気象庁気象研究所と東北大学大学院理学研究科は、日本域を対象として過去の詳細な気象・気候を再現したデータセットを作成しました。このデータセットの特徴は、対象を日本域に絞ることで、従来の地球全体を対象としたものよりも詳細に気象・気候を再現していることだけでなく、作成に用いる観測データを長期間にわたり入手可能なものに限ることによって時間的な均質性が高いことです。本データセットは、地域的に細かな気温や降水量などへの温暖化の影響の検出を可能にすることが見込まれ、地域的な気候変動の影響の把握などの研究が進展に貢献することが期待されます。
気候変動研究では、数値気象モデルと観測データの両者を用いて過去の大気状態を再現したデータが利用されています。この再現データは再解析と呼ばれ、気温や水蒸気量などの大気の状態が全体として物理的に矛盾しないようにするだけでなく、観測値との整合性も考慮して作成されています。再解析を用いることで、観測が難しい物理変数や場所についての情報を得ることができます。特に長期間にわたる再解析データは、気候変動の監視や過去の気象現象の理解、気象データを社会経済活動に利活用する研究などに役立てられています。これまで長期再解析は、気象庁を含めた世界の主要気象機関を中心に取り組まれてきましたが、主に地球全体を対象としており、水平格子間隔が数十km程度でした。そのため、地形の影響を受けた地域的に細かな現象を扱ったり、台風や豪雨などのメソスケール極端現象を対象にしたりすることが困難でした。
本研究において作成した「従来型観測を用いた日本域長期領域再解析(RRJ-Conv)」においては、複雑な地形の影響やメソスケール現象まで再現することを目指し、対象領域を日本域(図1)に絞りつつ、水平格子間隔5kmという高分解能の再解析システムを用いました。さらに、過去60年以上(1958年以降)の気候変動シグナルの抽出に適うような長期間わたって均質な再解析を目指し、数値気象モデルや観測による修正法を一貫させるだけでなく、修正に用いる観測データも長期間入手可能な従来型観測(具体的には、地上気圧観測及び、ラジオゾンデによる高層観測、台風位置情報のみ)に絞りました。
本研究では、先行的に作成した2001年7月から2021年6月にかけての20年分のRRJ-Convについて、特に降水量に着目して再現性を評価しました。 RRJ-Convにおいて再現した日降水量が100mm以上となった大雨の頻度を気象庁のAMeDASによる観測、気象庁55年再解析(JRA-55)と比較した結果を図2に示します。日降水量100mm以上の大雨日数の年々変動に関して、RRJ-Convを実際の観測と比べると、JRA-55では捉えるのが困難であった変動のパターンや大きさをよく再現できていることがわかります。また、観測との違いは期間を通じて概ね安定しており、RRJ-Convの長期間の均質性が高いことも示唆されます。RRJ-Convでは、過去の極端降水事例も詳細に再現されています。一例として、西日本を中心に広い範囲に大雨をもたらした平成30年7月豪雨の再現結果を示します。図3は、2018年7月4日21時-8日21時の96時間の総降水量の分布について、RRJ-Convの再現結果を気象庁解析雨量およびJRA-55と比較したものです。JRA-55においても西日本で大雨があったことは捉えられていますが、水平格子間隔が60km程度と粗く、局所的に降水量が多くなる細かな特徴は十分表現できていません。RRJ-Convでは、四国の南東部など局所的な強まりも含めよく再現できていることが確認できます。これらの結果から、全球を対象とした既存の長期再解析では十分扱えなかった、細かい地形の影響を受けた降水分布や大雨の再現性を大幅に向上できていることが分かります。
RRJ-Convは、日本で初めて実施した長期領域再解析であり、これまでにない高解像度で時間的に均質性の高い日本域の気象・気候を再現したものです。RRJ-Convを活用した研究を通じ、日本における過去のメソスケールの極端現象の理解の深化や地域スケールでの気候変動の実態把握の進展、防災・減災や産業利用といった長期再解析の利活用の可能性の拡大に貢献することが期待されます。また、地域気候モデルの予測特性の理解の促進にも役立てることで、社会に発信する地球温暖化予測情報の更なる信頼性向上に貢献します。今後は、再解析期間を1958年まで遡ることで、過去60年以上を対象とするより長期の変動や温暖化に伴う地域スケールの気候影響の把握を可能にします。さらに、長期再解析の技術開発を進める予定です。
本研究成果は、2024年11月20日付で「Journal of the Meteorological Society of Japan」誌の特集号「Special Edition on Research on the Frontier of Atmospheric Science with High Performance Computing(高性能スーパーコンピュータを用いた最新の大気科学の進展)」に掲載されました。また、本再現結果はデータ統合・解析システム(DIAS)を通じて提供しています。
掲載誌:Journal of the Meteorological Society of Japan
タイトル:Long-term regional reanalysis for Japan with assimilating conventional observations (RRJ-Conv)
著者名:Shin Fukui1, 2, Eiichi Shirakawa2, Daiki Soga2, Ryota Ohara2, Ken Usui2, Kaito Takiguchi2, Keisuke Ono2, Taiga Hirose2, Sanae Matsushiama2, Junshi Ito2, Takeshi Yamazaki2, Kazuo Saito3, 4, 1, Hiromu Seko1, Toshiki Iwasaki2
所属:1. 気象庁気象研究所, 2. 東北大学大学院理学研究科, 3. 気象業務支援センター, 4. 東京大学大気海洋研究所
本研究は、気象庁気象研究所と東北大学大学院理学研究科との共同研究の一環として実施しました。また、 文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」及び JST共創の場形成支援プログラム JPMJPF2013、東北大学(指定国立大学)における災害科学世界トップレベル研究拠点の支援を受けました。再解析の計算には、東北大学サイバーサイエンスセンターのスーパーコンピュータAOBAを活用し、利用支援を受けました。
図1:RRJ-Convの領域(陰影はモデル標高)。
対象領域は日本及びその周辺域に限定されますが、水平格子間隔5kmという高解像度のシステムを用いました。これによって、複雑な地形の影響やメソスケール現象も扱えるようになり、より現実に近い降水量を表現できるようになります。
図2:日本の日降水量100mmを超える大雨日数(AMeDAS地点での平均)の比較。黒がAMeDAS観測、赤が今回作成した長期再解析RRJ-Conv、緑がこれまでの全球長期再解析JRA-55。
RRJ-Convを実際の観測と比べると、JRA-55では捉えるのが困難であった大雨日数の年々変動のパターンや変動の大きさをよく再現できていることがわかります。観測との違いは期間を通じて概ね安定しており、RRJ-Convの長期間の均質性が高いことも示唆されます。
図3:平成30年7月豪雨期間後半(2018年7月4日21時-8日21時)の総降水量。(a)気象庁解析雨量、(b)今回作成した長期再解析RRJ-Conv、(c)これまでの全球長期再解析JRA-55。 JRA-55においても西日本で大雨があったことは捉えられていますが、水平格子間隔が60km程度と粗く、局所的に降水量が多くなる細かな特徴は十分表現できていません。RRJ-Convでは、四国の南東部など局所的な強まりも含めよく再現できていることが確認できます。これらの結果から、全球を対象とした既存の長期再解析では十分扱えなかった、細かい地形の影響を受けた降水分布や大雨の再現性を大幅に向上できていることが分かります。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻[web]
(災害科学国際研究所兼務)
教授 山崎 剛(やまざき たけし)
電話:022-795-5781
Email:yamaz[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話: 022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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