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量子3体状態が分裂する新たな一般法則を発見
ポイント
● エフィモフ状態という量子3体状態の理論計算を、実験で実現可能な冷却フェルミ原子で初めて行った
● 従来の量子3体状態と異なり、回転と磁気相互作用の効果で、状態が2つ現れるという一般法則を発見
● 原子核などの強い相互作用する量子物質の理解につながり、冷却原子型量子シミュレータ開発に貢献
概要
電気通信大学大学院情報理工学研究科の大井一輝 特別研究学生(東北大学 大学院生)、同研究科基盤理工学専攻の遠藤晋平准教授の共同研究により、量子3体状態が分裂する新たな一般法則を発見しました。この成果は、フェルミ粒子の量子的挙動を明らかにする基礎物理学的意義があると同時に、原子核のような強い相互作用をする量子系を、冷却原子を用いて解明する『冷却原子型量子シミュレータ』の開発につながるという応用的意義もあります。
本研究成果は物理学の専門誌Physical Review Research(オンライン版)に2025年9月11日(日本時間)に公開されました。
背景
ニュートンの運動方程式の登場により、惑星の動きを予測することが可能になりました。特に地球と太陽のように2つの惑星のみの場合、運動方程式は容易に解くことができます。しかし、もう1つの惑星を加えると、とたんに方程式を綺麗に解く事はできなくなり、その振る舞いも2つの場合と比べ遥かに複雑になります。これは一般に3体問題として知られています。
では、この3体問題を原子などのミクロな世界で考えるとどうなるでしょうか?原子や電子が登場するミクロな世界では、ニュートンの運動方程式は通用せず、量子力学という理論を用いる必要があります。量子力学の世界では、粒子が壁をすり抜けるといった奇妙な振る舞いを示します。この量子の奇妙な世界で3体問題を考えるとどのような現象が現れるのでしょうか?実は強く相互作用する量子3体系を考えると、無数の3体束縛状態が等比級数的に現れることが知られており、エフィモフ状態(※1)と呼ばれています。興味深いことに、エフィモフ状態においては、粒子間の距離が相互作用の到達距離を大きく超えてもなお、3体束縛状態を組むことが知られており、まさに量子の奇妙な性質が大きな役割を果たしていると言えます。
量子力学の法則によると、自然界には2種類の粒子があります。ボース粒子とフェルミ粒子です。粒子を交換した時にどのような状態になるかがボース粒子とフェルミ粒子で異なるため、実現できる状態が違ってきます。例えばボース粒子2つは回転を止めてしまうことができます(つまり角運動量L=0の状態が取れます)。しかしフェルミ粒子2つは、回転を止めることができず、必ず回ってしまいます(つまり角運動量がL=1になります)。
従来のエフィモフ状態の研究は、ボース粒子や識別可能な粒子に関するものがほとんどでした。フェルミ粒子に対する先行研究も、実験での実現が難しい状況設定での理論研究のみでした。電子、陽子や中性子、クォークなど、自然界を構成するほとんどの基本粒子はフェルミ粒子であるため、「フェルミ粒子の量子3体状態がどうなるか?」という問いは、基礎物理学として非常に重要な問いです。
研究内容・成果
近年の冷却原子(※2)の実験で、エルビウム(Er)とリチウム(Li) の冷却混合気体や、ジスプロシウム(Dy)とリチウム(Li)の冷却混合気体が実現しました。これらの冷却原子では、フェルミ粒子のエフィモフ状態が人類史上初めて観測できそうな有力候補になっています。一方、ErやDyは大きな磁気モーメントを持ちます。このような磁気モーメントを持つ原子同士には、磁気双極子相互作用(※3)が強く働くのですが、この相互作用は回転対称性を破っているという特徴があります。そこで私たちは、回転対称性を破る双極子相互作用が、エフィモフ状態の振る舞いにどのような影響を与えるのかを分析しました。
本研究では重い2粒子と軽い1粒子からなる量子3体問題を理論的に考えました。重い2粒子(Er原子やDy原子に相当)は強い磁気モーメントを持ち、その間には双極子相互作用と原子間力(van der Waals力)が働きます。重い2粒子がボース粒子である場合とフェルミ粒子である場合の両方を解析し、粒子の統計性がどのような役割を果たすのか、フェルミ3体系でどのような特異な量子挙動が現れるかを調べました。重い2粒子がフェルミ粒子である場合、フェルミ粒子の間にはパウリの排他原理(※4)が働くことで、有限の角運動量を持たなければならず、回転する量子3体系が実現します。この回転の仕方は図1のように二通りのケースがあります。一つ目は、図1の左図に示すように、原子の磁気モーメントに平行な軸を中心に回転するケース、もう一つは、右図のように、垂直な軸を中心に回転するケースです。相互作用に回転対称性がある場合、この2つの回転の仕方ではエネルギーが同じになります。それに対して、回転対称性が破れている場合、回転の仕方でエネルギーが異なり、スペクトルに分裂が生じることを発見しました。さらに、この分裂の大きさは系の詳細に依らず、少数のパラメーターで普遍的に決まることを示し、その表式を摂動計算により解析的に導出しました。一方、重い2粒子がボース粒子である場合、ボース粒子の間にはパウリの排他原理が働かないため、回転しない状態が安定に実現する基底状態になり、フェルミ粒子の時のように回転の仕方で違いが生じる余地がありません。
従来のエフィモフ状態に関する量子3体研究では、統計性の違いは明確には現れていませんでした。本研究で、粒子の統計性に起因する回転運動と、双極子相互作用の協奏により、エフィモフ状態の挙動に本質的な違いが現れることが明らかになりました。「ボース粒子は回転せず、状態は1つ。フェルミ粒子は回転して、状態は2つ」です。

図1 :回転する量子3体系。フェルミ系の2通りの回転の様子を表した概念図
今後の期待
本理論研究で発見されたフェルミ系のエフィモフ状態は、京都大学や中国の冷却原子実験グループで近い将来観測されることが期待されます。本研究で量子3体系の挙動の理解が深まったことは、量子4体、5体問題の理解にもつながり、ひいては、多数の電子・原子・原子核が強く相互作用することで発現するする固体物質・デバイスの材料特性の理解や、創薬などに重要な量子化学反応の理解などにもつながります。
また、近年では、固体材料・デバイスや原子核など様々な量子物質・量子系の挙動を計算するための量子コンピュータや量子シミュレータとして冷却原子を活用しようという研究も急速に進展しています。例えば、原子核は陽子・中性子が強い相互作用をした結果現れる量子液滴であると考えられています。また、本研究で扱った磁気双極子相互作用と類似のテンソル力(※5)と呼ばれる力が、原子核の構造や反応に重要だと言われています。原子核の状態を精緻に理論計算することは最先端科学でも容易ではないのが現状ですが、これを冷却原子を使って実現して原子核を理解しようという「冷却原子型量子シミュレータ」の開発に、本研究は理論研究の面から貢献しています。
論文情報
タイトル:"Universal Efimov spectra and fermionic doublets in highly mass-imbalanced cold-atom mixtures with van der Waals and dipole interactions"
著 者:Kazuki Oi,Shinpei Endo
掲載誌 :Physical Review Research
DOI :10.1103/z5rx-51yx
外部資金情報
本研究は、松尾学術研究助成、JSPS科研費(JP22K03492, JP23H01174, JP25K00217)、東北大学宇宙創成物理学国際共同大学院(GPPU)プログラム、東北大学知の創出Junior Researchプログラム「Universality of Strongly Correlated Few-body and Many-body Quantum Systems」の支援を受けた研究成果です。
用語説明
※1. エフィモフ状態:量子3体系に現れる可算無限個の束縛状態を指す。ある3体束縛状態に対し、その3体束縛状態を22.7倍でスケールすると次の束縛状態が現れ、その束縛状態をもう一度22.7倍するとさらに次の束縛状態が現れ、以降同様に22.7倍のスケール変換を通して無限個の3体束縛状態が現れる、という離散スケール不変性を示す。強く相互作用する量子系では必ず発現し、冷却原子をはじめ、原子核、ハドロン、量子スピン系など、様々な物理系で現れる普遍的な量子3体現象である。
※2. 冷却原子:レーザー冷却の技術により、極低温まで冷却された原子気体を指す。およそ1μK~1nKまで冷却される。様々な量子現象を自由自在に制御して実現できるという特色を持つ。
※3. 磁気双極子相互作用:二つの棒磁石の間に働く相互作用を指す。強い磁気モーメントを持つ原子は、棒磁石のように見なすことができるため、両者の間には双極子相互作用が強く働く。
※4. パウリの排他原理:2つ以上のフェルミ量子は同一の状態を持つことができないという制約を指す。
※5. テンソル力:核子(陽子・中性子)の間に働く核力(強い相互作用)の1つ。湯川相互作用などの主要な核力は、空間的に等方的である一方、空間的な非等方な成分の存在も知られており、テンソル力と呼ばれる。等方的な力とテンソル力の両者が原子核の挙動に重要であることが知られている一方、これらの協奏でどのように様々な原子核の性質や反応が説明できるかが、原子核物理・加速器科学分野の最先端の研究課題となっている。
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科 物理学専攻[web]
大学院生 大井 一輝(おおい かずき)
TEL:022-795-6459
Email:kazuki.oi.t8[at]dc.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2025年9月12日