● 環境・人体に有害な毒性物質である二硫化炭素(CS2)(注1)を選択的に吸着し、10秒以下という高速で発光(注2)検出可能な多孔性の分子格子(注3)を開発しました。
● CS2 吸着/脱着のサイクル実験から可逆的な発光の ON-OFF スイッチングが観測され、優れたリサイクル性が実証されました。
● 発光検出技術を用いたケミカルセンサーへの応用展開が期待されます。
我々の生活には多くの危険物質が多く存在し、特にほとんどの毒性ガスは目視では認識できないため、これらを効率良く選択的に捕捉し、さらに簡便かつ高感度に検出可能な技術開発は環境・健康問題の観点から重要な課題です。
東北大学金属材料研究所の芳野遼 助教と宮坂等 教授の研究グループは、九州大学大学院理学研究院の恩田健 教授、名古屋大学未来社会創造機構の土方優 特任准教授、京都大学高等研究院物質―細胞統合システム拠点(iCeMS)の北川進 特別教授らとの共同研究により、工業製品や医薬品生産に必要でありながらも工場周辺の環境や生産現場での人体に対して危険性の高い二硫化炭素(CS2)を高感度に検出可能な材料開発に成功しました。
本研究で合成した多孔性の金属-有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)は身の回りに存在する水や二酸化炭素などは吸着せず、CS2 のみを選択的に吸着する「特異な分子ふるい」として機能します。さらに、CS2 の検出時間は10秒以下と高速な発光応答を示したため、発光を利用した高感度ケミカルセンサーへの展開が期待されます。
本研究成果は、2024年12月17日付(現地時間)でドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Edition にオンライン掲載されました。
二硫化炭素(CS2)はセロハンやビスコースレーヨンの製造における加工試薬などの幅広い用途に使用され、年間100 万トン以上生産されていますが、その高い揮発性と毒性から酸性雨に代表される環境問題や心血管疾患などの健康被害が問題となっています。CS2 に限らず多くの毒性化学種は視認できないため、簡便かつ高感度な検出能を有する材料開拓が求められています。しかし、従来の分子性材料のほとんどは有毒性の CS2 に暴露すると劣化するため、高効率な CS2 吸着・検出に有望な材料設計指針は明らかになっていませんでした。
本研究グループでは、金属イオンと有機配位子から構成される「金属−有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)」と呼ばれる多孔性の分子格子に着目しました。MOF は柔軟な骨格構造や修飾可能な規則的細孔などの特徴を有する化合物であり、特異なガス吸着や分離能などを示すことから次世代の多孔性材料としての応用が期待されています。
本研究では、金イオンが硫黄系化合物との親和性が高いことに着目し、金イオンを含む発光性 MOF を設計しました。その結果、CS2 の吸着情報を金イオン···金イオン間の相互作用に起因する「発光特性」の変化として簡便に検出可能な高機能性 MOF センサーの開発に成功しました。
本研究では、MOF の構造変化に関する情報を顕著な発光変化として発信可能な金(I)錯体を用い、新たな発光性 MOF を開発しました。合成した化合物は知恵の輪(相互貫入型)構造を有しており(図 1)、 種々の同定実験・量子化学計算(注4)から金(I) ···金(I) 間の相互作用に起因した MMLCT(注5)(metal-metal-to-ligand charge transfer)由来の発光を示すことが分かりました。この化合物に対して様々な小分子(水, アルコール類, 揮発性有機化合物(注6)などの溶媒分子、窒素(N2)や水素(H2)、酸素(O2)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)、一酸化窒素(NO)、二酸化炭素(CO2)などのガス分子に対する応答性を調査すると、これらの分子に対しては吸着を示さない一方で、CS2 の場合のみ選択的に吸着する「特異な分子ふるい」として機能することが見出されました。さらに、CS2 吸着に伴って10秒以下という高速かつ顕著な発光消光が観測されました(図 2)。
CS2 に対する良好な選択性はCS2/ CO2混合ガス条件下での分離実験でも確認され、発光性MOFは 150 ppm 程度の低濃度条件でも迅速に CS2 を検出可能であることが分かりました。分離実験ではガラス管の中に詰めたサンプルの段階的な発光消光が観測され、「選択的な CS2 吸着プロセスのリアルタイム可視化」が可能であることを示しています(図 3)。さらに、吸脱着サイクル安定性はCS2 吸着/脱着プロセス中の in situ(その場)発光測定で調査され、10 サイクルの吸着/脱着プロセスに渡って高速な発光の ON-OFF が観測されました(図 4)。一度CS2が吸着したサンプルからのCS2の除去も、室温での脱気(10分程度)のみで可能です(加熱処理では1分で除去可能)。以上より、本研究で開発した MOF の CS2 に対する優れた耐久性、リサイクル性が実証されました。
本研究では、CS2 吸着に適した相互作用を形成可能な多孔性ナノ空間を合理的に設計することで、特異的な分子ふるい効果・超高速発光センシングを達成しました。本研究で開発した材料は CS2 に対するエネルギー効率の良い再生とリサイクル性を示すことも明らかになったため、今後は薄膜化によるデバイス化や検出感度の向上に取り組むことで、次世代の環境・健康問題に貢献する新たな高感度ケミカルセンサーへの応用展開が期待されます。
図1. 金属イオン(Zn2+)と配位子(ピラジン、[Au(CN)2]-)から構築される発光性 MOF の知恵の輪(相互貫入型)構造 (左)・紫外光励起下での発光スペクトル (右)
図2. 選択的な CS2 の吸着挙動 (左;「特異な分子ふるい機能」) 、および CS2 吸着に連動した高速(10 秒以内)かつ顕著な発光応答 (右)
図3. CS2/ CO2 混合ガス条件下でのガス分離実験中の画像。測定前の MOF は発光を示すのに対し、CS2 が吸着された部分は発光消光が起きるため、目視では認識できない毒性ガスでもハンディータイプの光源を用いるだけで簡便に吸着プロセスを直接観察することが可能です。
図4. CS2 吸着/脱着プロセス中の in situ(その場)発光測定の結果。オレンジのグラフ (下側) は CS2 の圧力、黄緑色のグラフ (上側) は MOF の発光強度を示しており、CS2 圧力の増減 (吸着/脱着) 処理に対応して発光強度の ON-OFF が 10 サイクルに渡って可逆的に起こることから優れたリサイクル性を実証しました。
本成果は、科学研究費補助金基盤研究 (A)(代表:宮坂等、JP20H00381)、基盤研究 (B)(代表:高坂亘、JP23K21104; 代表:恩田健、JP23H01977)、若手研究(代表:芳野遼、JP24K17690; 代表:宮田潔志、JP21K14590)、挑戦的萌芽(代表:宮坂等、JP23K17899, JP21K18925; 代表:土方優、JP21K18970)、学術変革領域研究(A)(代表:恩田健、JP23H04631)、学術変革領域研究(B)(代表:宮田潔志、JP23H03833)、特別研究員奨励費(代表:西郷将生、JP20J21226)、東北大学金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点(GIMRT)、同研究所先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、東北大学若手研究者アンサンブルグラント、九州大学エネルギー研究教育機構、豊田理研スカラー、触媒科学計測共同研究拠点、村田学術振興・教育財団、天野工業技術研究所、池谷科学技術振興財団、松籟科学技術振興財団、フソウ技術開発振興基金、マツダ財団、イオン工学振興財団からの助成を受けて実施されました。
注1. 二硫化炭素:無色で揮発性の直線系分子で、化学式は CS2。
注2. 発光:光吸収の結果生じる電子励起状態から基底状態に戻る際に発生するエネルギーの一部が光として放出される現象。
注3. 多孔性の分子格子:ゼオライトや活性炭、シリカゲルのような無機物で構成される従来の多孔性材料に対し、金属イオンと有機配位子から成る多孔性材料は金属−有機構造体(Metal−Organic Framework; MOF)や多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)と呼称されます。
注4. 量子化学計算:シュレーディンガー方程式に基づき対象系の電子の性質を調べる理論手法で、電子に関連した様々な物性 (磁性、光学特性など) や反応機構(触媒など)を調べることができます。本研究では第一原理計算手法の1つである密度汎関数理論(Density Functional Theory : DFT)を用い、MOF の発光機構、CS2吸着に伴う MOF の安定性などを考察しました。
注5. MMLCT:金属−金属間相互作用が強い化合物系において、金属間の相互作用によって生じる分子軌道が HOMO(highest occupied molecular orbital)、配位子の分子軌道が LUMO(lowest unoccupied molecular orbital)となった場合の金属金属−配位子電荷移動に基づく遷移過程の名称。
注6. 揮発性有機化合物:Volatile Organic Compounds(VOC)と呼ばれ、揮発性を有し、大気中で気体状となる有機化合物の総称。
タイトル:Ultrafast Luminescence Detection with Selective Adsorption of Carbon Disulfide in a Gold(I) Metal−Organic Framework
著者:Haruka Yoshino*, Masaki Saigo, Takumi Ehara, Kiyoshi Miyata, Ken Onda, Jenny Pirillo, Yuh Hijikata, Shinya Takaishi, Wataru Kosaka, Ken-ichi Otake, Susumu Kitagawa, and Hitoshi Miyasaka*
*責任著者:東北大学金属材料研究所 助教 芳野 遼
東北大学金属材料研究所 教授 宮坂 等
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
DOI:10.1002/anie.202413830
本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
<研究に関すること>
東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門[web]
*理学研究科化学専攻協力講座
助教 芳野 遼(ヨシノ ハルカ)
TEL: 022-215-2033
Email: haruka.yoshino.a2[at]tohoku.ac.jp
東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門[web]
*理学研究科化学専攻協力講座
教授 宮坂 等(ミヤサカ ヒトシ)
TEL: 022-215-2030
Email: hitoshi.miyasaka.e7[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科 化学専攻[web]
准教授 高石 慎也(タカイシ シンヤ)
Email: shinya.takaishi.d8[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
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