● 白亜紀前期の海洋生物の大量絶滅を引き起こした大事変の詳細な年代(1億1955万年前に発生し、111.6万年間続いた)を初めて明らかにしました。
● 白亜紀最大の火山体「オントンジャワ海台」の噴火が、世界中の海洋を「ヘドロの海」へと変貌させ、大事変を引き起こしたことを証明しました。
● 地球温暖化の進行がもたらす気候・環境変動と生態系への影響を評価するうえでも有益な研究成果です。
白亜紀前期、地球規模の急激な温暖化の進行と海洋における無酸素水塊の拡大により、海洋生物の多くが絶滅しました。海洋無酸素事変(Oceanic Anoxic Event 1a、以下、OAE1a)(注1)と呼ばれるこの大事変についてはヨーロッパや大西洋周辺地域の地層で盛んに研究されてきました。しかし、OAE1aが生起し持続した正確な年代は不明でした。
東北大学総合学術博物館の髙嶋礼詩教授、米国ウィスコンシン大学のBradley S. Singer教授らの研究グループは、OAE1aの詳細な年代を明らかにしました。研究グループは、北海道芦別市の芦別岳北西に露出する地層(蝦夷層群、図1、2)からOAE1a時期に堆積した地層を見出し、そこに数多くの火山灰層が挟まることを発見しました。これらの火山灰層からジルコン(注2)を抽出し、U-Pb放射年代測定法(注3)で年代を測定した結果、OAE1aは1億1955万年前に発生し、その後111.6万年間、海洋の広い範囲で無酸素環境が持続したことが判明しました(図3、4)。また、蝦夷層群のOAE1aの地層の最上部から、年代の対比に有効な示準化石である浮遊性有孔虫化石を発見しました(図5)。この化石種は、白亜紀最大の海底火山体である「オントンジャワ海台」の上に重なる石灰岩からも報告されていることから、オントンジャワ海台の噴火とOAE1aの発生がほぼ同時であることが明らかになりました。今回、年代測定と同時に行った蝦夷層群のオスミウム同位体比(注4)の検討からも、OAE1aの開始時に大規模な火成活動の影響が示唆されることから、オントンジャワ海台の噴火がOAE1aを引き起こしたことが実証されました。
本成果は2024年11月21日日本時間4時に、学術誌Science Advancesに掲載されました。
白亜紀前期には、急激な温暖化と海洋における無酸素水塊の地球規模の拡大により、海洋生物の多くが絶滅したOAE1aが発生したことが古くから知られています。OAE1aは温暖化した将来の地球環境のアナロジーとして近年特に注目を集めています。OAE1aの地層は、無酸素海洋環境下で堆積したヘドロが固結した「黒色頁岩」という地層の広域な分布によって特徴づけられます。このような地層はヨーロッパや大西洋の周辺地域で広く露出しており、このイベントで生じた環境変動が盛んに研究されてきました。しかし、これらの地域の地層には、数値年代を得るために必要な火山灰層が挟まらないため、このイベントの発生年代については、1億2500万年前とする見解から、1億2100万年前とする見解まで様々な年代モデルが提案されてきました。また、OAE1aにおける海洋の無酸素化を引き起こした原因として、中央太平洋に形成されたオントンジャワ海台の噴火とする説が長年有力視されていました(図1)。オントンジャワ海台は、現存する火山体としては地球上で最大のもので(日本の総面積の5倍以上で厚さは4000 mに達する)、地球史上最大規模の噴火の産物とみなされます。しかし、昨年、オントンジャワ海台の玄武岩から、OAE1aの推定年代よりもはるかに若い放射年代(1億1653万〜1億1162万年前)が得られました。このことから、OAE1aの発生原因についても再検討の必要が指摘されていました。
[本研究で検討した地層の特徴]
北海道中央部は白亜紀当時、アジア大陸に隣接した北西太平洋の半深海底の環境にありました(図1)。ここでは、海底で泥や砂が堆積するとともに、アジア大陸の東縁に沿って形成されていた火山弧から火山灰がしばしば飛来し、火山灰層も頻繁に堆積しました。このようにして形成された地層は、「蝦夷層群」と呼ばれており、アンモナイトや海生爬虫類の化石を産出することでも知られています。
本研究では、北海道中央部の芦別岳北西に露出する蝦夷層群下部(図2)を対象に微化石分析、炭素同位体比(注5)分析、オスミウム同位体比分析を行い、OAE1aの時期に堆積した地層を特定するとともに、そこには数多くの火山灰層が挟まっていることを発見しました。蝦夷層群のOAE1a層に挟まる複数の火山灰層からジルコンを抽出し、それらのU-Pb放射年代をボイシ州立大学の年代測定装置を用いて測定しました(図3)。その結果、OAE1aは1億1955万年前に発生し、その後 111万6千年にわたって無酸素環境が世界中に広がっていたことが明らかになりました(図4)。この結果は、従来推定されてきたOAE1aの年代よりも150万年以上若い年代です。
OAE1aを引き起こした原因として、現在、地球上に残っている火山体としては最大規模の「オントンジャワ海台」の噴火が有力な候補でした。オントンジャワ海台噴火後に火山体の上に堆積した地層からは、Leupoldina cabri(ロイポルディナ カブリ、図5)という特異な形態の殻をもつ浮遊性有孔虫が地質学的に短期間だけ産出することが知られています。近年、オントンジャワ海台の玄武岩から1億1653万〜1億1162万年前という年代が報告され、OAE1aの後にオントンジャワ海台の噴火が起こった可能性が指摘されました(Davidson et al., 2023,Science,v. 380, 1185-1188)。しかし今回、北海道のOAE1a層の最上部からLeupoldina cabriが発見されたこと、さらに大規模な火成活動を示唆するオスミウム同位体比の急激な減少がOAE1a層の基底部にみられることから、OAE1aの発生はオントンジャワ海台の噴火によって引き起こされた可能性が高いことが明らかになりました。
OAE1aの詳細な年代が明らかになったことで、火成活動による二酸化炭素の放出と温暖化、無酸素水塊の拡大と絶滅に至るプロセスを高い時間分解能で明らかにすることが可能となりました。OAE1aの高解像度の研究は、今後、地球温暖化がさらに進行した場合に出現する気候・環境変動と生態系への影響を評価するうえで重要な指標となることが期待されます。
図1.白亜紀の古地理図と検討した地層(蝦夷層群)と巨大火山体オントンジャワ海台の位置。
図2. 北海道芦別市中天狗沢上流に露出する蝦夷層群下部の地層と調査の様子。地層は板を立てたよう直立しているため、垂直の滝を多数形成している。
図3.A. 調査地域(星印)の位置、B. 調査地域(芦別岳北西部)の地質図。この地域の白亜紀の地層は直立しており、北北東-南南西方向に延びている。惣芦別川と中天狗沢の2つのセクションで地層の検討を行った。C.2つの調査セクションにおける蝦夷層群下部の岩相、炭素同位体比、オスミウム同位体比、示準化石の産出層準。OAE1aの区間は、図4の世界各地の地層における炭素同位体比とオスミウム同位体比の対比を基に決定。
図4.世界各地のOAE1aの地層の対比とOAE1aの開始年代と期間。縦軸は地層の厚さ。
本研究の調査・分析は文部科学省科学研究費補助金(国際共同研究B)(JP18KK0091)の一部支援を受けて実施しました。
注1. 海洋無酸素事変OAE1a:白亜紀(1億4500万年前~6600万年前)の中ごろには、海洋において酸素に枯渇した水塊が広域に発達した現象が何度か発生したことが知られており、海洋無酸素事変(Oceanic Anoxic Events略してOAE)と呼ばれている。白亜紀には規模の違いがあるものの、およそ8回程度の海洋無酸素事変(Faraoni OAE、 OAE1a、 Fallot OAE、 OAE1b、 OAE1c、 OAE1d、 OAE2、 OAE3など)が起こったが、無酸素水塊の発達範囲に関しては、本研究対象である「OAE1a」と9400万年前の「OAE2」が最大規模とされている。大規模な火山活動によって、急激な温暖化と湿潤化が生じ、大量の栄養塩が大陸から海洋にもたらされた。これにより、海洋の富栄養化と一次生産の増加に起因して無酸素水塊が拡大したと考えられている。
注2. ジルコン:ZrSiO4で表されるケイ酸塩鉱物。ウラン、トリウムを豊富に含み、鉛に乏しいため、U-Pb放射年代測定の対象となる鉱物。
注3. U-Pb放射年代測定法:ウラン・鉛放射年代。放射性物質であるウラン(U)の原子核が崩壊し,最終的に鉛(Pb)の原子核に変化することを利用して,年代を測定する方法。
注4. オスミウム同位体比:マントル由来の火噴出物が海底での火山噴火によって大量に放出されると、全海洋の海水のオスミウム同位体比(188Os/187Os)が大きく減少する。このような変動は地層の中にも記録され、過去の火山活動の変化を復元することが可能である。OAE1a層の最下部は、オスミウム同位体比の急激な減少によって特徴づけられることから、大規模な火山活動の存在が示唆される。
注5. 炭素同位体比:炭素12と炭素13の比で、堆積物中の有機物や炭酸塩化石などに当時の地球表層の炭素同位体比の変動が記録されている。海洋無酸素事変で大量の有機炭素が堆積物中に埋没すると、地層に記録された炭素同位体比(13C/12C)は大きくなるため、海洋無酸素事変の指標となる。OAE1a層は炭素同位体比の大規模な増加によって特徴づけられる。
タイトル:Radioisotopic chronology of ocean anoxic event 1a: Framework for analysis of driving mechanisms
著者:Youjuan Li, Brad S. Singer, Reishi Takashima**, Mark D. Schmitz, Luca Podrecca, Bradley B. Sageman, David Selby, Toshiro Yamanaka, Michael T. Mohr, Keiichi Hayashi, Taiga Tomaru, Katarina Savatic
**国内責任著者:東北大学総合学術博物館 教授 髙嶋礼詩
雑誌名:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.adn8365
<研究に関すること>
東北大学総合学術博物館[web]
教授 髙嶋 礼詩(たかしま れいし)
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Email:reishi.takashima.a7[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
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