● 量子コンピュータ※1と機械学習を組み合わせて構築した量子機械学習モデルのシミュレーションによる検証で、古典コンピュータ※2を用いた場合よりも多く、実際の宇宙の明るさの変化データから異常現象の候補を検出することに成功
● 将来的に、高性能な天文望遠鏡による膨大な宇宙の動画データからわずかな異常変動を自動で検出する手法が求められており、今回、量子コンピュータ技術に機械学習を取り入れることで効率的に異常現象を検出できることを実証
● 検知した宇宙での異常現象から宇宙の進化や物理現象などの解明に繋がる可能性だけでなく、量子機械学習の天文学分野への応用に向けた扉を開く成果
大阪大学大学院理学研究科の川室太希助教、立教大学の山田真也准教授、酒井優輔さん(博士後期課程)、理化学研究所の長瀧重博主任研究員、松浦俊司上級研究員、東北大学の山田智史助教らによる研究グループは、欧州宇宙機関(ESA)が運用するX線天文衛星XMM-Newtonがこれまで約24年間にもわたり取得してきた大規模な宇宙のX線変動データから、量子コンピュータと機械学習を組み合わせた量子機械学習モデルを構築し適応することで、113件の異常なエネルギー(X線)放射現象を捉えることに成功しました。
近い将来、今以上に宇宙の変化を捉えるために膨大な量の動画データが取得されると考えられています。そこで、人類の予想を超えるような変動を見つけ、宇宙の多様性やいまだ隠れている物理現象といった神秘を解明するために、最先端の機械学習モデルの開発が活発に行われています。
そのような状況のなか、研究グループは、機械学習と量子コンピュータを組み合わせた量子機械学習の有用性をシミュレーションベースで模索するため、機械学習で用いられているLSTM(Long Short-term Memory)※3(長・短期記憶)と呼ばれるニューラルネットワークに量子回路を埋め込み、量子コンピュータで計算できるように整備し、明るさの異常変動の検出を行いました。その結果、古典コンピュータを用いた場合よりも多くの候補を特定することに成功しました。
本研究成果は、米国科学誌「The Astrophysical Journal」に、7月2日(水)15時(日本時間)に公開されました。
図1:
左図: 採用した量子LSTMと異常な明るさの検知の概要。連綿と入力データを量子回路を内包したLSTMユニットに送り、最終的に明るさを予測する(ひし形)。予測データよりも、ずれが小さい場合には通常データと判定(オレンジ丸)、ずれが大きい場合には異常現象と判定(赤紫丸)。
右図: 実際のX線の明るさの変化に量子また古典LSTMを適応した結果の一例。上パネルは、実際の観測データ、量子LSTM の予測、そして古典LSTMの予測を示している。下パネルは、観測データと予測のずれを示している。量子の方が、ずれ、または異常のシグナルが大きい。
今回の研究では、異常な光度変動を自動で検出する量子機械学習モデルを構築し、実際のX線宇宙観測データに適用したところ、古典コンピュータを用いた場合よりも多くの候補を検出できました。今回の宇宙の時間変化を捉えるという研究に留まらず、量子コンピュータの様々な天文データ解析への応用を考えていきたいです。
宇宙では日々、星の爆発、ブラックホール周辺の活動など、突発的な変動現象が起こっており、それらは宇宙の構造形成や極限下での物理を探るうえで重要な現象だと考えられています。また時に、研究者が予期していなかった変動現象も見つかっており、そのような異常現象を見つけることは宇宙の多様性といまだ隠れている物理現象といった神秘の解明に向けた最先端の研究にもなっています。そして将来、今以上にLSST(Large Synoptic Survey Telescope)※4やNewAthena※5といった最先端の天文望遠鏡によって、X線を含む様々な光の波長で、より膨大な宇宙の時間変動を記録したデータが取得されると期待されています。そこで、取得されたデータから、わずかな異常変動を自動で検出する手法が求められており、これまでに機械学習の検討がされてきました。そのような状況下で、本研究では、機械学習に量子コンピュータの力を取り入れた「量子機械学習」の有用性を世界で初めてシミュレーションベースで検証しました。
研究グループでは、量子計算の仕組みを取り入れた機械学習手法「量子長短期記憶モデル(Quantum Long Short-term Memory; QLSTM)」を構築しました(図1左)。時刻と明るさのデータを、量子回路を埋め込んだユニットに連綿と入力することで、最終的に未来の明るさの予測を可能にします。そして、明るさの通常予測からのずれをもとに異常変動を検知することができます(図1右)。実際には量子コンピュータの実機ではなく、量子回路をシミュレーションする形で実装や有用性の検証を行いました。最後に、訓練した量子機械学習モデルを欧州宇宙機関(ESA)のX線天文衛星XMM-Newtonが取得した約4万件の光度曲線データに適用したところ、113個の異常変動現象を検出でき、従来の古典的なLSTMモデルよりも多くの異常を捉えることに成功しました。検出された中には、星の爆発の瞬間やブラックホールからの準周期的な活動と思われるものもありました。
本研究は、量子機械学習を宇宙のX線観測データに対して世界で初めて適用し、その有用性を実証した成果です。この技術は、今後ますます重要となる「宇宙の時間変化」に着目する時代において、異常な天体現象を効率的に検出するための新しい礎になることが期待できます。さらに本研究は、量子計算技術を実際の天文データへ応用するという、これまでほぼ未踏だった領域に踏み込んだ成果であり、天文学における量子情報科学の本格的活用に向けた扉を開く画期的な一歩と位置づけられます。また、量子機械学習の天文データへの応用研究は、天文データの多様性と公開性の高さを活かして、さまざまな応用の可能性を考案し、実際に試すことが容易であるため、将来的に実社会の課題解決にもつながる技術が生まれてくることも期待されます。
タイトル:Quantum Machine Learning for Identifying Transient Events in X-Ray Light Curves
著者名:Taiki Kawamuro, Shinya Yamada, Shigehiro Nagataki, Shunji Matsuura, Yusuke Sakai, and Satoshi Yamada
掲載誌:The Astrophysical Journal
DOI:10.3847/1538-4357/adda43
本研究は、科研費 学術変革領域研究(A)「光合成ユビキティ」JP24H02063、基盤研究(B) JP19H03187、特別研究員奨励費JP23KJ0158、科学技術振興機構JST SPRING JPMJSP2114の支援を受けて実施されました。
※1. 量子コンピュータ:0と1が重なり合った「重ね合わせ」状態を持つ量子ビットを使い、複数の計算を同時に進められる特性がある。
※2. 古典コンピュータ:電気の有無を0か1で表し、その組み合わせで計算を行う。
※3. LSTM(Long Short-term Memory):過去からの長期的な情報を保持しつつ、直近の情報も考慮することで未来を予測するする能力があります。気象や株価データといった、時間変化するデータを扱うのに使われたりしています。
※4. LSST(Large Synoptic Survey Telescope):チリで建設中の広視野光学赤外線望遠鏡で、紫外線から近赤外線まで感度があり、極めて広い視野 (約満月 40 個分) を持つ。その広視野をもってして、望遠鏡から見える空に対して複数バンドの掃天観測を数夜で完了することができる。
※5. NewAthena:欧州宇宙機関 (ESA) が主導の広視野X線カメラを乗せた次世代X線観測衛星。宇宙の高エネルギー現象の解明に大きく貢献することが期待されています。現存のXMM-Newton 衛星よりも広い視野 (約満月 2 個分) と高い感度によって、より多数の変動天体をとらえられると期待されます。
<研究に関すること>
東北大学 学際科学フロンティア研究所[web]
東北大学 大学院理学研究科天文学専攻[web]
助教 山田 智史(やまだ さとし)
Email: satoshi.yamada[at]astr.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原 英明(ふじわら ひであき)
TEL: 022-795-5259
Email: hideaki[at]fris.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください