東北大学 大学院理学研究科・理学部

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難病COPA異常症の発症を抑制する遺伝子の発見
STING遺伝子の主要バリアントによる炎症抑制

発表のポイント

● COPA (COPI coat complex subunit alpha, Gene ID: 1314) (注1)遺伝子の変異が引き起こすCOPA異常症は、間質性肺炎および関節炎を特徴とする難治性炎症性疾患です。COPA遺伝子の変異を有しながら発症しない人が20%程度存在します。

● COPA異常症を発症しない人は、STING (stimulator of interferon response cGAMP interactor 1, Gene ID: 340061)(注2)遺伝子の多数の主要バリアント(注3)のうちの一つであるHAQ型STINGを保有していることがわかりました。

● 日本人のHAQ型STING保有者の割合は欧米諸国と比較して高く、日本人ではSTING依存的な炎症性疾患・神経変性疾患の発症率が低く抑えられている可能性があります。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

COPA異常症は関節炎や間質性肺炎を特徴とする遺伝性疾患で治療が難しい病気です。この病気の原因は、COPA遺伝子の変異による自然免疫シグナル(STING経路)の異常な活性化ですが、COPA遺伝子の変異を持つ人でも20%近くの人は発症せず、その理由は不明でした。

東北大学大学院生命科学研究科の小出頌悟大学院生、朽津芳彦助教、田口友彦教授らのグループは、発症しない人たちに共通する要因としてSTING遺伝子のHAQ型という特定のバリアントを見つけました。さらに、HAQ型STINGがCOPA変異による免疫応答の異常な活性化を抑えることを明らかにしました。この発見は、STINGバリアントの違いが、遺伝性疾患の発症を決定づける要因となることを明らかにした初めての報告であり、今後の炎症性疾患の治療法開発に重要な知見を提供するものです。

本研究は2月27日に科学誌Journal of Experimental Medicineに掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

COPA異常症は2015年に報告された遺伝性自己炎症性疾患で、関節炎や間質性肺炎を引き起こします。この病気は、COPA遺伝子の変異によって起こり、ゴルジ体と小胞体の間の物質を運ぶタンパク質がうまく働かなくなるためによって発症します(Watkin et al., Nat. Genet., 2015)。この結果、自然免疫に重要なSTING経路が異常に活性化し、炎症応答が引き起こされることがわかっています(参考文献1)。しかしながら、COPA遺伝子の変異を持っていてもこの病気を発症しない人が20%程度います。その原因についてはこれまで不明でした。その一方で、STING遺伝子には、「HAQ 型(R71H/G230A/R293Q)」や「R232H型」といったバリアントがあり、これらが免疫反応に影響を与えることが知られています。本研究チームは、「STING遺伝子の種類の違いがCOPA異常症の発症に関係しているのではないか」という仮説を立て、研究を進めました。


今回の取り組み

COPA異常症の患者26人と発症していない保因者9人、合計35人について遺伝子解析を行いました。その結果、発症していない全員が「HAQ型STING」を持っていることがわかりました (図1) 。さらに、非血縁関係の家系を含む解析から、発症していない人に共通する唯一の遺伝子がHAQ型STINGであることを確認しました(図2)。  またHAQ型STINGがどのように作用するかを調べるために、COPA異常症を再現したモデル細胞を使って解析を行いました。その結果、HAQ型STINGを発現する細胞では、STING経路の活性化が強く抑えられることがわかりました。次に、細胞内でSTING分子がどのように動くかを超解像度顕微鏡で観察したところ、野生型STINGやR232H型STINGはゴルジ体に蓄積する一方で、HAQ型STINGは小胞体にとどまり、ゴルジ体へ移動しないことがわかりました(図3)。この結果から、HAQ型STINGは小胞体-ゴルジ体間の輸送が抑えられることで、異常なSTING活性化を防ぎ、COPA異常症の発症を抑える可能性が示されました。


今後の展開

HAQ型STINGは、野生型に次いで多くの人が持つバリアントであり、世界人口の約20%が保有しています (Yi et al., PLOS ONE, 2013) 。特に日本を含む東アジアでは、HAQ型STINGを持つ人の割合が欧米諸国より高いことが知られています (図4) (Patel et al., J Immunol, 2017) 。このため、日本人ではCOPA異常症の発症率が低く抑えられている可能性があります。今回の研究は、一般的なSTING遺伝子型であるHAQ型STINGが、COPA異常症という遺伝性疾患を完全に抑制することを確認した初めての報告です。

STING経路はCOPA異常症だけでなく、様々な自己炎症性疾患や神経変性疾患にも関わることが次々と報告されています (Motwani et al., Nat. Rev Genet., 2019) 。今回の研究で明らかにしたSTINGバリアントの機能的な違いを調べることは、こうした疾患の治療に向けて極めて重要であると考えられます。今後、STINGバリアントがこれらの疾患に与える影響を詳しく解析することで、より効果的な治療戦略を提供できる可能性があります。


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図1. COPA異常症の変異保有者のSTING遺伝子解析の結果、未発症者全員が「HAQ型STING」を保有していた。


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図2. 血縁関係のない4家系のCOPA異常症変異保因者の全エクソーム解析 (WES) の結果、未発症者で共有される唯一の塩基変異がHAQ変異であった。


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図3. STING分子は定常状態において、細胞質全体に網目状に分布する小胞体に局在する。COPA遺伝子を発現抑制すると、野生型STINGやR232H型STINGは核近傍のゴルジ体に局在変化するが、HAQ型STINGは小胞体に留まっていた。


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図4. STINGバリアントの頻度は地域ごとに大きく異なる。



謝辞

本研究は、JSPS科研費JP24H0054(基盤研究A)、2022 年度武田科学振興財団研究助成、NIH grant (1R01AI168299-01)の支援により行われました。



参考文献

1. Mukai et al., J. Exp. Med., 2020; Mukai et al., Nat. Commun., 2021



用語説明

注1. COPA:COPI coat complex subunit alpha の略。ゴルジ体から小胞体への物質輸送を担う。
注2. STING:Stimulator of interferon response cGAMP interactor 1 の略。小胞体に局在する 4 回膜貫通型タンパク質であり、細胞質ゾル DNA の出現に応答して自然免疫・炎症応答を惹起します。
注3. バリアント:同一種の生物集団の中に見られる遺伝子型の違い。遺伝子多型ともいう。



論文情報

タイトル:The Common HAQ STING Allele Prevents Clinical Penetrance of COPA Syndrome
著者: Noa Simchoni, Shogo Koide, Maryel Likhite, Yoshihiko Kuchitsu, Senkottuvelan Kadirvel, Christopher S. Law1, Brett M. Elicker, Santosh Kurra, Mei-Kay Wong, Bo Yuan, Alice Grossi, Ronald M. Laxer, Stefano Volpi MD, Dilan Dissanayake, Tomohiko Taguchi, David B. Beck, Tiphanie Vogel, Anthony K. Shum
掲載誌:Journal of Experimental Medicine
DOI:10.1084/jem.20242179



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科、兼担 理学部生物学科
教授 田口 友彦(たぐち ともひこ)
TEL: 022-795-6676
Email: tomohiko.taguchi.b8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか
TEL:022-217-6193
Email:lifsci-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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