東北大学 大学院理学研究科・理学部

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水が描くかたち、数学で紐解く
― ミクロから生命や都市まで ―

発表のポイント

● ミクロ(構造)→メゾ(法則)→マクロ(現象)をつなぐマルチスケール解析により、自然と社会の共通構造を明らかにする。

● 自己組織化やエネルギー最小化に基づく「かたち」の選択原理が、災害制御や構造設計への応用につながる可能性。



概要

水が流れると、そこに不思議な「かたち」が生まれます。たとえば濡れた窓ガラスにできる水の筋、地面にしみ込む雨、そして土の中にできる細い「水脈」。これらは、水が自分で道をつくりながら流れていく現象です。

また、水と空気の間には「表面張力」と呼ばれる力が働き、水が丸くなったり、細い管を伝って上にのぼったりします。このように、水はただ流れるだけでなく、まるで自ら「かたち」を選んでいるかのように振る舞います。

私たちの研究は、こうした自然のふるまいを数学の目で読み解くことを目指しています。



詳細な説明

■ ミクロからマクロへ:数学で世界をつなぐ

水の動きや、それが周囲の空間に及ぼす影響を調べるには、マルチスケールの視点が必要です。

▷ ミクロ(小さな世界)
土の中の小さな穴や粒、水と空気の境界など、目に見えない微小なミクロ構造が水のふるまいを大きく左右します。このレベルでは、偏微分方程式や変分法などの数式が「目の代わり」となり、見えない世界をとらえます。

▷ メゾ(法則の世界)
たくさんのミクロ構造があると、全体として「平均的にどうなるか?」というふるまいが見えてきます。これを記述するのが「均質化法(homogenization)」という理論*です。小さな構造を「なかったこと」にするのではなく、全体に影響を与える要素として正確に組み込むのが特徴です。

▷ マクロ(社会の世界)
こうして得られた法則は、地盤の安全性評価、地下水の流れ、都市の浸水予測といった実社会の課題解決に役立ちます。数学を使って、見えない構造と大きな現象をつなぐ。それが私たちのアプローチです。

このようなスケールの考え方は、自然現象だけでなく、社会の構造にも当てはまります。たとえば、個人一人ひとり(ミクロ)の考えや行動が集まって社会(マクロ)が形成され、逆に社会の制度や雰囲気が個人(ミクロ)に影響を与える。その中間には、学校や地域、家族や職場といった「メゾスケール」のしくみがあり、私たちのふるまいを調整しています。

本研究でも、微視的構造(ミクロ)のふるまいを平均化して法則(メゾ)を導き、それを社会的・物理的な現象(マクロ)に結びつける構造的理解を目指しています。


■ 水脈と生命の「かたち」の不思議

興味深いのは、水脈が生まれるしくみと、生命が自分のかたちをつくっていくしくみとが似ているということです。たとえば、水は土の中で「流れやすい道」を見つけて進み、それが少しずつ広がって、水脈のような細い道が自然にできます。最近の研究によりポテンシャル論において中心的な役割を果たす容量(capacity)という概念がここでも重要であることが明らかになってきました。一方、植物の根や血管・神経などの構造も、環境とやりとりしながら、全体として秩序ある形を自発的に形成していきます。どちらも、「どうすれば少ないエネルギーで、効率よく広がれるか?」という自然の問いに答えるようにして、最も安定したかたちが選ばれているように思われます。

このようなパターンの生成や自己組織化は、単なる偶然ではなく、数学的な構造や原理に支配されていると考えられています。つまり、自然の中に見られる不思議なかたちは、数式や法則の背後にある深い秩序のあらわれかもしれないのです。


■ 数学の力で、見えないものを描く

人類は古代ギリシャの時代から、「この世界は"アトム"(これ以上分けられない小さな粒)でできているのでは」と考えていました。しかし、それを数式で記述し、予測し、応用できるようになったのは、20世紀のアインシュタインたち以降のことです。今、私たちは数学の力を使って、水と空気、土と生命、都市と社会をつなぐ「かたちのしくみ」を明らかにしようとしています。見えない構造をとらえ、スケールを超えて世界を読み解く――それが、数学者の目で見る自然の姿です。



用語説明

(*)均質化理論:微細構造をもつ媒質や空間における偏微分方程式(PDE)の「大域的」な振る舞いを記述する有効方程式を導く理論です。



論文情報

● Inoue, A., Ku, S., Masamune, J. et al. Essential Self-Adjointness of the Laplacian on Weighted Graphs: Harmonic Functions, Stability, Characterizations and Capacity. Math Phys Anal Geom 28, 12 (2025).
https://doi.org/10.1007/s11040-025-09498-z

● Hinz, M., Masamune, J., Suzuki, K., Removal sets and Lp uniqueness on manifolds and metric measure spaces. Nonlinear Analysis 234 (2023)
https://doi.org/10.1016/j.na.2023.113296



謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究「数学に基づいた構造最適化における基礎理論の構築とボトムアップ型展開」(23H03798)および株式会社ルピシア(LUPICIA CO., LTD.)の支援を受けて実施されています。



問い合わせ先

東北大学大学院理学研究科数学専攻[web]
教授 正宗 淳(まさむね じゅん)
Email: jun.masamune.c3[at]tohoku.ac.jp
※ [at]を@に置き換えてください



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