お知らせ
- トップ
- お知らせ
地層圧縮で発生する「巨大なしわ」が地殻強度高めることを実験で実証
─ 地殻強度の定量化や地震リスク評価の有用な指標に ─
発表のポイント
● 地層が圧縮された時に形成されるしわ(キンク(注1))が地殻(注2)の強度を高めることを初めて実験的に実証した。
● 強度を高めるキンクは、キンク境界がrank-1接続(注3)という幾何学的条件を満たす。
● 地層中にキロメートルスケールの大規模なキンク構造が形成されると周辺の強度を高め、地震の発生地点・規模にも影響を及ぼす可能性がある。
概要
フランス菓子ミルフィーユのような層状構造をもつ地層では、圧縮を受けると褶曲(しゅうきょく)と呼ばれるしわが形成されます。中でも局所的に折れ曲がる、キンクと呼ばれる構造が現れることがあります(図1)。近年、材料科学の分野では、層状構造を持つ材料が変形する過程で、キンク強化(注4)と呼ばれる現象が生じることが報告されています。これは、キンクが形成されることで材料の強度が上昇する現象です。しかしながら、地質学の分野ではこれまでキンクの形成と強度に関して一貫した知見は得られておらず、キンクが形成されると地殻の強度は低下するという逆の考え方もありました。
東北大学大学院理学研究科地学専攻の長濱 裕幸 教授、武藤 潤 教授、横山 裕晃 大学院生、大船 十夢 学部生(研究当時)をはじめとする研究グループは、実験を通じて、強度の上昇をもたらすキンクは、左右対称な対称傾角(注5)の形状(rank-1接続の条件)を満たすことを実証しました。自然界でもこのようなキンク構造が存在することから、地殻の強度上昇をもたらし、さらには地震の発生にも影響を及ぼしている可能性があることを示唆しています。
本成果は9月26日、オープンアクセスの科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
近年、材料科学分野では、ミルフィーユのような層状構造を持つ材料が変形する過程で、「キンク強化」と呼ばれる現象が報告されており、材料の強度を高める新しい強化機構として注目を集めています。これは、キンクという角ばった「しわ」(図1)が形成されることで、材料の強度が上昇する現象です。一方で、地質学では地層や鉱物中にキンク構造が観察され、その特徴的な構造がどのように形成されるのか議論されてきましたが、キンクの形成と強度の関係に対する関心はあまり高くありませんでした。そのため、キンクの形成と強度に関しては十分に解明されておらず、キンク構造の形成は強度を弱めるとする見方もありました。
今回の取り組み
研究グループは、層状構造をもち、地殻中に多く存在する鉱物の黒雲母(注6)を用いて、変形実験を実施しました。黒雲母の層に平行な方向から圧縮させる変形を加えた結果、変形の進行に伴って強度が上昇する傾向が確認されました(図2)。実験後の観察では、試料内部の広範囲にわたってキンク構造が形成されており、その多くがキンクの境界(折れ曲がり部分)に対して左右対称な形状の対称傾角であることが確認されました(図2)。対称傾角は「rank-1接続」という、変形の連続性を損なうことなく(物体が破壊しないために)接続するための幾何学的な必要十分条件を満たします。さらに、キンク構造の発達過程や先行研究との比較を通じて、rank-1接続の条件を満たすキンクが強度上昇を引き起こす主要因であることを明らかにしました。
今後の展開
キンクは、鉱物中のマイクロメートルスケールから、キロメートルスケールの大規模な地図スケールまでさまざまな大きさのものが存在します(図1)。今回の結果は、rank-1接続を満たすキンクによって材料の強度が上昇することを示唆しています。ゆえに、今後はさまざまな地層中でのキンクの幾何学的解析を進めることで、地殻強度の定量化や地震の発生場所や規模などの地震リスク評価につながることが期待されます。
謝辞
本研究は日本学術振興会(JSPS)の3件の科研費「微分幾何学を取り入れたキンク褶曲形成理論とキンク強化理論」(JP19H05117)、「微分幾何学的アプローチによるキンク褶曲形成理論とキンク強化理論」(JP21H00090)、「脆性-塑性遷移領域の地殻強度解明への挑戦〜変形実験・複数鉱物からのアプローチ〜」(JP22KJ0318)と、東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラムの支援を受けて実施されました。本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。
図1. (左)キンク構造の模式図。(真ん中)ロードアイランド州フォートアイランド近郊の泥質岩中にみられるキンク。(右)アメリカ・南カリフォルニアにみられる大規模なキンク構造。Davis and Namson (1994) Nature を修正加筆。
図2. (左)黒雲母の変形実験と、実験の応力-歪曲線。キンクの形成によって、破壊(急激な応力降下)を回避しつつ応力を分散することで、強度が徐々に増加していく結果を示す。(右上)実験後の試料の変形組織。キンクが形成されていることがわかる。(右下)形成されたキンクの幾何学的な特徴。キンク境界に対して対称傾角となる。対称傾角はrank-1接続と呼ばれる、相異なる均一な変形が発生した2つの領域を、変形の連続性を損なうことなく(物体が破壊しないために)接続するための幾何学的な必要十分条件を満たす。
用語説明
注1. キンク構造:層状な物質が圧縮を受けたときにできる、局所的に折れ曲がった構造のこと(図1参照)。
注2. 地殻:地球の最も外側にある岩石の層で、内陸(大陸地殻)では地表から数十キロメートルの厚さを持つ。地震や火山活動など、地質現象の多くはこの層で起こる。
注3. rank-1接続:相異なる均一な変形が発生した2つの領域を、変形の連続性を損なうことなく(物体が破壊しないために)接続するための幾何学的な必要十分条件のこと。左右対称なキンク(対称傾角:注5)は、rank-1接続を満たす。
注4. キンク強化:キンク構造が形成されることで、材料の強度が増す現象。材料工学で、新たな材料強化メカニズムとして注目されている。
注5. 対称傾角:キンク構造の両側で、層の傾きが左右対称になっている状態を示す角度関係。
注6. 黒雲母:鉱物の一種で、紙の束のように薄く一方向のみに剥がれる層状構造をもつ。
論文情報
タイトル:Kink strengthening and rank-1 connection of crustal rocks
著 者:Hiroaki Yokoyama1*, Tomu Ofune1,2, Eranga Jayawickrama1,3, Mitsuhiro Hirano1,4, Sando Sawa1, Jun Muto1, Hiroyuki Nagahama1*
1 東北大学大学院理学研究科地学専攻
2 株式会社シグマクシス・ホールディングス
3 独アーヘン工科大学地球科学・地理学科応用構造地質研究ユニット
4 宇都宮大学工学部
*責任著者 東北大学大学院理学研究科 教授 長濱裕幸
東北大学大学院理学研究科 大学院生 横山裕晃
雑誌名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-025-17812-6
問い合わせ先
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
教授 長濱 裕幸(ながはま ひろゆき)
Email:hiroyuki.nagahama.c7[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科地学専攻[web]
大学院生 横山 裕晃(よこやま ひろあき)
Email:hiroaki.yokoyama.r2[at]dc.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
Posted on:2025年9月29日