東北大学 大学院理学研究科・理学部

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量子ダイナミクスの非線形性を解析できる新手法を開発
─ 新たな材料設計や量子デバイス開発などへの貢献に期待 ─

発表のポイント

● 入力と出力が比例しない現象を記述する非線形応答関数(注1)を実時間シミュレーションから抽出するための新たな理論を構築し、具体的な数値計算からその妥当性を示しました。

● 本理論は、現実的な計算コストで、物理量の時間変化を計算できるあらゆる数値的手法に適用可能な一般的な枠組みを与えます。

● 強い電子間相互作用が働く系などの従来扱いが困難であった様々な物理系の非線形応答を効率的に解析できるため、より多くの分光学的知見が得られるようになり、新たな材料設計や量子デバイス開発にも貢献することが期待されます。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

物質に強い刺激を与えると、入力(力や電磁場)と出力(物理量の変化)の比例関係が崩れる「非線形応答」が現れます。この非線形応答を詳しく解析することは、物質の動力学的・分光学的性質を深く理解するために欠かせません。しかし従来の手法では、複雑に入り混じった非線形応答から必要な成分だけを取り出すことは困難でした。

東北大学大学院理学研究科の小野 淳 助教は、物理量の時系列データから非線形応答関数を抽出するための新たな理論的枠組みを構築しました。これは既存の任意の実時間シミュレーション手法に適用可能であり、従来難しかった強い電子間相互作用や多くの自由度、環境への散逸などを伴う複雑な系でも非線形応答を解析することが可能になります。これにより、非線形応答を活用した機能性材料や量子デバイスの研究開発を加速することが期待されます。

本研究の成果は、2025年7月9日付で、米国物理学会が刊行する学術誌Physical Review Lettersにオープンアクセス論文として掲載されました。



詳細な説明

研究の背景

バネの伸び縮みを表すフックの法則や電気回路で電流・電圧・抵抗の関係を表すオームの法則のように、加えられた力や圧力の強さに比例する大きさの変位や流れが生じる線形応答現象は身の回りで広く見られます(図1)。これに対して、比例関係が成り立たない現象は非線形応答現象と呼ばれ、現代のエレクトロニクスやフォトニクスなど様々な分野で広く応用されています。

バネ定数や電気抵抗、光の反射率など、変化量と外力の比例係数は一般に応答関数とも呼ばれ、それぞれの物理系(物質)に特有の性質を反映します。量子力学に従う物理系においても、その応答関数を調べることは重要な意味を持ちます。これまで、非線形領域の応答関数の計算には、米国の物理学者リチャード・ファインマンによって考案されたダイアグラム(図形的)技法などが広く用いられてきました。これとは全く別のアプローチとして、運動方程式を直接解くことで、非線形性を完全に取り入れつつ物理量の時間変化をシミュレーションする方法も確立しています。しかしその時系列データにはあらゆる種類(次数)の非線形応答が埋め込まれており、その中から必要な非線形応答関数を取り出すことはできていませんでした。

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図1. (左)バネに繋がれたおもりの模式図。力fを加えると、変位xが生じる。(右)力と変位の関係。通常、力の大きさfとおもりの変位xは比例するが、力が大きくなると比例関係からのずれ(非線形応答)が生じる。



今回の取り組み

東北大学大学院理学研究科の小野 淳 助教は、上記の非線形応答関数を実時間シミュレーションの結果から忠実に取り出すための一般的な理論を構築することに成功しました。これは、汎関数微分(注2)と呼ばれる数学的操作を数値的に評価するというアイデアによって可能になりました。実際にこの理論を用いて既存手法との比較を行い、本手法で得られた結果が厳密な結果を精度よく再現することを示しました(図2)。さらに、既存手法では計算が困難であった強い電子間相互作用が働く系においても、相互作用効果を反映した非線形応答関数が現実的な計算コストで得られることを示しました。

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図2. 本理論の数値検証結果。(左)適切に設計された光パルスによって誘起される電流の時間変化の例。(右)三次の非線形応答関数の数値計算結果(橙色の太線)。既存手法による厳密な結果(黒色破線)を正確に再現する。(論文中の図を一部変更して掲載)



今後の展開

本研究で構築された理論は、原理的にはどのような実時間シミュレーション手法に対しても適用可能な一般的な枠組みを与えるものです。これによって、今後はさらに広範な物理系の非線形ダイナミクスを調べることが可能になり、将来的には非線形応答を活用した機能性材料や量子デバイスの設計・開発に貢献することが期待されます。



謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP23K13052、JP23K25805、JP24K00563)の助成を受けたものです。なお、本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。



用語説明

注1. 非線形応答関数:外部から加えられる力に対して、物理量に生じる変化量との関係を結びつける量を一般に応答関数という。特に、力と変化量との間に比例関係が成り立たない場合に非線形応答関数と呼ばれる。
注2. 汎関数微分:ある数を受け取って別の数を返すものが関数であるのに対して、ある関数を受け取ってある数を返すもの(関数の関数)は汎関数と呼ばれる。関数の「形」をわずかに変化させたとき、対応する数がどのように変化するかを調べる操作が汎関数微分となる。



論文情報

タイトル:Extracting Nonlinear Dynamical Response Functions from Time Evolution
著者:Atsushi Ono*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 小野淳
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/qsxr-c2pq



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
助教 小野 淳(おの あつし)
TEL: 022-795-6365
Email: a.ono[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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