● 地下茎(注1)は飼料作物やバイオエタノール飼料にも応用可能な形質であり、気候変動への対応や収穫性・永続性の高い作物育種の基盤となり得ます。
● 多年生の野生イネを用いて、植物ホルモン「ジベレリン(GA)(注2)」が地下茎の発生を空間的・時間的に制御していることを明らかにしました。
● 活性型ジベレリンの一種であるGA4が腋芽(えきが)(注3)の角度や形態形成に関与し、GA4の蓄積時期と濃度が適切に制御されることで地下茎芽の形成が決定されることを発見しました。
● 地下茎を通じた栄養繁殖は多年生植物の生存戦略の1つであり、本研究はその進化的基盤や、多年生作物開発や環境ストレス耐性作物開発など農業利用への応用に向けた重要な一歩です。
地面を埋め尽くす芝や、いつの間にか敷地内に侵入してくるタケは、種子散布ではなく地下茎を介した栄養繁殖により、急速に占有空間を拡大します。地下茎は地中でいくつにも分岐し、地中である程度伸長すると地上に出て、また新たな地下茎を生み出すという成長を繰り返します。この成長様式には、茎のもとになる腋芽の角度が重要です。東北大学大学院生命科学研究科の別所-上原奏子助教と、名古屋大学、理化学研究所、中部大学の研究グループは、地下茎で増える野生イネ(Oryza longistaminata)と種子で増える一般的な栽培イネ(O. sativa)を比較することで、O. longistaminataの地下茎では腋芽の発達段階で活性型ジベレリンの一つであるGA4を特異的に蓄積し、その蓄積時期と濃度が腋芽の角度や形態に影響を与えることを明らかにしました。さらに、GA4が花への分化を抑制する遺伝子群の発現を促進することで、地下茎は花を作るフェーズへと転換せず、栄養成長を続けるという機構の一端も解明しました。この研究成果は2025年5月24日に国際誌Riceに掲載されました。
維管束植物の繁殖は種子繁殖と栄養繁殖に大別でき、栄養繁殖の1つに地下茎で個体を増殖する仕組みがあります。地下茎とは、タケに代表されるように地中を伸長する茎のことで、地下茎の先端が地上に出ると新たな個体となり、クローン増殖に貢献します(図1)。地下茎を介して栄養繁殖を行うことで、迅速にバイオマスを増殖し、乾燥や低栄養といった過酷な環境でも繁栄するといった利点があります。イネ科植物には芝やタケなど地下茎で増えることがよく知られる植物が多く存在しますが、イネの中にも地下茎をもつものがいます。栽培イネO. sativaの近縁種であり、アフリカ原産の野生イネO. longistaminataがその一つです(図1)。
東北大学大学院生命科学研究科の別所-上原奏子助教、名古屋大学生物機能開発利用研究センターの保浦徳昇特任准教授(研究当時)、縣步美博士後期課程学生(研究当時)、芦苅基行教授、名古屋大学大学院生命農学研究科の榊原均教授(兼理化学研究所客員主管研究員)、理化学研究所環境資源科学研究センターの小嶋美紀子技師、竹林裕美子テクニカルスタッフⅠ、中部大学応用生物学部の鈴木孝征教授らの研究グループは、O. longistaminata地下茎の発達の様子を観察し、その発達には(1) タマネギのように膨らんだ(膨張した)特徴的な地下茎腋芽を作る段階、(2) 地中を伸長する段階、(3) 地下茎の先端が地上に出て地上茎となる段階の3段階があることを明らかにしました(図2)。なかでも地下茎になる腋芽は、初めは地上茎の腋芽(分げつ芽)と同様に上を向いていますが、ある時点で横方向に湾曲し、傾きます。地下茎腋芽形態の特異性については以前にも報告がありましたが(Yoshida et al. 2016)、この方向転換がいつ、どこで起き、何によって制御されているのかは不明でした。そこで、この制御機構を明らかにするため、腋芽の発育段階と植物ホルモンの関係を詳細に解析しました。
解析の結果、O. longistaminataの地下茎腋芽は5葉齢(注4)までは上向きで、6葉齢以降に横向きに傾くことを明らかにしました(図3)。また、地下茎腋芽のできる位置は第3節(注5)〜第5節の間に限定されており、第7節以上はすべて地上茎腋芽になることもわかりました。
複数の部位における植物ホルモンを定量した結果、地下茎腋芽では「ジベレリン(GA)」のうちGA4が特異的に蓄積しており、その分布はO. sativaやO. longistaminataの地上部の腋芽とは大きく異なっていることがわかりました。特に、GA4の濃度が腋芽の先端部に局在して高くなることで、地下茎腋芽の角度変化や形態的な発達が促されることが示されました。さらに、遺伝子発現パターンから、GA生合成酵素遺伝子の一つであるGA20ox2の発現が5葉齢の腋芽では高いのに対し、6葉齢の腋芽では減少することがわかりました。また、GAの生合成を阻害する薬剤を投与した場合や、逆にGA4を高濃度で投与した場合には地下茎腋芽は湾曲せず、上に向かせてしまうこともわかりました(図4)。これらのことは、GA生合成酵素遺伝子がある特定の時期に、特定の位置で限定的に発現し、GA量を適正に保つことが、地下茎腋芽発達に重要であることを示唆しています。
GA4は単に地下茎腋芽の成長を促すだけでなく、地下茎腋芽において花成(注6)を抑制する遺伝子群の発現を促すことが明らかになりました。これは、GA4が腋芽の「栄養成長フェーズ」を維持し、「花を作らせるフェーズ」への転換を抑制することで、地下茎としての発達を進めていることを示唆します。
本研究は、地下茎という特殊な器官の元となる腋芽の発達が、植物ホルモンの一つであるGA4の「いつ・どこで・どれくらい」作用するかによって精密に制御されていることを示しました。これまでジベレリンが腋芽の角度や形態を制御することは知られておらず、植物の形態形成メカニズムに新たな視点を提供するものです。また、GA4が花成を抑制することで、腋芽を「花をつける地上茎」に転換させず「栄養繁殖する地下茎」として維持する仕組みを明らかにし、形態変化とフェーズ転換が密接に関わっていることを示唆しました。地下茎は飼料作物やバイオエタノール飼料にも応用可能な形質であり、気候変動への対応や収穫性・永続性の高い作物育種の基盤となり得ます。本研究は、地下茎形成についての基礎的知見を提供するとともに、多年生作物開発や環境ストレス耐性作物の研究に貢献することが期待される成果です。
本研究は、International Rice Research Institute(フィリピン)および国立バイオリソースプロジェクト(National Bio Resource Project、NBRP)の支援を受け遂行することができました。また、京都大学の山口信次郎博士に合成GA4を分譲いただきました。また、本研究はJSPS科研費(JP20H05912、JP22H04978)およびJST-CREST(JPMJCR13B1)の助成を受けて実施されました。本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりオープンアクセスとなっています。
注1. 地下茎:地中を水平に伸びる茎の一種。節ごとに新しい芽や根を形成し、植物の栄養繁殖に関与する。
注2. ジベレリン(GA):植物の成長を促進するホルモンの一群。芽の伸長、花成、種子発芽など様々な発育過程を制御する。活性型のジベレリンとしてはGA1とGA4が知られ、細胞伸長や花成制御に関わるとされる。
注3. 腋芽(えきが):イネなどの茎の節に形成される芽のこと。各節に一つの腋芽が形成される。イネでは地上茎になる芽のことを特別に分げつ芽と呼ぶ。
注4. 葉齢:イネの齢の数え方。外観で葉っぱが5枚出ている時点を5葉齢とよぶ。
注5. 第x節:下から数えた時の節の位置。図3参照。
注6. 花成:植物が花を咲かせるための準備段階。多くの場合、環境条件やホルモンによって制御される。
タイトル:Spatio-temporal regulation of gibberellin biosynthesis contributes to optimal rhizome bud development
著者:Kanako Bessho-Uehara*, Tomoki Omori, Stefan Reuscher, Keisuke Nagai, Ayumi Agata, Mikiko Kojima, Yumiko Takebayashi, Takamasa Suzuki, Hitoshi Sakakibara, Motoyuki Ashikari, Tokunori Hobo*
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 助教 別所-上原奏子
雑誌名:Rice(Springer Nature Publishing)
DOI:10.1186/s12284-025-00798-0
<研究に関すること>
東北大学大学院生命科学研究科 兼担 理学部生物学科[web]
助教 別所-上原奏子
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<報道に関すること>
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