● M87銀河の中心にある巨大ブラックホール(注1)周りのリング状の電波放射について、2017年と2018年の観測結果と新たな理論シミュレーションを照らし合わせました。
● その結果、ブラックホールの周囲を回転するガス円盤の乱流が電波放射の明るい場所を変化させるという示唆が得られました。
● 今回の研究成果はブラックホール周辺の複雑な運動状態の理解を進め、さらにはブラックホールからのジェット噴流の起源の解明につながると期待されます。
東北大学学際科学フロンティア研究所(兼務 大学院理学研究科)の當真賢二教授が参画する国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)(注2)・コラボレーション」はM87銀河の中心にある巨大ブラックホールの観測を進めており、2017年の観測で巨大ブラックホールの影の撮影に史上初めて撮影に成功したと発表していました(2019年4月)。今回、2017年に加えてその1年後の2018年に行われた観測結果の比較から、巨大ブラックホールについての理解をさらに深めることに成功しました。
本研究では、1年の間に事象の地平面(注3)スケールで起こった現象を解析できるようにするため、理論シミュレーション画像を新たに12万枚も追加し、観測結果と照らし合わせました。その結果、M87ブラックホールの自転軸が地球とは反対方向を向いていることを再確認しました。そしてリングの最も明るい場所の変化には、ブラックホールの周囲を回転するガス円盤の乱流が重要な役割を果たしていることを示しました。これはブラックホール周辺の複雑な運動状態を解明する上で大きな前進となります。
本研究成果は欧州の天文学専門誌Astronomy and Astrophysicsに2025年1月22日付けで掲載されました。
EHTコラボレーションは2019年に、おとめ座の方向、地球から5500万光年の距離にあるM87銀河の中心に位置する巨大(超大質量)ブラックホールとその影の存在を、初めて画像で直接証明することに成功したことを発表しました。このブラックホールの質量は太陽の65億倍にも及びます。
史上初のブラックホール画像が公開されてから6年が経ち、EHTコラボレーションは今回、この巨大ブラックホールの理論解析結果を新たに発表しました。本研究では2017年と2018年の観測データを組み合わせることで、事象の地平線近くを周回するガスの構造と運動状態に関して新たな知見が得られました。
図. M87ブラックホールの観測画像(左)と理論画像(中央・右)。
左図:2018年(上)と2017年(下)に行われたEHTの観測で得られたM87ブラックホールの画像。(中央)2つの異なる時間における一般相対論的磁気流体力学(GRMHD)シミュレーションに基づく画像。
右図:中央の画像をEHTの解像度に合うようにぼかした画像。
(画像クレジット:EHT Collaboration)
本研究は、ブラックホールとその周囲を支配する極限的な物理過程の理解を大きく進展させ、宇宙で最も神秘的な現象について新たな視点を提供します。「ブラックホールの周辺は乱流に満ちた動的なものです。2017年と2018年の観測は独立した測定として扱えるので、新たな視点からブラックホール周辺の性質に迫ることができます。この研究は、時間とともに変化するブラックホールの観測における新たな可能性を示しています」と本研究プロジェクト代表の一人の国立台湾師範大学の卜宏毅助教は述べています。
2018年の観測では、2017年に初めて捉えられた明るいリングの存在が確認され、その直径は約43マイクロ秒角(注4)でした。これは約65億太陽質量の巨大ブラックホールが作るシャドウ(影)のサイズは1年で大きく変化しないという理論予測と一致していました。特に注目すべき点は、リングの最も明るい場所が2017年は6時の方向にあったもの、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にあったことです。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(博士課程在学)のアビシェク・ジョシ氏は次のように説明しています。「最も明るい場所の変化は、ブラックホール周辺の降着円盤で乱流が発生していると考えると、自然な結果です。2017年の観測に基づく私たちの理論的解釈では、この変化が起こる可能性が高いと予測していました。 2018年の観測でこの予測が確認されたことを大変嬉しく思います!」
研究チームはスーパーコンピューターを用いて新たに膨大な理論シミュレーション画像を生成しました。これは2017年の観測を解釈するために生成された画像の3倍の規模に相当します。この画像と2017年と2018年両方の観測データを活用し、理論を精査しました。「ブラックホールは理論上、事象の地平面の近くのガスを必ずブラックホールの自転と同じ向きに回転させます。しかし少し離れた所では逆向きに回転していてもよいです。この場合に乱流は比較的激しくなり、今回の観測結果と一致しやすいことがわかりました。
今後は、他の可能性も含めて理論的考察を深め、ブラックホール近傍の物理を解き明かしていきたいと思っています」と、日本で本研究をリードした東北大学学際科学フロンティア研究所の當真賢二教授は述べています。
八戸工業高等専門学校総合科学教育科の中村雅徳教授は「2年間の観測で得られた成果の解釈において、ブラックホールに流入するガスが逆回転している可能性が提言されたことは興味深いです。この場合、生成されるジェットの構造や特性が順回転している場合と異なるため、さらに考察を進めることが楽しみです」と話しています。
「私たちが試験観測や運用に携わったグリーンランド望遠鏡(GLT)がEHT観測網に加わり、ブラックホール周辺の複雑な振る舞いが次第に解明されていくのを見届けられたことに、大きな喜びを感じています。 理論的な考察を基に、今後もEHTが新たな発見をもたらしてくれることを期待しています」と新潟大学大学院自然科学研究科の小山翔子助教はコメントしています。
EHT-Japan、東北大学、八戸工業高等専門学校、新潟大学、自然科学研究機構国立天文台水沢VLBI観測所、国立台湾師範大学、EHTコラボレーション所属機関
注1. ブラックホール:重力が非常に大きく、光でも脱出できない天体(領域)。直接見ることはできませんが、ブラックホールに落ちるガス(降着流)や、ブラックホール近傍から高速で噴出するプラズマ流(ジェット)からの放射を観測することで、ブラックホールが「黒い穴(ブラックホールシャドウ)」として見える。
注2. イベント・ホライズン・テレスコープ:地球規模の電波干渉計を用いてブラックホールシャドウの撮像を行う国際共同研究プロジェクト。
EHT-Japanウェブサイト:https://www.miz.nao.ac.jp/eht-j/top.html
注3. 事象の地平面:ブラックホールの内部と外部を分ける境界面のこと。
注4. マイクロ秒角:角度の単位で、1秒角の100万分の1に相当する。1秒角は1度の3600分の1。
タイトル:The persistent shadow of the supermassive black hole of M87.
II. Model comparisons and theoretical interpretations
著者: Event Horizon Telescope Collaboration
掲載誌:Astronomy and Astrophysics
DOI:10.1051/0004-6361/202451296
<研究に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所 兼務 大学院理学研究科天文学専攻
教授 當真 賢二(とうま けんじ)
電話:022-795-4402
Email:toma[at]fris.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原英明(ふじわら ひであき)
TEL: 022-795-5259
Email: hideaki[at]fris.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください