東北大学 大学院理学研究科・理学部

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トポロジカル物質の「端」と「内部」を走る
電子の波の動画撮影に成功
~量子宇宙のシミュレーション実験への扉が開く~

発表のポイント

● エッジ(端部や表面)とバルク(内部)の電気的な性質が異なるトポロジカル物質(注1)が示す性質の中でも極めて奇妙な分数量子ホール状態(注1)の、エッジとバルクを伝わる電子の波を電気的に生成することに成功し、これらの波がバルクを伝搬する様子を動画として可視化しました。

● 近年、従来の天文観測や大型加速器による研究に依存せず、量子宇宙(注2)を模擬する実験(シミュレーター実験)への注目が高まっています。本成果は量子宇宙のシミュレーション実験の実現に向けた重要な一歩です。

□ 東北大学ウェブサイト



概要

東北大学 大学院理学研究科の遊佐剛教授、堀田昌寛助教、Quentin France 留学生(仏ソルボンヌ大学大学院生)、Yunhyon Jeong大学院生、神山晃範博士は、NTT株式会社(以下、NTT)、物質・材料研究機構(以下NIMS)との共同研究により、極低温、強磁場環境で動作する走査型偏光選択蛍光分光顕微鏡を用いて、分数量子ホール液体と呼ばれる電子の特殊な状態のエッジとバルクを走る電子の波の動画を撮影することに成功しました。この成果は極限宇宙の新しい検証実験において、ブレーンワールド仮説(注3)やホログラフィック原理(注4)のシミュレーション実験への道につながるものです。

本研究成果は物理学の専門誌Physical Review Letter(オンライン版)に2025年8月5日(米国東部時間)に公開されました。



詳細な説明

研究の背景

ビッグバン宇宙の始まりやブラックホールの本質を理解するために、量子力学と一般相対性理論を統一する量子重力理論の研究が進められています。しかし、これらの理論を検証するには、天文観測や高エネルギー加速器実験等の大がかりな実験研究でも困難で、特にその量子的な効果を直接観測することは極めて困難です。

そこで近年、実際の宇宙そのものではなく、宇宙と同じ数式で記述できる別の物理系を人工的に作り出し、その中で理論を実験的に検証しようという「アナログ宇宙(アナロジーとしての宇宙)」や「宇宙のトイモデル」といったアプローチが注目されています。

例えば宇宙に端(エッジ)が存在するかどうかは未解明ですが、「端と内部(バルク)で構成される宇宙」という仮定は、トポロジカル物質とよく似た構造を持っています。中でも代表的なトポロジカル物質である量子ホール状態のエッジは、量子的な宇宙のトイモデルになっていることが最近分かってきました。


今回の取り組み

層状構造に閉じ込められた半導体中の2次元電子(注5)が「分数量子ホール状態」になると、試料の端近傍にはエッジ(電子の存在する領域と存在しない領域の境界)が、内部にはバルク(電子の存在する領域)が形成されます。

このような半導体試料を絶対零度に近い極低温まで冷却し、強い磁場(数テスラ)を加えることで、分数量子ホール状態が現れます。この状態では、エッジでは電子が一方向に動ける金属的な性質を持ち、抵抗0の電気が流れますが、バルクは電子が存在していても電気が流れない絶縁体になるという特異な性質を示します。このような性質をもつ物質はトポロジカル物質と呼ばれています。これまでエッジの伝搬を観測は行われていましたが、本研究では、量子ホール状態にある試料端付近を電気的に励起し、エッジとバルクの両方を伝わる電子の波(プラズモン(注6))を生成・観測することに成功しました。

電子の波を「見る」ために鍵となったのは、レーザー光をレンズで集光して試料に照射し、試料からの微弱な発光を検出・解析する「時空マッピング」の手法です。高い時間分解能(数百ピコ秒。1ピコ秒は1兆分の1秒)と空間分解能(1ミクロン以下。1ミクロンは1000分の1ミリメートル)で電子の波を可視化する本研究の独自技術です。


今後の展開

量子ホール状態を用いた本研究は、量子宇宙のシミュレーション実験への応用が期待されます。量子ホール状態において、電子が伝わるエッジは「空間1次元+時間1次元=1+1次元」の宇宙に対応づけることができます。一方で、その内側にあるバルクは空間がもう一つ高い2次元であるため、2+1次元の"余剰次元"をもつ宇宙に相当します。

このような「次元の階層構造」は、AdS/CFT対応(注7)やブレーンワールド仮説といった理論物理の重要概念とも関係があり、これらの理論を実験的にシミュレートできる可能性が開かれたと言えます。

今後は、個別の理論や仮説に対応するような物理構造もつ試料を設計し、量子宇宙の性質を検証するシミュレーション実験の実現を目指していきます。


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図1. 実験セットアップの模式図と試料の断面図。ガリウムヒ素(GaAs)の半導体基板上の薄膜構造である量子井戸には、2次元電子系が形成されています。この試料に対し、面に垂直な方向に約8テスラの磁場を加え、温度を数10ミリケルビン(絶対零度に近い-273.1℃程度)まで冷却すると、試料の端にエッジ、内部にバルクが形成された量子ホール状態が現れます。試料にレーザー光を照射し、発光のわずかな変化を分析することで、エッジやバルクを伝わる電子の波の様子を可視化できます。


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図2. 実際に観測された、エッジとバルクを伝わる電子の波の像です。試料から得られた発光エネルギーのわずかな変化によって電子の波の伝搬を可視化できます。エネルギーシフト量はカラーマップで表現しています。図中のtは時間を示しており、例えば(b)は励起用電極に電圧パルスを加えてから1.68ナノ秒後(1ナノ秒は10億分の1秒)の状態を示しています。図(a)の点線の内側は、電極の影になっている領域に対応します。



謝辞

本研究の成果は、東北大学、NTT、NIMSの共同研究によって得られました。また、文部科学省 科学研究費補助金学術変革領域研究(A)「極限宇宙の物理法則を創る~量子情報で拓く時空と物質の新しいパラダイム~」(課題番号21H05182)、「量子ホール系による量子宇宙の実験」(課題番号21H05188)、基盤研究(A)「超高速時間分解顕微鏡による量子ホールエッジの時空測定」(課題番号24H00399)、基盤研究(S)「メゾスコピック量子ホール系の低次元準粒子制御と非平衡現象」(課題番号19H05603)などの補助によって得られました。

本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。



用語解説

注1. トポロジカル物質、分数量子ホール状態:通常の絶縁体では物質全体に電流が流れませんが、例えばトポロジカル物質の一種であるトポロジカル絶縁体は、内部(バルク)は絶縁体である一方、2次元物質の端や3次元物質の表面(エッジ)は金属的な性質を持ち、電気が流れます。分数量子ホール状態は、2次元のトポロジカル物質の代表例です。この状態では、バルクは電気を流さない絶縁体ですが、エッジは一方向に電流が流れる1次元の伝導体となり、電気抵抗はゼロになります。トポロジカル物質の理論的発見は2016年に、量子ホール効果は1985年と1998年にノーベル物理学賞を受賞しています。
注2. 量子宇宙:宇宙全体を量子論で記述しようとする試みで、ビッグバンの直後や量子的なブラックホールなど、一般相対性理論(重力)と量子論の両方が必要となる極限的な状況(極限宇宙)を理解するために不可欠とされているものです。しかし、これらを統一的に説明できる完全な理論(量子重力理論)は現在も未完成のままです。
注3. ブレーンワールド仮説:私たちが認識している宇宙(3次元空間+1次元時間の時空)は、より高次元の時空(バルク)に埋め込まれた膜(ブレーン)であるとする理論です。この理論では物質や力のほとんどはブレーン内に閉じ込められていますが、重力だけが余剰次元(高次元)方向に伝搬できると考えられています。
注4. ホログラフィック原理:宇宙は1枚のホログラムに似ているという原理。ホログラムが3次元像を光のトリックで薄いフィルムに記録しているように、3次元に見える宇宙はある面の上に描かれたものとしています。
注5. 2次元電子:異なる材質の半導体を接合ことにより、接合界面付近のみに電子が局在する構造を人工的に作り出すことができます。このとき電子は界面の面内方向にのみ自由に移動できるため、2次元電子 と呼ばれます。2次元電子は、高速トランジスタや半導体レーザーなど、さまざまな電子デバイスで応用されています。
注6. プラズモン:金属や半導体中の電子が集団的に運動する励起状態のことです。
注7. AdS/CFT対応:負の宇宙項をもつ反ドジッター(AdS)空間を記述する量子重力理論は、1次元低い次元の平坦な時空での物質場の理論(共形場理論、Conformal Field Theory, CFT)と等価であるという仮説。超弦理論の分野において長く研究されてきた。



論文情報

タイトル:Electrically induced bulk and edge excitations in the fractional quantum Hall regime
著  者:Quentin France, Yunhyeon Jeong, Akinori Kamiyama, Takaaki Mano, Ken-ichi Sasaki, Masahiro Hotta, and Go Yusa*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 教授 遊佐剛
雑誌名:Physical Review Letters
DOI:10.1103/4bp5-9ryg



問い合わせ先

<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
教授 遊佐 剛(ゆさ ごう)
Email:yusa[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
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