位では、温暖化などのストレスにより海洋プランクトンの生息域が変化することは知られていますが、現在進行中である数十年間での急激な温暖化による海洋プランクトンの影響については、研究結果を統合したデータベースがなく、正確な検証はできませんでした。つまり、現在の海洋で、ここ数十年の間に海洋プランクトンにどのような変化が起き、また近い将来に何が起ころうとしているのかについては、個々の研究をまとめたデータがないため、よく分かっていませんでした。



今回の取り組み

今回の研究で対象とした浮遊性有孔虫は、赤道域から極域までの海洋表層に生息する単細胞の海洋プランクトンであり、炭酸カルシウムの殻を持ち、その殻が化石として残ります。現在の海洋では、有孔虫は海洋表層の炭素循環の約0.1%~3.8%を占め、将来、この海洋プランクトンがどう変化していくのかを知ることは、海洋生態系に加え、炭素循環を考える上でも重要です。

海洋プランクトンはあまり身近な生物とは言えませんが、海洋の生態系や食物連鎖、炭素循環に大きな役割を持ちます。海洋プランクトンは簡単に生息域を移動できない樹木やサンゴ、貝などの動植物などに比べ、はるかに環境適応力は高いと思われます。しかし、そんな海洋プランクトンも海水温の上昇により、例えば、熱帯種では平均して1年で約10キロ(10.28 km/年)、生息域を高緯度に移動させていることが今回の結果よりわかりました。ちなみに陸上変温動物の移動速度は一年に約1キロ(1.11±0.96 km/年)という報告があります。しかし、生息域の移動だけではこれまでの個体数を維持できず,過去80年で個体数が約24%減少しました(図1)。

今回の研究のもう一つの特徴は、水平方向に加え、鉛直方向(水深の方向)についての生息域の変化を明らかにしたことです。水温が高くなることにより、海洋プランクトンが、より低水温である、高緯度および深い水深へ生息域を移動させていることが初めて明らかになりました。

さらに将来の環境変化と現在の生息域を比較した結果、特に熱帯域では、現在、生息が確認されていない高水温・低炭酸塩飽和度(海水化学組成で低いほど炭酸カルシウムが溶けやすい)の環境になることが予想され、現在ここで生息している種がほとんど絶滅してしまう可能性が示されました(図2)。

今後の展望

今回の研究の大きな特徴は、膨大な過去の研究結果をまとめてデータベース化し、これまで数千年単位でしかわからなかった海洋プランクトンの変化を、細かく10年単位まで読み解けるようになったことです。そしてその結果、海洋温暖化と海洋酸性化による海洋プランクトンへの影響が、ここ数十年だけでも、個体数減少および生息域の変化という形で、大きく変化し、さらに25年後(2050年)、75年後(2100年)には、現在の知見では海洋プランクトンの生息は不可能だと予想されるレベルの環境になってしまい、取り返しのつかない変化になるという衝撃的な結果が示されました。



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図1. 海洋プランクトンの80年間(1940〜2020年)の熱帯(左)温帯(中)、寒帯(右)における変化。上段は時代ごとの研究報告数、中段は個体数、下段は種ごとの個体数。中段の右下に延びた赤線より、地球のすべての地域で海洋プランクトン個体数が減少している傾向がわかる。下段の左から右に向かってそれぞれの種のマス目の色が暗くなっていることから、ほとんどの種で個体数減少が見られることがわかる。グラフの間にある濃い赤の丸は、統計的に有意に個体数減少が見られている種で、温帯で多く見られる。


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図2. 現在の海洋プランクトンが生息している水温と海水の化学組成[炭酸塩飽和度(Ωcalcite)]の関係。Aは低緯度(熱帯)、Bは中緯度(温帯)、Cは高緯度(寒帯)。灰色は現在の有孔虫生息範囲で、赤紫と紫はそれぞれIPCCのSSP 2 - 4.5シナリオ(中道的な発展のシナリオ)から得られた将来の各地点の予想水温および化学組成です。それ以外の色付円は生息が確認されたそれぞれの有孔虫種。現在から25年後(2050年)、75年後(2100年)と時間の経過に伴い、グラフの左上の方向(より高水温、低飽和度)に推移しています。DにはA〜Cのグラフが模式的に示されています。Dでは低緯度(高水温かつ低飽和度)になるほど、グレーの部分から外れる領域が増え、2100年では赤紫円の右上端部分は、灰色円(現在、生息が確認されている環境)から大きく外れています。これは、今世紀末に低緯度域では、ほとんどの海洋プランクトンが、現在生息している環境からは大きく外れてしまい、低緯度域で絶滅する可能性が高いことを示しています。



謝辞

研究グループは「今回の研究の柱ともいえる有孔虫研究のデータベースは、日本の多くの研究者の協力により作成することができました。欧米での研究は大西洋や北東太平洋を対象としたものが多く、日本の周辺海域や西太平洋の研究結果、特に季節変化が詳しくわかるセジメントトラップ観測の結果は大変貴重です。そのため名指しで研究成果の提供を求められることも多々ありました。東北大学をはじめ、福井県里山里海湖研究所(朝日博史研究員)、金沢大学(佐川拓也准教授)、秋田大学(山﨑誠准教授)などの、多くの研究者のデータ提供がなくては、今回の成果はなかったかもしれません。データベース作成についての論文(https://www.nature.com/articles/s41597-023-02264-2)には、彼らも共著者として入っています」と述べています。

フランスの生物多様性研究財団(FRB)の生物多様性統合解析センター(CESAB)、また科研費(23H01284/23K25980)からの支援を受けています。



用語解説

※1. 海洋酸性化:大気中の二酸化炭素濃度が高くなることにより、海水のpHがより酸性の方向に変化すること。pHがより低い酸性に向かうと、海水中での石灰化が難しくなるほか、サンゴや魚類の幼生などへの影響も報告されている。植物プランクトンや、体内に共生藻を持つサンゴについては、高二酸化炭素濃度による施肥効果もあるため、さらに複雑な反応となる。



論文情報

タイトル:Migrating is not enough for modern planktonic Foraminifera in a changing ocean
著者名:Sonia Chaabane*, Thibault de Garidel-Thoron, Julie Meilland, Olivier Sulpis, Thomas B. Chalk, Geert-Jan A. Brummer, P. Graham Mortyn, Xavier Giraud, Hélène Howa, Nicolas Casajus, Azumi Kuroyanagi, Gregory Beaugrand, Ralf Schiebel
*責任著者:フランスCEREGE, Sonia Chaabane
雑誌名:Nature
DOI:10.1038/ s41586-024-08191-5



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
准教授 黒柳 あずみ(くろやなぎ あずみ)
Email: a-kuroyanagi[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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