東北大学 大学院理学研究科・理学部

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太古の海底熱水活動が生命の必須元素リンの供給源だった!?
〜35億年前の熱水変質による海底玄武岩中のリン動態を解明〜

発表のポイント

● 岩石のコア試料の分析から、約35億年前の海底熱水活動により、海底玄武岩からリンが著しく溶脱していることを明らかにしました。

● 当時の海底熱水活動が海洋へのリンの供給源として重要であった可能性を定量的に示しました。

● 当時の熱水環境は、DNAなどの生体分子を構成する重要な元素であるリンの濃集場を提供し、初期生命にとって重要な進化の場であった可能性を示しました。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

リンはDNAやRNAなど生命に不可欠な生体分子を構成する元素です。これまで太古代の海洋ではリンが極度に枯渇していたと考えられており、初期生命がなぜリンを利用し始めたのかは未解明でした。

東北大学大学院理学研究科地学専攻の塚本雄也 大学院生(研究当時)、掛川武 教授の研究グループは、西オーストラリアに産する約35億年前の海底を構成した岩石のコア試料を用い、当時の熱水活動により岩石からリンが著しく溶脱していたことを明らかにしました。さらに溶脱は高濃度の二酸化炭素を含む熱水によることを突き止め、当時の海底熱水活動が海洋への重要なリン供給源であった可能性を定量的に示しました。本成果は、熱水活動が初期生命にとって不可欠な元素の循環に寄与していたことを示し、生命起源と進化に関する研究に重要な情報を提供するものです。

本成果は、2025年6月18日に科学誌Geochimica et Cosmochimica Acraのオンライン版で公開されました。



詳細な説明

研究の背景

生命活動に必須な元素が、地球表層環境のどこに、どのくらい存在してきたのかを解明することは、生命の起源や進化を理解する上で重要な課題です。リンはDNA・RNA・脂質など生命活動の根幹を支える元素として極めて重要です。地球表層環境では、リンは主に岩石中でリン酸塩鉱物(注1)として存在しています。しかし、このリン酸塩鉱物は一般に極端に水に溶けにくいことが知られています。そのため、これまで太古代(注2)の海洋でのリン濃度は現在の海洋の10分の1以下と極端に乏しかったと考えられてきました。そのため、「初期生命はなぜリンを利用し始めたのか」という根本的な問いが未解決のままでした。その一方で近年、数値モデリングや当時の熱水性堆積岩に対する研究から、海底熱水活動(注3)がリンの供給源として重要な役割を果たしていた可能性が示唆されつつあります。しかし、熱水活動によって、海底を構成する岩石からリンが溶脱していたという直接的な証拠や、その要因を示した研究はこれまでありませんでした。また、当時の海底熱水活動によるリンの供給量についての定量的な見積もりもこれまで報告されていませんでした。



今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科地学専攻の塚本雄也 大学院生(研究当時)と、同大学の掛川武 教授の研究グループは、2003年に西オーストラリアで掘削された約35億年前の海底熱水変質を受けた玄武岩の連続コア試料に着目しました(図1)。このコア試料中の主要構成鉱物から熱水変質の度合いを評価し、それぞれの変質帯ごとのリン濃度やリン酸塩鉱物の産状から、熱水活動によって岩石からリンが溶脱していたのかを検証しました。

約60 mにも及ぶコア試料を主要構成鉱物の種類から、3つのゾーン(Zone A, B, C)に分類しました。Zone Aは比較的変質の少なかった一方で、Zone BとCは主要な構成鉱物は異なるものの、顕著に変質していました。そして、Zone BとCの試料では、Zone Aと比べてリン濃度が著しく低いことが明らかとなりました(図2)。さらに、Zone A, B, Cごとのリン酸塩鉱物の詳細な観察により、マグマから晶出した初生的なアパタイト(注4)が熱水によって顕著に溶解していることを確認しました。

主要構成鉱物の形成条件から、Zone Cでは酸性の高温熱水(250°C以上)が、Zone Bでは弱酸性から弱アルカリ性の比較的低温(200°C以下)で二酸化炭素に富む熱水という、2種類の熱水がリンの溶脱に関与していた可能性を示しました。特に後者は、地球表層の二酸化炭素濃度が高かった太古代に特有の熱水と考えられます。また熱力学計算から、後者のような熱水は岩石中のリン酸塩鉱物との反応により最大で2mM(現代の海水の約1000倍に相当)のリン酸塩を含んでいたと推定されました。さらに、本研究で得られた鉱物学的・地球化学的データをもとに、当時の海底熱水活動による海洋へのリン供給量を推定したところ、現在の主要なリン供給源である大陸風化(注5)と同等、あるいはそれを上回る可能性があることが示されました。

本研究により、約35億年前の海底熱水活動によって海底を構成する岩石からリンが著しく溶脱していたことを示す直接的な証拠を世界で初めて示しました。また、熱水活動が当時の海洋における主要なリン供給源であった可能性を、定量的に裏付ける成果でもあり初期生命にとっての熱水環境の重要性を新たな視点から示しました。



今後の展開

リンは地球表層環境では、主に岩石中のリン酸塩鉱物として存在していますが、リン酸塩は一般に極めて溶けにくいことが知られています。その一方で、生命の誕生や進化にはリンの濃集場が必須であると考えられてきましたが、初期地球のどのような環境で実現するのか長年議論されてきました。

本研究によって、当時の海底熱水活動によって、岩石からリンが著しく溶脱していたことを示す直接的な証拠を世界で初めて掲示しました。これにより熱水噴出孔周辺がリンの濃集場を提供していた可能性が示唆されました。また、こうした熱水場は、海底に限らず、陸上環境でも形成していたと考えられます。今後、太古代の様々な年代・環境の熱水変質を被った岩石のリン濃度やリン酸塩鉱物を調べ上げることで、海洋へのリン供給量の変化を捉え、初期生命の進化史、ひいては生命起源の解明に貢献することが期待されます。

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図1. (A)掘削地点周辺の風景と地質図。(B)本研究で用いたコア試料の層序。(C)コア試料の写真。


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図2. コア試料中のリン濃度の変化と主要構成鉱物・リン鉱物の写真。



謝辞

本研究は、日本学術振興会 科研費(19J12914、23K13204、23KJ2174)および笹川科学研究助成(2021-6004)の支援を受けました。また、試料提供と助言を頂いた米国・ペンシルバニア州立大学の大本洋名誉教授に感謝いたします。



用語説明

注1. リン酸塩鉱物:リンと酸素が結びついたリン酸(PO₄)を主成分とする鉱物です。
注2. 太古代:約40億年前から25億年前までの時代を指します。生命の起源や初期の環境に関する研究の対象となります。
注3. 海底熱水活動:海底の火山活動により、地中の熱で温められた水が海底から噴き出す現象です。
注4. アパタイト:リン酸塩鉱物の一種で、カルシウムとリンを含みます。骨や歯の主要成分でもあります。
注5. 大陸風化:雨や風、気温の変化などによって大陸の岩石がゆっくりと分解・変質していく過程を指します。



論文情報

タイトル:Phosphate behavior during submarine hydrothermal alteration of ca. 3.455 Ga basaltic seafloor rocks from Pilbara, Western Australia
著者:塚本雄也*, 掛川武
*責任著者: 東北大学大学院理学研究科地学専攻 大学院生 塚本雄也
掲載誌:Geochimica et Cosmochimica Acta
DOI:10.1016/j.gca.2025.06.013



問い合わせ先

<研究に関すること>
理化学研究所 バイオリソース研究センター
学術振興会特別研究員(PD)
塚本 雄也(つかもと ゆうや)
TEL: 029-836-9536
Email: yuya.tsukamoto[at]riken.jp

東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
教授 掛川 武(かけがわ たけし)
TEL:022-795-6600
Email:kakegawa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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